“肉体というセンサー”をだます装置――「Oculus Rift」:妄想ウェアラブルの午後
ゴーグルをかけるだけで仮想世界を訪れることができる、仮想現実(VR)ヘッドセット「Oculus Rift」。このSFのような技術は、ただ単にエンターテインメントとして使われるのに留まらない。現実世界の常識をも変えてしまうパワーを持つのだ。
連載:「妄想ウェアラブルの午後」とは
近年急速に普及し始めたウェアラブルデバイス。腕時計型やメガネ型などさまざまな種類が登場してきているが、それらが「人々の生活をどう変えるか」についてはまだまだ議論の余地が残されている。本連載では、製品のスペックや機能比較にとらわれず、ウェアラブルの正しい(?)未来を「妄想」することに全力を注ぐ。
Oculus VR「Oculus Rift」
Oculus Riftは、まるでその場にいるかのような仮想世界を体験することのできるヘッドセットだ。もちろんそこで見える世界は現実ではないが、視野をカバーする3D立体映像は完全に脳をハックする。Oculus Riftを装着した人々の様子を見れば、それが決して誇張ではないことが分かるだろう。2015年中にも一般販売が開始するのではないかと言われている。
一人一台、「それぞれの現実」?
「家の中でゴーグルをかけるだけで、コートの最前列でスポーツを観戦でき、世界中の教師や生徒がいる教室で授業を受けられ、面と向かって医者と話ができるところを想像してほしい」
FacebookがOculus VRを買収した際にマーク・ザッカーバーグがコメントしたように、Oculus Riftはゲームや映画といったエンターテイメントに限らず、現実世界の常識まで変えてしまうかもしれない。ビジネス、教育、医療、旅行、コミュニケーション……その例は数え上げれば切りがない。家にいながらニューヨークや江戸時代や火星を旅行することや、仮想世界の中だけで会える恋人を持つことはそのうち当たり前になりそうである。
仮想世界から出て来られなくなる人も多発しそうだ。映画『インセプション』には夢の中で生き続ける人々が出てくるが、VRの未来を想像すると思い浮かぶのはそんなシーンである。現実の体は冬眠状態にしておいて、死ぬまで仮想世界の中で生きる……そんなことも可能になるかと思うとちょっと怖い。
『WIRED』日本版の創刊などで知られる小林弘人さんは、Oculus Riftは肉体というセンサーをだませるので、そこで体験する疑似体験は「疑似体験ではない」と言う。ホラー映画を見て心拍数が上昇する。レモンや梅干しの話を聞くだけで口中にはだ液があふれてくる。「想像の世界」が「現実の肉体」に影響を与えるのは明白だ。
Oculus Riftは、現時点ではハイスペックなPCに接続して使用する必要があり、使用する場所やシチュエーションには物理的な制限がある。しかし、将来的にさらに小型化し、映像も超高解像度化し、さらには触覚や嗅覚といった五感までもハックできる技術と結びついたとしたら。現実と仮想現実の境目は溶け、自分が今どちらの世界で過ごしているのか分からなくなる――そんなこともあるかもしれない。「たったひとつの現実世界」ではなく、皆が皆それぞれの現実を見るのだ。
そんな世界で、暴力、殺人、その他ありとあらゆるモラルに反する行動が起こるようになったとしたら、それはもう“仮想”現実と呼ぶことはできないだろう。『ドラえもん』やポール・アンダーソンの小説に登場するタイム・パトロールならぬ、“VRパトロール”が必要になる日も遠くはないのかも。
Oculus Riftによって、SFの世界が現実になりつつある。しかしそれはいまに始まったことではない。ザッカーバーグは先のコメントで、このように続けている――「VRはSFの夢だった。しかしインターネットだってコンピューターだってスマートフォンだって、同じように昔はSFの夢だった。未来はすでにやってきているし、僕たちはそれを一緒に作っていくチャンスを持っているのだ」
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