なぜ日本では「電線の地中化」が進んでいないのか?
いろいろ理由がある。
街を歩きながらふと視線を上げたら、電線にとまって羽根を休める鳥たちの姿が――実はこういった光景は、日本ならではのもの。先進国では電柱のあいだに架空線(空中に張り渡した電線)を通すのではなく、地中に電線を埋める方法が主流となっています。
諸外国と比較すると遅れているものの、日本にも「無電柱化」「電線地中化」を目指す動きはあります。例えば、東京都では数年後のオリンピック、パラリンピック大会を意識した整備計画があり、2017年6月には「無電柱化推進条例」が可決されました。
しかし、電柱を無くすことに対し「実現が難しすぎる」などの否定的な声もあり、一筋縄ではいかない問題となっているようです。今回は、そんなややこしい日本の電柱事情を分かりやすく解説します。
目次
電柱の何が問題なのか
そもそも電柱には、どんなデメリットがあるのでしょうか。
1.景観の悪化
「電柱や電線があると、景観が悪くなる」という考え方があります。もしも遠くから歴史的な名所、名物を眺めようと思ったとき、周囲に電柱があると視界を遮ったり、風情がなくなったりしてしまうというわけです。
ただし、これは被写体の性質や、個人の美醜の感覚にも関わる問題。例えば、風景写真などを撮る際に、あえて電柱を入れることで味わい深い1枚になることもあります。これに近い例としては、あるプロジェクトの実行委員会が2014年に公開したキービジュアルが挙げられます。
富士山を題材にした葛飾北斎の「凱風快晴」に電線、電柱を描き加えた画像で、ネット上で「すごくかっこいい」「電柱ある方がステキ」と話題になりました。しかし、皮肉なことに同プロジェクトが目指していたのは、国内の無電柱化。「電柱があると、葛飾北斎の美しい風景画でさえ台無しになってしまう」というコンセプトでキービジュアルを作ったところ、真逆の反応が続出してしまったのです。
2.災害時の倒壊リスク
災害時には、電柱の倒壊がよく起こります。倒れること自体も危険ですが、さらに交通の妨げになることで二次被害が拡大します。
阪神淡路大震災では、倒れた電柱や電線が道路をふさぎ、消防車や救急車の通行を妨げました。火事の鎮火や救護、物資の輸送が遅れてしまい、大きな問題になりました。
3.交通安全
災害時でなくとも、電柱が交通の妨げになることがあります。
歩道や路肩をふさぐように立っている電柱は、歩行者や自転車に乗った人にとって危険です。電柱を避けようとして自動車と接触したり、電柱と車体に挟まれたりする事故が起きています。
自動車のドライバー側にとっても、狭い交差点などにある電柱は視界の妨げになります。また、車体をこすってしまうことも。
海外・日本の状況
このようなデメリットがあるにもかかわらず、なぜ無電柱化が進まないのでしょうか。
海外ではどうなっている?
海外の電柱事情はどうなっているのでしょうか。国土交通省が発表しているデータでは、欧州やシンガポールではほぼ100%無電柱化されていて、街中に電柱はありません。
ヨーロッパの多くの大都市では、初めから地中に電線を敷設していました。また、ニューヨークでは、電線の被覆がなかった時代に感電事故が多発。地中化を進め、今では約80%無電柱化されています。
もともと電柱による架空線を採用していたアジアなどの大都市でも近年、電線地中化が急速に進んでいます。
日本の電柱の歴史
日本でも電線地中化の流れが戦前からあり、東京都文京区などで整備が進められていました。また、満州の植民地に日本軍が建設した都市でも、電線地中化が行われていました。
しかし、太平洋戦争時の米軍空襲により、都市は焼け野原に。戦争のショックから速やかに復興するために「一時的に」という名目で、電柱が立てられていきました。電線を地中に埋設すると、架空線をかけるよりも高い費用がかかり、「まずは電柱で電気を送り、余裕が出てきたら地中化しよう」ということになったのです。
ところが、日本はその後、高度経済成長期に突入。電気や電話の需要がどんどん高まり、電柱を次々に立てて対応しなければなりませんでした。そうして、本来は「一時的」のはずだった電柱が、「当たり前」のものになっていったのです。
無電柱化の課題
いまだに電柱がなくならないということは、何かしらの問題があるということ。無電柱化を阻む障壁や、無電柱化のデメリットを検討しましょう。
費用
上の歴史で書いたように、電線を地中に敷設すると、電柱を使うよりも費用がかかります。すでに埋まっているガス管、水道管とのかねあいや、場所による方式の違いもあり一概にはいえませんが、3倍〜10倍高くなり、1キロあたり1〜5億円必要です。東京都の道路延長は2万キロを超え、無電柱化率は7%。仮に1キロあたり3億円とすると、単純計算で6兆円かかることになります。
この費用を、国や地方自治体、事業者(電力会社など)が3分の1ずつ負担する方式が主流です。しかし、行政が多額の税金を使って地中化を補助することに対して反対する意見が出ています。なお、地中化が加速すれば大量発注、技術開発により、低コスト化が進むという見立てもあるようです。
地中化工事の難しさ
電柱に関する権利関係は非常に複雑です。工事前には関係者の同意を得なければなりませんが、電柱1本でもかけられている電線によっては電力会社、電話会社、ケーブルテレビなどの事業者が所有者になっています。また、電柱が立てられている道路には国道や都道府県道、市区町村道などがあり、それぞれに管理者が異なります。
さらに周辺の商店や住民、経産省、国交省、総務省などの監督官庁も関わってくるため、とかく多くの人々、団体が足並みをそろえなければ工事が進められないのです。
地中化すると災害に強いのか?
阪神淡路大震災のデータでは、震度7地域で被害を受けた地中線は4.7%。一方、架空線はそのおよそ2倍にあたる10%が被害を受けました。地上にある電柱や電線は、周辺の建物の倒壊に巻き込まれてしまうリスクがあり、ダメージを受けやすいのです。
これを見ると地中線の方が災害に強そうですが、復旧が早いのは架空線です。地上にある電線は、断線箇所がすぐに見つけられます。しかし、地中線はどこが断線しているのか分かりづらく、掘り返して作業をしないと復旧できません。
また、阪神淡路大震災で起きた地中線被害の多くは、地盤の液状化によるものでした。河川の沿岸や埋め立て地、干拓地などでは、電柱を利用した方が被害を抑えられる可能性があります。災害対策を考えるのであれば、場所に応じて地中線、架空線を使い分ける必要があるといえます。
電柱は無くすべきなのか、残すべきなのか。両者ともに長所、短所があり、簡単に答えが出せる問題ではありません。「とにかく電線地中化」「とにかく残せ」ではなく、しっかりとした議論に基づき、方向性を決定することが望まれます。
参考文献
小池百合子・松原隆一郎(2015)『無電柱革命』PHP新書
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