2022年、新年一発目のゲームレビューは昨年(2021年)僕が一番面白かったゲームを紹介しようと思います。その名は……「Inscryption(インスクリプション)」!(公式サイト)

タイトル画面。最初「ニューゲーム」が見当たらないところからもう「Inscryption」

ゲーム画面。基本はカードゲームです
ライター:砂義出雲

作家・シナリオライター。はてなダイアリー「やや最果てのブログ」の運営を経て、2011年に小学館ライトノベル大賞・優秀賞を受賞し『寄生彼女サナ』でデビュー。なんだかんだ10年以上業界の片隅でラノベを書いたりゲームシナリオを書いたりしてきました。映画とゲームとsyrup16gが生きる糧。人生ベストゲームは「Outer Wilds」です。
Twitter:@sunagi
ひとことで説明すれば「闇のカードゲーム」
このゲームがどういうゲームか。ざっくり言えば「一人称視点で部屋に隠された謎を解きながら進めるホラーテイストのカードゲーム」なのですが、実はこのゲーム、漫画やアニメが好きな方にはパワーワードで説明することができます。
週刊少年ジャンプで連載され、アニメ化もされた『遊☆戯☆王』という漫画を知っている方は多いでしょう。その『遊☆戯☆王』の特に初期では、登場人物が命を賭けた「罰ゲーム」つきの「闇のゲーム」で対決するというのが定番の流れでした。展開によっては、カードバトルに負けたキャラが罰ゲームとしてカードの中に閉じ込められたりして。

闇のカードゲームに敗北してカードの中に閉じ込められる海馬(『遊戯王』デジタル版1巻260ページより)
「Inscryption」はこの『遊☆戯☆王』に出てくる「闇のカードゲーム」が体験できるゲームです! はいパワーワード! 説明終わり!
……ってわけにもいかないんだよなあ。実はこの「Inscryption」、“ネタバレ厳禁”のゲームであるにもかかわらず、どういう性質のゲームか前提知識がある程度ないとゲームの評価に多大な影響が出るであろうタイプのゲームでもあるんですよね、これが。
僕が「Inscryption」をプレイしたときの感想を一言で言うなら……「奇抜な揚げ物で知られる最高のカツ職人がカツカレーを作ったと聞いて食べてみたら、『えっ待って、このカツカレー、カレーだけでもめっちゃうまくない!?』って感じだった」のです。そして、「カツ」と「カレー」、この2つの要素が何にあたるのか、それぞれの角度から説明する必要があるのです。説明しましょう。
「カレー」、デッキ構築型ローグライトの新機軸
まず、カツ職人が作るということでそこまで期待はしていなかったものの「めちゃめちゃうまかった」という「カレー」。これは、このゲームのジャンル……特に序盤のゲーム性そのものです。ゲーム紹介を見ると、目を引くのはこんな文句。「デッキ構築型ローグライト」。簡単に言うと、プレイを始めるたびに一からカードを引いてバトルに使うカードデッキを構築していき、ゲームオーバーになると全て失われる、運要素が強く絡むゲームのことです(ちなみに、『ローグライト』は『ローグライク』というゲームジャンルから派生したもので、この混同されがちな2つのジャンルの分類問題について語りはじめると朝までかかるので今回は省略します)。
実は昨今のインディーゲーム業界、この「デッキ構築型ローグライト」要素を取り入れたゲームがめちゃめちゃ増えています。これにははっきり源流があって、恐らくそのほとんどが「Slay the Spire」(2019)という大ヒットゲームの影響を受けているのです。

「Slay the Spire」ゲーム画面
ランダム生成されたマップを移動しつつ、その過程で手に入れたカードでデッキを構築しながらバトルをするというこの傑作「Slay the Spire」の絶妙なゲームバランスと中毒性は革新的でした。そして、同作は「スレスパフォロワー」と呼ばれるゲーム群を大量に生み出すことにもなりました。マップを移動する際のゲーム画面を見比べてもらえば、「Inscryption」もまた「スレスパフォロワー」であることを隠そうともしていないことが分かるでしょう。

「Inscryption」の移動画面

「Slay the Spire」の移動画面
ただ、その流れにありつつも「Inscryption」にははっきりとした独自性がありました。それは、元ゲームの絶妙なゲームバランスを再現しようとした「スレスパフォロワー」と違い、「カレー」が本職ではない「カツ職人」だからこそできる大胆な味付け。「Inscryption」にとって「スレスパ」形式は「物語」を語るための手段でしかない……つまり、バランスを考えていないような「ぶっ壊れカード」で無双できるのです! これがめっちゃ楽しくて気持ちいい!
中でもバランスブレイカー的カードとして特筆したいのは3方向に攻撃できる「マンティスゴッド」。作中で200ドル(日本円で約2万円以上)するといわれるカードだけあるぜ! ちなみに基本的にこのゲーム、広範囲に攻撃できるカードがめちゃくちゃ強いです。これは攻略の役にも立つのでぜひ覚えておいてください。
そして、「Inscryption」はそれだけでなく、ゲームの雰囲気が抜群に良い! カビ臭さの漂う薄暗い小屋の中、目の前には薄ぼんやりとしか顔の見えないゲームマスター。生きているように喋りまくる手持ちのカードたちはカードゲームの「生け贄」にされるときちんと悲鳴を上げます。アイテムの使い方にも意表を突くものがあって(相手のてんびんに重量を載せるためにそこまでやる!?)、この感覚、これこそ「闇のゲーム」!

オコジョの「顔」が変化していくのにも注目を
なお、販売ページには「ホラー」のタグがついていますが、過度なビックリ表現はありません。恐らく全てはこの「雰囲気」による区分であり、目の前でくるくると仮面を付け替えるゲームマスターは、TRPGのように机を挟んで向かい合ってやるカードゲームの面白さを教えてくれます。

ゲームマスターがくるくると仮面を付け替えて気分を盛り上げてくれます
「対面型ボードゲーム」の楽しさはコミュニケーションのプリミティブな喜びにもあります。そして、ゲーム終盤では向かい合っているからこそできる「手を使ったある行為」に思わず涙ぐんでしまいました。ああ……本当にいいシーンだったなあ。
「カツ」、Daniel Mullinsという鬼才の作家性
さて、長々と「カレー」(ゲーム部分)がいかにうまかったかを説明してきましたが……実は、今の前段は「Inscryption」を構成する要素の30%程度でしかありません。もう一方の要素、カツカレーの「カツ」についても説明しましょう。
このゲームの「カツ」とは……ゲームの「作者」そのものです。Daniel Mullins(ダニエル・マリンズ)。名前だけでも覚えて帰ってくださいね。一言で言うと、「メタフィクション」ゲームの名手です。過去作の「Pony Island」「The Hex」もそのようなゲームであり、筆者が「Inscryption」をプレイした時には正直、こちらの要素を強く期待していました。

Pony Island。これも驚きに満ちた傑作ゲーム
そして「Inscryption」もやはり、その方面でも完全に期待に応えてくれました。ぼかしながら言うなら、ゲームの進行につれて「世界を見る解像度」がまるで変化していくのです。実は、前段で説明した「カレー」部分も、さっきのが欧風カレーだとしたらドライカレーぐらいにまで変化していきます。とにかく、後半はDaniel Mullinsの真骨頂がてんこ盛り! エンディングを迎えるまで常に驚きに満ちたプレイになることでしょう(一つアドバイスするなら、配信などでプレイしようとしている人にはやや危険なシーンがあるかもありません)。
そして、このゲームはエンディングを迎えても終わりではありません。衝撃の展開の末に待つもの……はっきり言って、ここがこのゲーム最大の「賛否両論」ポイントであり、人によっては怒る人もいるだろうと思います(ピンと来ていない人は「Inscryptionをクリアした人のための攻略情報」などでググってみてください。ここで合う合わないが出るのはもうどうしようもないです。だってそれが「作家性」なのですから。取りあえず「Daniel Mullinsってこういうことをする人だから……」とだけ覚えておいてほしいな、とは思います。
ちなみに、現時点で出たDaniel Mullinsのゲームは全て話がつながっているようです。そして、最後までやっていただけたら、彼のゲームは今後も新作が出たら「リアルタイムに」追わないといけないクリエイターだということが分かってもらえることでしょう。
しかし、あらためて言いますが、今までのDaniel Mullinsのゲームはメタフィクションにこだわるあまり「ゲーム性」は二の次、というような節がありました。だからこそ、「Inscryption」のゲーム部分がちゃんと「面白かった」喜びはすごかった。もっとも、Steam版は最近のアップデートにおいて、前段で熱く語ったこのゲームの「一番おいしい部分」だけを延々食べ続けられる「KAYCEE'S MOD」という新モードがβ版として追加されたので、「カレー」がうまかったという人にはこれもおすすめです。

「KAYCEE'S MOD」。ストイックなカードゲームを求めている人にはきっとぴったり
とにかく、Daniel Mullinsという鬼才ゲームクリエイターを知ることまで含めて値段以上の価値は絶対にあるし、なにより「カツ」と「カレー」両方合わさってこそのカツカレーです。ゲームのプレイを一つの「体験」として楽しめる人なら、間違いなく楽しめる一本だと思います。
最近のニュースでは、この「Inscryption」の販売本数が100万本を越えたことが発表されました(AUTOMATONの記事)。それだけ多くの人にDaniel Mullinsの世界が届いたことを喜びつつ、この鬼才が次に何を食べさせてくれるのか楽しみに待ちたいと思います。今まで食べたことのないカツカレー、みなさまもぜひ機会があれば食してみてはいかがでしょうか。
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