ねとらぼ

V8エンジンを積んだ大型船外機、それは水上のスーパーカーなのです。

V8はマジでホンダ初! なんで船外機に積んだんですか?

──では、BF350自体の特徴は、どんなところなんでしょうか?

 まず大きいのは、やはりV型8気筒エンジン、いわゆるV8エンジンを搭載している点でしょうね。このエンジン、実はホンダ唯一のV8エンジンなんですよ。

こちらがBF350が搭載しているエンジンのシリンダーブロック。ピストンが収まる穴が8つ空いた、まぎれもないV8エンジンです

──え! 車に積んでないんですか!?

 正確にはF1で搭載したことはあるんですが、市販車ではV8を搭載したものは作ってないです。車とか、ATV(全地形対応車)に乗せたいという声はあるんですが、今のところは船外機専用になってます。船外機のエンジンって、基本的には自動車用のものを流用することが多いんですよ。そんなマリン事業部が、他の事業部が欲しがるようなエンジンを船外機用に開発したというのは全く前例がなかったことです。「マリンがV8なんか作れるわけねえだろ」という意見に挑んだ、みたいなところはありますね。

──マジで船外機専用エンジンなんですね……。それはそもそも「V8を作るぞ」というところが目標だったんでしょうか?

 V8ありきというよりは、まず350馬力相当の大型船外機のニーズが高まっていて、そこに当てはまるうちの商品をちゃんと用意したいよね、というところから開発をスタートさせています。とにかく、今のトレンドとして「船が大きくなっている」というのがあるんです。

──それは理由があるんでしょうか?

 コロナ以降のアウトドアブームの流れですね。船の上だったら知らない人と接触せずに遊べるから、富裕層を中心に大型のボートで遊びに行く人が増えて、その結果世界的に船も船外機も足りなくなっちゃったんです。そういう状況を受けてお客さんの欲しいものを用意しないといけないんだけど、現状マリンで作っているV6エンジンをボアアップしても、350馬力は出せないんです。需要に応えるためにはV8しかない、という結論が出て、そこから「ではどうするか」を考えた感じです。

──さぞかし大変だったと思います……。

 社内では相当揉めましたね(笑)。できるわけないだろうと。今までマリンでは、大馬力の船外機ではありもののエンジンをカスタマイズして使ってきたんで、大型エンジンを1から作った経験ってないんです。ただ、四輪用エンジンを船外機に転用すると、レイアウト上合理的でない部分も飲まなきゃいけないことがあって、高性能な大型船外機を実現しようと思うとやっぱり専用で作った方が理論上は効率がいい。……にしてもいきなりV8ですからね。ありものの6気筒に2気筒足してV8にする案もあったんですが、開発しているうちにほぼ全部新規になりました(笑)。

BF350は組み立て工程もスペシャル。通常のエンジンとは異なり、移動式の台にエンジンを据え付け、次の工程を担当する工員に台ごと移動させてエンジンを渡していきます

──開発で大変だったのは、どのあたりなんでしょうか?

 エンジンの幅を潰すことですね。車だったらボンネットを低く抑えたいから、エンジンの上下方向を潰せばいいんです。でも、船外機ってエンジンを縦に積んでるんです。さらに、船外機って船一隻に一機だけ取り付けられればいいというわけではなくて、大きい船だと二機がけ三機がけが当たり前です。何個も横に並べたいとなると、船外機の横幅はなるべく狭い方がいい。なので、「エンジンを縦にした時の横幅」を潰す必要があるんです。

──そうか〜! 一機だけくっついてればいいわけじゃないんですね。

大きい船だと、BF350を3機がけしたりするのです

 ということで、今回のエンジンではバンク角度(エンジンのシリンダー列の角度)を60°にしています。これは難しかったと、うちの設計者は言っていました。V8エンジンだと、普通はバンク角が90°で、それならば「どういう形のクランクシャフトを作って、どの気筒をどういう順番で爆発させればいいか」というセオリーがあるんです。でも、60°になるとそういった蓄積がないので、設計も製造も手間が増える。特にエンジンの心臓部であるクランクシャフトは、厳選した素材に精度の高い加工を施す必要があるので、1本作るのに6カ月かかります。

組み立て中のBF350のエンジン。シリンダー列の角度が鋭角で、エンジン全体の横幅が狭いことが分かります

そしてこれが、1本作るのに半年かかるというクランクシャフト。半年て……

──半年かかるんですか!?

 そうなんですよ……。ただ、手間をかけただけあって、このクランクシャフトは4000〜6000回転くらいの一番よく使われる回転数の範囲で、一番振動が少なくなるようになってます。そういった要素の積み重ねによって、BF350の作動音はこのクラスのエンジンとしては他よりずっと静かなものになっています。

──確かに、さっき船に乗った時も、目の前でエンジンが動いているのにある程度普通に会話ができる程度の音の大きさでした。

 作るのは大変でしたが、最終的には「パワフルだけど静か」という船外機になったと思います。加速性能がいいので、レジャー用としてもスロットルをグッと上げた時の加速感が楽しめます。あと、仕事で使う場合にもパワーって大事なんですよ。例えばノリ漁では大量のノリを海から船内に引き上げる必要があるんですが、そういう時にもパワフルなエンジンを積んでいれば一度の水揚げが増えて、燃費もいいから経費も抑えられる。強いエンジンを積んだ船というのは、それだけできることが増えるんです。

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