【更新】本記事は、初出時より更新した箇所があります。

 仕事における大きな転機である「退職」。給料を上げるために転職したい、人間関係が合わないから辞めたい、新しいスキルを習得するために別の環境へ移りたいなど……その裏にはさまざまな理由があります。

 そんな退職エピソードを掘り下げると、仕事のヒントがたくさんあるのではないか? という思いから、「ねとらぼ」では現在、退職エピソードを集めています。

 今回はその中から、人材系の企業を退職したNさんのエピソードを紹介。こちらを元に、人と組織、労働市場に関する調査・研究やサービス提供を手がけているパーソル総合研究所で研修講師として活躍している渡邉規和さんに、マネジメント上のポイントをコメントいただきます。

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Nさんのプロフィール

性別:女性
当時の年齢:20代
退職した時期:2010年代
当時の企業の業種:人材系(紹介、派遣、求人広告、請負など)
当時の企業の社員数:約300人
当時の企業での職種:編集・ライター(求人広告制作)
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求人広告の制作に魅力を感じ、教育系から人材系へ転職

 Nさんは都内の私立大学を卒業後、新卒で教育系の企業へ就職。5年ほど勤めた後、人材系の企業(以下、B社)へ転職し、求人広告の編集・ライティングという新たな仕事にチャレンジする決断をします。

「それまで教材の制作に携わってきたんですが、もっと色んなジャンルの制作に携わってみたいと思うようになったんです。それで、色んな世界の人と仕事が出来る求人の世界へ移りました」

イメージ画像:PIXTA

 B社へ転職後は希望通り、幅広い業界の求人広告の制作を担当。「同じ業界でも企業さんによって見せ方が全く違って、面白かったですね。あと、毎月数十本の求人を掲載する企業さんもいて、質と量を担保するために業務をどう効率化するのか考える経験も新鮮でした」と、仕事自体には満足していたそうです。

「他にも、求人ページの閲覧数や応募数といった数値を意識して制作をするのも、個人的には楽しかったですね。それまで紙媒体で仕事をしていて、読者の反応を見る機会が少なかったので」

 ただその一方、時間が経つにつれて、少しずつ不満が募ってきたとも語るNさん。その大半の原因は、社内の営業とのやりとりだったと言います。

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制作スケジュールを無視した発注が絶えない現場にいら立ち

 一番多かった不満は「制作スケジュールを無視した発注」と、Nさんは語ります。

「原稿の制作には目安何営業日、クライアントへの原稿確認依頼は発注から何営業日目と、制作側のスケジュールは営業さんに共有されていました。それにも関わらず、スケジュールを無視した発注が後を絶たなかったんです」

 こうした事態が起こる度に、制作サイドは営業サイドへ、スケジュールの再周知と遵守の徹底をお願いしていたそうです。しかし、営業サイドからは「これ、何とか明後日までに公開できます?」といった、スケジュールを無視した相談が絶えなかったとのこと。中には残業や休日出勤を前提とした相談もあり、かなりストレスを感じていたそうです。

「クライアントから急な相談が入ることもあるでしょうし、制作サイドとして何とか応えたいという気持ちも、もちろんあります。ですが、こうしたケースの原因の大半は、営業さんのメールの確認漏れだったり、リマインドが遅かったりという営業さん都合だったんです。真っ当な理由があっての相談ならいくらでも乗りますけど、そういう理由は流石に納得できませんでした」

Nさんが営業サイドに感じた不満のリスト(一部)。業界や職種を問わず、どこの現場でもありそうなことばかり……。

 また、「依頼を右から左に流すだけの対応」も大きなストレスだったと語ります。

「よく営業さんから『こちらの対応お願いします!』と、クライアントからのメールがそのまま転送されてくるんです。その中に分からないことがあって、『これどういうことですか?』と聞くと、だいたい『クライアントに確認します』って回答が返ってきます。『え、自分で把握してないのに頼んできたの?』と、目が点になりましたね……」

 こうしたケースが発生する度に、Nさんは「あなたが間にいる意味はなんですか? と聞きたくなりました」と、いら立ちを募らせていたと言います。

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お菓子でご機嫌を取る営業サイドのやり方に不信感

 Nさんは何度か上司を介して、こうした点を改善してほしいと営業サイドに求めていたそうです。しかし、状況は全く変わらなかったと言います。

「B社には『売上を作っている営業が偉い』という文化が浸透していて、誰も口にはしませんが、『営業が上、それ以外の部門が下』という暗黙の了解みたいなものがありました。だから、上司は本当に優しい人で色々と動いてくれましたが、あまり強く出られないという事情もあったかもしれません」

 そんなB社において、Nさんがもう一つモヤモヤした社内文化があったと語ります。

「月末近くになったり、制作側の稼働がひっ迫したりすると、必ず営業さん達がお菓子の差し入れを持ってくるんです。『いつもありがとうございます!』って。そこだけ聞くと良い話に聞こえるかもなんですが、お菓子で制作サイドのガス抜きをしようというのが目に見えていて、素直に喜べませんでした」

イメージ画像:PIXTA

 実際、制作スタッフの先輩達も「あれ、パフォーマンスだから」「機嫌を取る暇があるなら、改善してほしいよね」と、愚痴を零していたそうです。Nさんも同じ気持ちで、お菓子をもらう度に「それより先にやることあるはずでは……」と不信感を募らせたと言います。

 そうしたさまざまな要因が重なり、Nさんは転職を決意します。

「上司は優しいし、先輩達も良い人達だったので、制作サイドの環境に文句はありませんでした。ですが、営業サイドの動きに我慢が出来なくなり、皆さんには申し訳ないのですが、退職を決めました」

 後日、先輩達に退職の意向を伝えると、先輩達は「まだ若いし、そのほうが良いと思う」「もっと良い職場が見つかるといいね」と、優しい言葉をかけてくれたそうです。

 その後、NさんはB社を退職し、同じく人材系の大手企業へ転職。現在は、同社が展開するキャリア系Webメディアの運営を担当しています。「数字に対する厳しさや、前の会社にはなかったスピード感についていくのは大変ですが、仕事には満足しています。転職して良かったです」と、自身にピッタリの職場を見つけられたようです。

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パーソル総合研究所・渡邉規和さんからのコメント

回答者
渡邉 規和(わたなべ・のりかず)
パーソル総合研究所 トレーニングパフォーマンスコンサルタント

人材サービス業の営業マネジャー(東京・仙台)、BPO事業プロジェクトマネジャー、合弁会社の人事で採用担当、2社のベンチャー勤務を経て2018年から現職。研修講師の専門職として若手からマネジャー層向けにコミュニケーション等の研修に年間およそ140日登壇。PMP、実務教育学修士(専門職)、青山学院大学大学院社会情報学研究科博士前期課程在学中。

 この事例に登場する3つの立場、営業サイド、制作サイドのNさん、Nさんの上司、それぞれに思惑があります。その中で、Nさんはルールに沿って正しいことを正しく行っているようです。他の2者に対して、改善要求も伝えています。それにも関わらず、事態は変わりませんでした。

 営業サイドもおそらくルールは分かっている、それなのに変えられない、変えようとしないこの状態は「経路依存性(Path Dependence)」に陥っているといえます。ルール外なのは分かっているのに、無理を言えばNさんがかなえてくれることが慣例化しまっている。この「楽な状態」が「経路」として定着してしまっていると言えます。

 それでは、Nさんの上司は、この場面でどのように対応することが求められているでしょうか?

 まずは、現状の「経路」を可視化し、問題を共通認識化することです。この問題が解決されないままだと、今後どんな悪影響があるのか? を制作サイド組織の代表として、営業サイドと話し合うのが良いでしょう。その際、営業サイドにも事情や言い分があることに留意します。そして相手に共感しつつ話を聞きます。

 しかし、同意できない点は明確に切り分けるべきです。共感と同意は別物です。平たく言えば、共感とは「Aさんはそう思うのですね」と理解を示すこと、同意とは「Aさんの意見と私の意見は同じです」ということです。共感はする、ですが、安易な同意はせずに、制作サイドの言い分を伝え、話し合うことがポイントです。

 先にこちらが相手に共感を示せば、きっと相手もこちらに共感を示してくれることでしょう。そうすれば、最悪に近い事態である「貴重な戦力・Nさんの退職」には至らなかったかもしれません。

 皆さんの組織には、経路依存性はありませんか? 向き合って話し合えていますか?

【更新:2025年8月5日9時11分 記事内容を一部修正しました】

※記事中の人物および企業のイニシャルは、エピソード提供者および提供者が退職した実際の企業のイニシャルではありません。