ねとらぼ

クライマックスの絶望は『シン・ゴジラ』級

「絶望」も与えるクライマックス

 本作はアニメーションとしてのクオリティーもとても高い。その魅力の筆頭はヒロインのクレアで、コロコロと変わる表情の一挙一動がとても愛らしい。喜んだ時に両手でほっぺを持ち上げたり、驚きつつ恥ずかしがるときに「三白眼」に近い目になったりして「かわいい!」でいっぱいになった。天真らんまんだけどあぶなっかしい彼女が橋のへりを歩くときに、しずかちゃんがその服の後ろをつまんであげている、という細かい描写も大好きだ。

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画像は予告編より


 さらに圧巻なのが「絶望」ともいうべきクライマックスだ。大ボスのあまりにも強大な力は「世界を滅ぼす」ほどの恐ろしさをまざまざと見せつけるもので、多くの人が『シン・ゴジラ』を連想しているのも納得であり、劇場では「静寂」の演出がより恐ろしくのしかかる。はたまた、「こんなやつにどうやって勝つんだよ……!」と思うばかりのヤバい能力に対しての主人公サイドの反撃は、口コミで大盛り上がり中の香港映画「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」をほうふつとさせるほどだった。

 そして、これまでに丁寧に積み上げられた伏線があるからこそ、絶望的な状況の中で活路を見いだすのび太たち(特にジャイアンのカッコよさ)が際立つ。ド迫力のシーンに涙する人も多いだろう。前述した「泣き笑い」のシーンの表現も相まって、アニメ表現の素晴らしさを目いっぱい感じられた。

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「いい絵を描きたくなる」理由が素晴らしい

 ここまで本作を絶賛したが、正直に言って気になるところもある。そのひとつがゲストキャラクター「パル」役の鈴鹿央士の声と演技が、かなり浮いてしまっていたことだ。パンフレットで彼は「声だけでしっかり伝わるように、ふだんのドラマや映画より『ゆっくり』『大きく』芝居をすることを心がけました」などと語っているのだが、その意識が裏目に出てしまったのではないか。鈴鹿央士はアニメ映画『夏へのトンネル、さよならの出口』では朴訥とした少年役にマッチしていただけに、とてももったいなく思えた。

 近年のドラえもん映画で散見される、やや露骨な伏線も気になってしまった。時に「らくらく釣り竿」のくだりは「伏線回収のために直前に置いた」ような不自然さが否めない。クライマックスのロジック自体は見事で感動的だったが、説明がやや直接的で展開を予測しやすかったように思えた。また、演出上の『大きさ』や『位置』に若干の違和感も覚えた。クライマックスでマイロは素早くとある絵を描くのだが、その過程も、よりじっくり示してくれても良かっただろう。

 それでも、筆者は隠されていたある「秘密」に気付かず、その秘密が明かされた瞬間の素晴らしさに涙した。その秘密に関して「回想」を描かないことには賛否もありそうだが、それも「描きすぎない」「想像をさせる」ための演出として、むしろ評価したい。

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 何より、この映画を見れば、きっと絵を描きたくなる。その意欲を促してくれることが、あまりにも素晴らしい。それは、劇中ののび太のように、自分は絵を描くことが苦手または下手だと思っている人にも当てはまるのだ。ぜひ鑑賞後には、本作で提示された「いい絵」を描いてみてほしい。

ヒナタカ

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