オチが見える? いいえ、真骨頂はその先です 個性派・中野でいちが描く、強くてはかない「十月桜」は2度咲く虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第41回

ネタバレ厳禁! 第41回は、小説のような美しいセリフ回しと、デフォルメの効いた独自の絵柄で、人間の闇と美しさを描いた「十月桜」を紹介します。

» 2015年03月13日 10時00分 公開
[虚構新聞・社主UKねとらぼ]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 前回ご紹介した麦盛なぎ先生の「死神ナースののさんの厄災」(全2巻/マッグガーデン)ですが、本連載を引き金にネット書店で品薄が起きたらしく、現在も手に入りにくい状態のようです。

 「がんばって書いてよかった!」と謝辞を述べる以前に、ねとらぼ読者における隠れおねショタ好き率の高さに驚いたわけですが、さておき、当該書籍は出版社のマッグガーデンオンラインストア、または電子書籍「Kindle」でも手に入りますので、お近くの書店で見つからなければどうぞこちらからお求めください。



 さて、今回ご紹介するのは「月刊コミックリュウ」(徳間書店)から、個性派・中野でいち先生の「十月桜」(全1巻)です。以前紹介したninikumi先生の「シュガーウォール」(〜2巻、以下続刊)含め、個性派の集まるマンガ誌という色彩が強い「コミックリュウ」ですが、そんな中でも1月に発売された本作は画風・ストーリー共に非常に美しくまとまった良作。マンガ好きのみならず、小説好きにもおすすめの文学の香り漂う作品です。


画像 「十月桜」(全1巻/コミックリュウ)→ 立ち読みページ


小説のような美しいセリフ回し


ストーリー


 ベストセラー作家・櫻島桜太郎の娘で車椅子の少女・桜。その世話係を任せられた司書・鹿島田には誰にも言っていない過去があった。それは島田和夫というペンネームでほんのわずかな間だけ作家活動をしていた事。自分のなれなかった存在を父に持つ高慢で美しい桜の姫に対し、暗い怨念を抱く鹿島田だが……。(公式サイトより





 「桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!」の冒頭文で有名な梶井基次郎『櫻の樹の下には』の一節「これは信じていいことなんだよ/これは信じていい事だ」から始まる本作。「小説」をキーにして主人公の少女・桜と司書・鹿島田がつながっているように、文芸が本作のひとつのテーマでもありますが、全編にわたって交わされる2人の対話もまた文学的です。

画像 美しくも高慢な車椅子の少女・桜

 「…止めてください先生/心にも無い――…/こんな育ちのせいですかね私…/目を見ればその人がおおよそどんな人間なのか分かるんです」

鹿島田 「…目を見れば?」

 「えぇ――/先生は本当は他人なんてどうでもいいんでしょう?/優しげなフリをしているけど自分の損になるような事は絶対にしない/本当は自分のことしか考えていない そういう人の目――…」

 「あぁ嫌だ嫌だ 本当に胸がつまる/あなたはとても残酷なんだわ」

 まるで小説でも読んでいるような美しいセリフ回し! これにとどまらず鹿島田、桜のモノローグも文学的センスに満ちていて、小説好き、特に浮世離れした対話劇が好きな人にとってこういう表現はたまらないと思います。

 一方でまたこれらの物語がデフォルメの効いた中野先生独特の絵柄で展開していくところが、小説でも演劇でもない、マンガというメディアならではの素晴らしさだと思うのです。活字だけでは描写しきれず、かと言って生身の人間が演じると画(え)が苦しい。やはりこの雰囲気はコマとフキダシを通じてでしか表現できません。



オチが見える? いいえ、真骨頂は「その先」です

画像 ベストセラー作家を父に持つ桜に対し、鹿島田は……

 さて、いつもならもう少し踏み込んでストーリーを紹介するところなのですが、今回はあえて序盤の序盤だけにとどめました。というのも、本作「十月桜」は1話ごとの展開がかなり目まぐるしく、うっかりこれ以上紹介してしまうとネタバレばかりになってしまいそうだから。

 社主自身、第1話を読んだ時点で「まあ多分こういうオチだろうなあ……」と予想していた展開が、実は物語序盤で早々に明かされてしまい、むしろその展開を踏まえた中盤以降こそが作品の本筋だったという、いい意味での「やられた!」感をみなさんにもぜひ味わっていただきたいのです。

 もし上のストーリー紹介だけ読んで、社主と同じく「きっとこういうオチだろうなあ……」と思われたなら、おそらくその予想は当たっているけれど、まだ作品のスタート地点に立ったに過ぎません(ネタバレ防止とは言え、奥歯に物が挟まった言い方しかできないのがつらい……)。

 なおストーリー以外の部分では、作中人物の表情、特に「目」にも注目してみてください。先ほど引用したセリフでも車椅子の少女・桜が「自分のことしか考えていない人の目」について言及していましたが、そう語る彼女自身の目の描かれ方も本当に細かい。

 涼やかな目、蔑む目、驚いた目、憂いを含んだ目、そして濁りなき素直な目――。極端に言えば、208ページ全てのコマにわたって1つとして同じ目がないんじゃないかというくらいバラエティに富んでいて、そしてそれがまた演出を豊かにしています。

 本作のタイトルにもなった「十月桜」は、その名の通り10月と4月ごろの2度に分けて咲く桜。物語序盤と最終話の彼女の目を見れば、まさにこのタイトルが示すように彼女が2度咲くことの意味も分かるかと思います。

 そう言えばもうすぐ桜の季節ですね。今回も最後までお読みくださりありがとうございました。


(C)中野でいち/徳間書店


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/19/news150.jpg 「情報を漏らされ振り回され……」とモデラー“限界声明” Vtuberのモデル使用権を剥奪 「もう支えられない」「全サポート終了」
  2. /nl/articles/2411/20/news028.jpg 「うどん屋としてあるまじきミス」→臨時休業 まさかの“残念すぎる理由”に19万いいね 「今日だけパン屋さんになりませんか」
  3. /nl/articles/2411/20/news224.jpg “ドームでライブ中”に「76万円の指輪紛失」→2日後まさかの展開に “持ち主”三代目JSBメンバー「誰なのか探しています」
  4. /nl/articles/2411/19/news169.jpg 高畑充希と結婚の岡田将生、インスタ投稿めぐり“思わぬ議論”に 「わたしも思ってた」「普通に考えて……」
  5. /nl/articles/2411/20/news031.jpg 「本当に同じ人!?」 幼少期からイボをいじられていた男性→美容師の“お任せカット”が衝撃 「めちゃくちゃ大変身」
  6. /nl/articles/2411/19/news022.jpg 「おててだったのかぁああああ」「同じ解釈の人いた笑笑」 ピカチュウの顔が“こう見えた”再現イラストに共感続々、464万表示
  7. /nl/articles/2411/20/news042.jpg 「腹筋崩壊」 ハスキーをシャンプー&パックしたら…… “予想外のハプニング”に「こ〜れは大変だわ」「沼にでも落ちたのかとwww」
  8. /nl/articles/2411/20/news216.jpg “歌姫”ののちゃん、6歳現在の姿に驚きの声「あれっ!?」「ビックリしてます!」 2歳で「童謡こどもの歌コンクール」銀賞受賞
  9. /nl/articles/2411/20/news041.jpg 黄ばみのある68年前のウエディングドレスを修復すると…… 生まれ変わった姿に「泣いた」「受け継ぐ価値のあるドレス」
  10. /nl/articles/2411/18/news107.jpg 走行中の車から同じ速さで後方へ飛び降りると? 体を張った実験に反響「問題文が現実世界で実行」【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  4. まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  9. ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  10. 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた