「ただただうれしく反面くやしい」 涙腺崩壊のパラパラ漫画が実写化、原作者・鉄拳の家族観を聞いてみた
鉄拳「僕は家族というのを狭義で考える必要はないと思っている」
お笑い芸人の鉄拳さんのパラパラ漫画を実写映画化した「家族のはなし」が11月23日からイオンシネマで公開されました。
原作は、鉄拳さんが2013年に長野県の地方紙・信濃毎日新聞とのコラボで制作した同名作品。あるりんご農家で育った少年が大学進学のため上京するも、その傍らでバンド活動に明け暮れるようになり、バンドでの成功が見え始めると、親に黙って退学。しかし夢破れて世の中から孤立していく彼が久しぶりに帰郷すると、疎ましさすら感じていた両親の深い愛情を知るというストーリーです。
親の心を知らず、夢を追って勝手気ままに振る舞う子と、それを黙って支える家族の姿、そして注がれていた愛情に気付く息子の姿はシンプルながらネットをはじめ各所で「感動が止まらない」「涙腺崩壊」など話題を集めましたが、岡田将生さん主演で実写化。同作ではアートディレクターも務める鉄拳さんに話を聞きました。
実写映画化は「ただただうれしい。反面、くやしいところもある」
―― 先日は、ねとらぼの企画で「こんなハン・ソロは嫌だ!」のイラストネタを寄せていただきありがとうございました。今日は、鉄拳さんのパラパラ漫画を実写化した映画「家族のはなし」についてです。同じくパラパラ漫画を実写化した2015年公開の映画「振り子」に続く実写映画作品ですね。
鉄拳 映画化なんて全然想像もつかなかったので驚きです。こんなシンプルなストーリーのやつをどうして映画化しようと思ったんでしょうね(笑)。「ちょっと物事がいい方向に行きすぎじゃないか」とすら思います。
あれよあれよとお話が進んでいく中で、「主演は岡田将生さんになりました」と聞いたときは本当に驚きました。僕の中でこの作品の主人公のイメージは岡田さんにピッタリでしたから、岡田さんが演じてくれたらいいものになるという確信はありましたが、お邪魔させてもらった撮影現場の雰囲気もよかったし、作品の完成度も高く、ただただうれしく思います。反面、くやしいところもあるんですが。
―― くやしいところ? 実写化で原作から何か変化があったからですか?
鉄拳 僕のパラパラ漫画では登場しない主人公の幼なじみ役として成海璃子さんに出演いただいたことです。パラパラ漫画はそんなに長尺でなく、主人公の周りだけで完結してしまうというか、世界が狭いシンプルなもの。でも、映画は親だったり幼なじみの視点も入って、世界が広がっていたので、原作に幼なじみを登場させておけばよかったとくやしく思うんです。成海さんの存在に救われたような気持ちすらあります。
―― なるほど、物語に奥行きが出たということですね。とはいえ、別の取材では、ご自身の中で「家族のはなし」は名作と捉えているとおっしゃっていました。
鉄拳 そうですね。自分の中でもそうですが、反応もよかったですし。僕のパラパラ漫画って、僕と同じ40代以上の人に響くことが多いんですが、「振り子」「家族のはなし」「約束」は若い人にも響いた手応えがあって、作ったかいがあったとは思っていました。
―― パラパラ漫画の評価は高いですが、今、芸人とのウエートはどのようになっているのでしょう。
鉄拳 この前のハン・ソロのやつが数年ぶりのネタですね。その前が笑点50周年のときの「こんな『笑点』はいやだ!」でしたか。お笑いの脳じゃなくなってきてネタが思い付かなくなりますね。たまにはお笑いもやりたいですが、勇気が出ない。マネージャーさんに「たまにはルミネ(の舞台)出ますか?」とか言われるとドキドキしちゃいますから。
“家族”とは何か? 親への感謝という感情の芽生え
―― 親の心を知らず、わがままに勝手気ままに振る舞う息子・拓也を、自分と重ねる人も多いと思います。加えて、自分本位でいるうちは、親への感謝というのはなかなか湧いてこないですよね。恐らく鉄拳さん自身もかつてそうだったのだろうと思いますが、家族や親といった存在への思いはどう芽生えたのでしょう。
鉄拳 昔は親に「ありがとう」だなんて言葉は言えなかったです。
芸人を始めて何とか食えるようになって、結婚して、ブームが過ぎたころ、自分を振り返る時期がありました。それまで、仕事では自分のことばかり考えて、支えてくれていたスタッフさんやマネージャー、親のことを考えていなかったんです。
―― 若いときはとんがっているものですし、芸人さんなどの世界はよりそれが顕著なんでしょうね。
鉄拳 そうですね。親父から連絡が来ても返事しないし、うまくいかなければマネージャーにもキツく当たるし。でも、よく考えたら、自分みたいなくだらない人生によく付き合ってくれているなと思えるようになったんです。そのときからですね。親への感謝という感情が出てきたのも。
―― “世界を変えたければまず自分を変えろ”とはよくいったものですね。今あらためて親の存在をどう感じますか。
鉄拳 今はもう父も高齢で、自動車の運転なども危なっかしいし、そういう意味でまた違う現実にぶち当たっている気もしますが、僕はいつか田舎に家を持って、田舎で仕事をしながら、家族が近くにいるような生活ができればという気持ちになってきました。
田舎に、みんなが集えて、お年寄りはそこに住むこともできる大きなシェアハウスというか建物を作りたいという構想を持っているんです。家賃などの生活費は僕が出すから、みんながそこで過ごせて、知らず知らずに高齢者の介護にもなっているシステムがいいんじゃないかと。現実は厳しいんですが、夜それを考えるとワクワクして眠れなくなって、建物の設計図を描いてみたりしています。
―― 「家族とは面倒くさい幸せだ」という原作でも印象的に使われている言葉が映画でもキャッチコピーのように使われています。修飾を省いて、“家族とは幸せだ”というとき、そもそも家族の幸せって何だろう、と私は思うんです。
鉄拳 “いること”ではないでしょうか。僕は家族というのを狭義で考える必要はないと思っていて、自分のプライベートというか心の内側に入れてもよいと思える存在は、僕は家族だと思います。
僕も今では、かつてライバル的な存在だったような人とも温泉などに行ったりするようになったんです。ライバルが売れるとくやしいと思うのが常じゃないですか、でも、友だちになったらそれはうれしいことですよね。考え方によって気が楽になりましたし、そこが自分でも変わったなと思います。
―― 鉄拳さんはもともと、ちばてつや賞に入選するなど、漫画家を目指された時期がありましたよね。それから紆余(うよ)曲折はありましたが、パラパラ漫画で注目を集めるようになりました。こうした運命の巡り合わせのようなものをご自身ではどんな風に感じているのでしょう。
鉄拳 遠回りはしましたが、最初に目指した漫画を描いているので、幸せだと思います。奇跡といえば奇跡ですが、その軌跡をたどってみると、失敗や挫折を繰り返しながらもちゃんとやってきた自分を褒めたい気持ちです。経験というのは身を助けますね。人間というのは変わるもののようです。
―― 今作はどういった人に見てほしいですか?
鉄拳 若い人たち、特にバンド活動しているような人たちに見てほしいと思います。そして、ぜひ、見た後に親御さんのこと、ふるさとのこと、周りにいる人たちのことを思い出してほしいです。簡単なことでもいいから感謝の気持ちを伝えてあげてほしいです。電話でちょっと話すだけでも親孝行なのですから。
(C)「家族のはなし」製作委員会
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