「漫才で売れたかった」と思いながら死んでいく―― 漫才を諦めた男が思う“漫才師”への未練

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 ねとらぼ編集部から「漫才師の夢をあきらめたときのことを記事にしてみませんか?」という提案をいただいた。ゲームと同じくらい、もしくはそれ以上に漫才を愛してやまないことをよく知っている編集者からの提案だった。

 僕は漫才師として売れて、同級生の相方とラジオ番組を持ったり、M-1グランプリの決勝に出たり、2人でバッテリーを組んで始球式をしたり、といった夢がたくさんあった。しかし、その1つも叶えることはできずにコンビは解散し、僕は今ピンで芸人をやっている。今は当時に比べれば仕事をいただけるようにもなったが、漫才師だったことなど誰にも触れられない。

 この記事を依頼されたとき、「これで漫才師のころの記録を残せる」と思えてうれしかった。が、今は「安請け合いしなければよかった」と後悔している。

著者:ヤマグチクエストTwitter
笑いを忘れたゲーム好き芸人。中でもRPGやシナリオの思い入れが強く、「伏線」「考察」と聞いただけでよだれが出る。あと野球も死ぬほど好き。一番好きなゲームは「ポケットモンスター」シリーズ。

漫才マイクの定番として知られる、ソニーの「C-38B」(サンパチ)/以下、画像はSONYより

 振り返れば、僕が漫才師を夢見た26年間は、思い出したくないことばかりだった。

 オーディションで1秒もこちらに視線をもらえず、ネタ終わりに「つまらない」とだけ言われたこと。月に1つも仕事がなく、大学生に囲まれたバイトばかりを続けた日々のこと。ご祝儀の3万を出すのも苦しいくせに、全然平気な顔をして、親に買ってもらったスーツで同級生の結婚式に出席したこと。

 そして、そんな日々の全てが、お客さんの笑い声で吹き飛んだ。

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M-1グランプリの衝撃

 遡れば「漫才師になる」という僕の夢のきっかけは、お笑いかぶれだった少年時代を過ごしていたころに始まったM-1グランプリだった。2001年にスタートしたこの漫才の祭典は、僕にとってあまりにも衝撃的だった。

 特に覚えているのは、2002年大会の決勝で見た笑い飯さんのネタだ。涙を流して笑いながら「すげえ、すげえ」と感動して、録画したビデオを何度も何度も繰り返し見てネタをノートに書き留めた。

 「俺のや! 俺の面白いヤツや!」など「ダブルボケ」だからこそできる掛け合い、片方がまともなツッコミであれば許容されないであろう設定、そしてそのアホっぽい風貌と畳みかけ、どれも革新的で、感動のあまり「僕も漫才師になりたい。同じように誰かに感動してもらいたい」と思うようになった。

 それからというもの、僕はお笑いを見ることに夢中になった。

 できる範囲でお笑い番組は録画し、面白いと感じたネタは何度も繰り返し見て、ノートに書き留めた。2002年のM-1以降で特に衝撃的だったのは「爆笑オンエアバトル」で見たアンタッチャブル柴田さんのツッコミだ。べらんめえ口調で強い言葉を使っているのにボケの山崎さんに振り回されているから怖さを感じない、そんな不思議な魅力とワードの強さに心を鷲掴みにされたのをよく覚えている。

 そんな風にお笑い番組にかじりついているうちに、いつしかダウンタウンさんやくりぃむしちゅーさん、オードリーさんなどのような「同級生漫才師」に強く憧れるようになった。

 同級生漫才師には、その2人にしか出せない魅力がある。青春の延長線上に“今”があるようなあの爽やかさは同級生コンビにしか出せない。「同級生漫才師」であることがこんなに素敵なのかと心を打たれてから、僕の夢は「同級生漫才師として売れる」ことになった。

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一生「同級生漫才で売れたかった」と思いながら死んでいく

 漫才師だった時の僕は、笑って泣いて、幸せだった。本当に。だけど僕はもう一生、漫才はできない。中学校からの同級生だった相方がお笑いを辞めることになってしまったからだ。

 僕にとっての相方は彼しかいないのだから、僕はきっと一生「同級生漫才で売れたかった」と思い続け、死んでいくのだろう。

 今年もM-1グランプリの季節が近づいてきた。僕と同じようにM-1グランプリを見て漫才師に憧れた人たちは、漫才師の頂点を目指して戦い、そしてそのほとんどが散っていく。そんな芸人たちの姿を見て、また漫才師という夢を追いかける人たちもいる 。

 みなさんには自分の意思に関わらず、夢が潰えた経験はあるだろうか。そしてその夢がかなえられないと知ったときに、どんなことを思うのかを知っているだろうか。知らないのなら、知っておいて損はないと思う。夢を追っていた人間が必ずしも幸せになるとは限らないのだから。

 この連載ではそんな僕が中学からの同級生と漫才コンビを組み、そして漫才師を諦めるまでを書き記していこうと思う。夢と希望、そして挫折にまみれた日々を思い出しながら書いていく。

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