ねとらぼ

小説版は、いわば“完全版”

──舞台ではゲスト俳優・ダブルキャストなどがあり、当て書きも多かったと思います。小説での人物像とリンクしている部分、逆に違う部分はありますか?

伊福部崇:舞台脚本の執筆は演者を想像して書いてます。例えば瀬尾葉子という子に関しては、白石涼子さんと前川涼子さんのダブルキャストになっていました。白石さんのことをあまり知らず、当時アトミックモンキーに所属していた前川さんのことはある程度知っていたので、前川さんのイメージで瀬尾を描いたら、稽古場で白石さんが「これ前川さんだよね」と言ってたらしいんですよ。「やっぱり演者の人にはそう見えるんだ」と思いましたね。

 小説執筆の時は、舞台のDVDを何度も観ていて、どうしても役者さんの口調でキャラが動いてしまい、そこは寄っていく部分がありました。一方で、毎回ゲストが演じていた“飛び道具”的なキャラクターは、小説では「若王子」という1人に統一しました。

──演劇から小説へしていく上で一番苦労した点はどこですか?

伊福部崇:最初は「セリフの間を地の文で埋めればできるだろう」と思ってたけど、そうもいかない。舞台は言葉か見た目で説明しますが、小説は全部文章で説明しなきゃいけない。特に僕の場合はコメディでギャグが多いので苦労しました。小説って読んで声出して笑うことってそんなにないし、テンポは読み手に委ねられるから“間”が演出できない。漫画ならコマ割りでリズムが取れるけど、小説は難しいですよね。だから“生きない”ギャグは削ったり、舞台上では役者の力で曖昧にできたりするところも、小説では文章で描く必要があるので「なぜそうなったのか」の加筆が必要でした。役者さんの演技の勢いで押し切っていた設定や納得のさせ方も、小説では使いづらいから裏付けを作る。結果、字数が増えて、また削る、の往復が大変でしたね。

──書き足す作業で明確化したかった部分は小説に落とし込めましたか?

伊福部崇:舞台でやりたかったけど時間の都合で削ったことが結構あって、例えば関さん演じる灰田雷蔵と、技術の風呂井誠一、そこに音響監督の大場恵美子を加えて3人チームにしたかったんですが、それはできませんでした。小説ではその構想を生かしています。大場が入ったことでミステリ要素も増やして、ロジック面——“なぜこの人が犯人なのか”、“今この人が怪しまれる理由は何か”——を厚めにしました。

──演劇では籔島尚人が「同じ一言でも、舞台上で口にするのと文字では情報量が違う」と語るシーンが印象的でした。小説での心理描写で意識した点はありますか?

伊福部崇:籔島には“一人で何役も演じる”シーンがあって、舞台ではギャグなんですけど、それを地の文で表現するのがすごく大変で……。小説の中では脚本パートを挿入して補足したりもしています。あと、灰田という人間の人となり。舞台では30秒〜1分弱のナレーションで処理していた部分を、第3章として1章分、過去の話を書き下ろしました。なぜここまでの気持ちでやっているのかが分かる補足になっていると思います。

──確かに灰田の過去は気になっていました! 楽しみです! 質問に戻らせていただきますが、本作は「時間」が題材ですが、時間表現に関する工夫はありますか?

伊福部崇:この作品はアフレコのタイムリミットがあって、“何時までにこれをやらなきゃ”という制限があるんですが、章の後に「あと○分」を入れると言うアイデアをいただいて、視覚的に分かりやすいようにしたりしましたね。正直、舞台版「タイム アフター レコーディング」のSF考証では、後から考えると「本当はこうならないんじゃ?」というミスも少しあったんですよ。そこは小説で全部修正してあるので、いわば“完全版”。注意深く見て気づいていた方もいるかもしれませんが、小説では回収されています。

──完全版、俄然楽しみになってきました! 伊福部さんはヘロQさんで、他にも脚本を手掛けていますが、小説化したい作品はありますか?

伊福部崇:いくつかあって、「マッハ・レコーディング a GO GO!!」は芝居中に曲を1曲作るという話で気に入っている作品。「タイム アフター レコーディング」の流れで言うと、2009年が舞台の「タイム・ドカ〜ン 〜嘘への扉〜」という芝居があって、そこに出てきたとある装置や風呂井が本作とリンクしている。「タイム・ドカ〜ン」を小説化できれば、『タイム アフター レコーディング』がエピソード0みたいな扱いにもできるかな、と。

──表紙のデザインについて、金子大輝さんが担当されていますが、こだわっている点があれば教えてください。

伊福部崇:ロボットのデザインには結構こだわりました。舞台版はMIROKUさんがアニメとデザインを全部やってくださって、それも素敵な「グラハムダーV」でしたが、小説版は全然違う形で作ってみよう、と金子大輝さんにお願いしました。依頼時には知らなかったんですが、金子さんは舞台版のラストに出てくる新聞の図版も手掛けてくださっていたそうで、「ぜひやらせてください」と快諾してくれました。

 当時の時代背景における“スーパーロボット感”を出しつつ、元ネタに似すぎないことがネックで、最初の案は良かったけど「ちょっと似すぎてませんか?」という指摘もあり、ツノをこうするならマスクはこう、カラーリングはこう、合体シーケンスを考えるとこの形はどうか……と、メールで何回もやり取りをして理想的な「グラハムダーV」になりました。足部である5号機の形状と合体の整合性など、普通は小説家がやらない考証も楽しくやらせてもらいました。大満足です。ぜひそこも注目してほしいですね。

──最後に、読者へのメッセージをお願いします。

伊福部崇:『タイム アフター レコーディング』はジャンルを一言で言いにくい作品です。読み始めは普通の“お仕事小説”かなと思うと、SFになってきて、ミステリ要素も現れる。だから「これが好きな人にぜひ」と限定しづらいんですが、少なくとも僕は子どもの頃からロボットアニメが大好きで、そこは絶対に裏切らないつもりです。ロボットアニメが好きな人はぜひ手に取ってみてください。表紙は金子大輝さんがとても素敵な「グラハムダーV」をデザインしてくださったので、それを見ていただくだけでも価値があると思います。よろしくお願いいたします。

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