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毎年秋になると発表される「イグノーベル賞」をご存じでしょうか。『日本大百科全書 ニッポニカ』(小学館)には「ノーベル賞のパロディとして1991年に創設された、世界中の独創性に富んださまざまな研究や発明などに対して贈られる賞」と解説されています。2020年も日本からの受賞者が出たことでも話題になったこの賞に、長きにわたってアプローチし続ける同人誌があります。
今回紹介する同人誌
『イグノーベル賞ファンブックVol.16』A5 60P 表紙・本文モノクロ
著者:綾波書店、××番長

“まず人々を笑わせ、そして考えさせる”賞にインタビューで切り込む
『イグノーベル賞ファンブック』は主に受賞者にインタビューし、その質問と回答を掲載した同人誌です。新刊を出される度、歴代の受賞者の中から毎回およそ2人の方のインタビューや、時には受賞者フォーラムの様子などが紹介されてきました。
ご本は文章を中心に構成されていて、ごくさっぱりとした作りです。制作メンバーの本職は、科学系企業の研究員さんと、音響関係のエンジニアさんとのこと。受賞者の研究に対して基本的な質問から、時に専門分野に切り込んだ問いも交え、“まず人々を笑わせ、そして考えさせる”というイグノーベル賞の理念に添うように、読者につかず離れず研究の世界をかいま見せてくれます。

「怖いものを敢えて見て欲しい」。主催者の言葉から明らかになるあれこれ
なんともう15年も「ファンブック」を出し続けていらっしゃるお2人。この号ではついにイグノーベル賞の主催者、マーク・エイブラハム氏へのインタビューが決行されています。
医学賞、文学賞、産婦人科学賞など実に多彩な賞の決め方は? なぜ日本人はイグノーベル賞を好むのか? どうやって面白い論文を世界中から発掘できるの? などなど、イグノーベル賞への疑問が解き明かされ、和やかな雰囲気でやりとりをしながら、賞の在り方、本質へと迫っていきます。
例えば、賞の主要な目的の一つとして語られた「人々に怖いものを敢えて見て欲しい」「怖い物でも面白い研究ばかりなので、笑って楽しむことができる」という言葉からは、単純に恐ろしそうな研究が対象というだけでなく、知らないことは怖い、その怖さを乗り越えるために楽しさが力になると伝えられているように思いました。そこから「そのような研究ばかりなので、この本(『イグノーベル賞ファンブック』)のように他の人達に分かり易い形で示して貰うということが出来ます」と同人誌への言及に続き、賞がただひと時の笑いだけでなく、そこから興味と知識へとつながっていくさまを大切にしている様子が伺えます。こんな、はっとする視点がインタビューから度々引き出されていきます。
ちなみにインタビューではエイブラハム氏の「人々はどのようにしてこの本(『イグノーベル賞ファンブック』)を入手されるのですか?」の問いに答える形で、コミケ参加についても触れられています。夏コミ会場の写真を見たエイブラハム氏の「ワオ!」のリアクションがなんだかうれしいです。

研究紹介だけじゃない。刺さる言葉を引き出し続けるご本に拍手
この号でのもう一人のインタビュー掲載者、2015年に生理学および昆虫学賞受賞を“虫に刺された際の痛みの評価基準「シュミット指数」”で受賞したジャスティン・シュミット氏。
実際に虫に刺されて、その痛み度数を自分で決めてみたという、つまり何度も何度も痛い目に合わないと成立しなかった研究! そのいきさつやここまでのご苦労と同時に、「研究者へのアドバイスをお願いします」と問われた際の、「自分の心に従いましょう。即時的な実用性などに関係なく、あなたを興奮させる事をしましょう」の言葉は、研究者でなくとも痺れますね! こんな風に、研究を念頭に置いて語られているのに、ご本のあちこちに創作や、仕事や、何かに励んでいる人に刺さりそうな言葉があるんです。
専門的に突き詰めた研究を解説する役割を担いながら、ジャンルを超えて多くの人に届くような言葉をも引き出してくる、2つを両立させながら一つの本の形に作り上げてこられた力量を感じます。
そして、15年もサークルさんを続けられたのも実は本当にすごいPR力だと思うのです。同人誌即売会のカタログにずっと“イグノーベル賞”の文字があり続け、日常生活でふと耳にしたニュースに「あ、イグノーベル賞の同人誌出してるサークルさんいらっしゃるよね」と連想させるのは、エイブラハム氏が「お二人の作っている本は世界に貢献してくれていると思います」と語られている通り、確かに一つの力になっているのではないでしょうか。ユニークな研究をされる受賞者へと同時に、言葉を引き出し、本づくりを重ねてきたサークルさんにも惜しみない拍手を送りたいです。

サークル情報
サークル名:綾波書店
メールアドレス:ayanamishoten☆gmail.com(☆→@)
次回参加予定イベント:コミックマーケット99(開催未定)
今週の余談
一見とっつきにくそうな、でも本当はとても楽しいことをどう伝えるかというのは、司書の役割と重なるところが大きいような気がして、ページをめくりながら何度もはっとしました。「知る」ことって面白いですねー!
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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