普通に読んでいればなんてことないお話。だけどひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い話」を紹介する連載です。

「蛇神様の贄(にえ)」
漆塗りの大きなつづらを神輿のように担いだ男たちが、山道を登っていく。つづらの中には、白装束を着せられた娘が押し込めてあった。山に棲む蛇神様への捧げものだ。
何十年かに一度ある大日照りの年には村ごとに生贄を捧げるのが、このあたりの里の古くからの習わしだった。
幸というその娘は、近親姦で生まれた「忌み子」だった。禁忌を犯した幸のふた親は追放されたが、幼い彼女は村に留めおかれた。時が来たら生贄にすれば良い、そうすれば自らと家族を守れる――幸は村に「飼われて」いたのだ。幸は村中から蔑まれ、苛められて育った。
幸が12歳になったその年は、春から雨が一滴も降らなかった。「これまで育ててやった恩を返せ」と言い募る村人たちに、幸は死を受け入れるほかなかった。
つづらが地面に降ろされ、やがて担いできた男たちの声もしなくなった。幸はつづらの蓋を押し開け、辺りを見回した。
誰もいない、鬱蒼とした森が広がっているだけだった。
『なんじゃ、此度のニエはこんなちんまい娘か』
頭上から声が聞こえた。と思うと、幸の目の前に、村の者ではない少女が立っていた。
年恰好は幸とそう、変わらなく見える。ただ、髪が絹糸の如く白く、両の眼が血に染まったように赤いのが異様だった。
少女はニッ、と笑って両手を幸の頬にあてた。その手は死人よりも冷たく、幸は相手がこの世のものではないと悟った。
「あなたが、山の神様?」
少女は答える代わりに、幸に問うた。
『のう、娘。貴様はどうして選ばれた? 村一番の金持ちの子じゃったからか? 村で一番の美人だったからかの?』
これまで浴びせられてきた言葉を、幸はか細い声で繰り返した。
「……みんなが、そうしろって。私は、忌み子だから、生まれてきてはならない子だから……せめて死んでみんなの役に立てって……」
すると、楽しげだった少女は急に不機嫌そうな顔になった。
両頬にあった手を肩に落とし、幸を抱きすくめるようにして少女は顔を近づけた。
『覚えておけ。わしは食道楽でな。これまで喰ろうてきたのは村一番の力自慢、お公家の落胤と称する者、村おさの跡取り……いずれも格別ゆえに選ばれたのだと喜んどった者ばかりじゃ。そういう者の頭の味噌はたまらなく美味での』
そして声をひそめ、幸の耳元でささやいた。
『じゃから、おのれを生まれなければよかったなどと思うておる者は喰う気が起きんのじゃ。味が落ちるでな』
幸の目の前から少女の姿が消えた。辺りを見回すと、また頭上から声がした。
少女は大きな杉の木の枝に腰を下ろしていた。
『そこで見ておるがよい』
少女は両手をぱちん、と合わせた。
地鳴りがした。足下が震え、幸はその場に座り込んだ。
しばらくして揺れが収まると、幸はハッとした様子でふもとの村を――村があったはずの場所を見た。そこにはひび割れのような真っ黒い大きな裂け目が口を開けているばかりだった。
『人も、家も、みな呑んでやった』
少女の愉快そうな声が響いた。
この子は本当に神様なんだ。……幸の頭の中には、恐怖も、村人たちを可哀想に思う気持ちも、湧いては来なかった。ただ、自分を「忌み子」と呼ぶ者はもう居ないのだという喜びだけが、その胸に広がっていた。
『もしニエにならず、あそこにおれば、貴様も他の連中と一緒に死んどったろうて。どうじゃ、選ばれて良かったじゃろう?』
幸は、自分が笑っているのに気づいた。
「……はい、良かったです」
少女も幸を見下ろし、にっこりと笑った。
『そうか、わしも嬉しいぞ』
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