ねとらぼ

色調の調整でよりはっきり見えるようになった描き込みも

──山口さんは、明るさや色の調整で、具体的にどのようなことにこだわったのでしょうか。

山口 暗部のディテールにはこだわりました。色使いに関しては押井監督から「ここは“締めて”おきたい」「暗部が“浮いた”状態にしたくない」といった要望があり、それを受けて過去のマスターでは“潰れて”しまっていたところも活かせるよう、画調を締めたり、さらに暗くしていったところもありましたね。

──世界観の暗さこそが重要な作品だと思いますから、それはもう気を遣われたのではないでしょうか。

山口 映像のほとんどが暗い部分で占められていますからね。基本的な作業としては、暗部の明度を締めて、明るさと暗さの中間の部分では逆に少し明度を上げて……と、元の質感を損なわないよう気を遣いました。全体的な世界観や雰囲気は確かに暗いのですが、その暗さを保ちながらも、その暗部の明るい部分も見せるという……それだけを聞くと相反しているようなことを、なんとかやっていった印象ですね。

──暗い世界観の中でも、色白の少女はとても明るく見えたりもしますよね。

山口 暗いシーンが多い中でも、教会のステンドグラスや、球体の発光、水の波紋などの明るく見えるところは、さらに明度を上げていました。逆に言えば、そうしたハイライト以外は、むやみに明るくするようなことはせず、暗い世界観の魅力が伝わるように調整をしました。

(C)YOSHITAKA AMANO (C)押井守・天野喜孝・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ

──具体的に、今回のリマスターで明度を調整したことで、元よりもはっきりと見えたり、違って見えると思える部分はありますか。

山口 冒頭の森のシーンでの「木の影」の描き込みが、よりはっきりと見えるようになっています。他にも、元ではほとんど映っていなかったような部分にも「こんなに描きこんでいるんだ」と驚けると思うので、ぜひ注目してほしいです。

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押井監督が2種類の方法から選んだのは?

──先ほどの具体的な作業の他にも、水戸さんの「全体設計」や「総合管理」での具体的な苦労はありますでしょうか。

水戸 一番初めにお話をいただいたときに、「全体的な流れをどう進めていくか」「どの技術を使うか」は、もっとも悩んだところでした。『天使のたまご』に関連する書籍は手に入るものを全て集めて、もちろんスタッフでそれらを読みました。

 今回は新しい技術を取り入れることも検討したのですが、そちらはフィルムにあった質感を真に再現できるものではないと、話し合いの末に採用しませんでした。アーティスティックな作品ですし、押井監督が『天使のたまご』の制作当時に頭の中で描かれていたものを、どのように丁寧に出していくか、そういう方向での提案をしていきました。その上で、フィルムからデジタルにする段階で、特徴のある2種類のどちらの方法を取るかを、実際に押井監督に選んでいただきました。

(C)YOSHITAKA AMANO (C)押井守・天野喜孝・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ

──その2種類の方法とは、どのようなものなのでしょうか。

水戸 デジタル化するときに使う機材が異なっています。1つは高精細なのですが、それが細かすぎて好まれない人もいます。もう1つは、質感を少し柔らかくできる機材でした。その2種類でテストをして、作業フローも含めて監督にプレゼンして、ご意見をいただく、という過程にはこだわりました。その結果、押井監督は高精細の、線が細く美しく見えるほうの機材の方を選ばれました。

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“黒”の違いがはっきりわかるドルビーシネマで観る意義は

──本作は「“黒”の違いがはっきりとわかる」ことがアナウンスされている、ドルビーシネマでも上映されますね。実際にそちらで拝見して素晴らしかったのですが、ドルビーシネマ向けの調整はされているのでしょうか。

水戸 ドルビーシネマでの上映のために、黒の見え方のバランスを少し調整していますし、やはりドルビーシネマでこそ観てほしいという気持ちはあります。ドルビーシネマは、黒はより黒く、明るいところはより明るく見える、やはり黒が“締まって”見える、HDR(ハイダイナミックレンジ)で上映できる規格ですので、それでこその体験ができると思います。

山口 ドルビーシネマでは、やはり黒がより締まって見えるようになっています。相対的には、とても暗い部分よりも、少し明るいところのほうが見やすくなるかもしれませんね。ドルビーシネマ向けに大きな調整をしているわけではなく、あくまで微調整というくらいではあるのですが、やはり通常のスクリーンとの体験とは大きな違いがあるはずです。

(C)YOSHITAKA AMANO (C)押井守・天野喜孝・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ

──おふたりは直接関わっていないところだと思うのですが、ドルビーシネマで観ると「音」もものすごかったですね。

水戸 もちろん僕が踏み込んでいる部分ではなく、最後の最後の初号試写でやっと聞いたのですが、初めに元の音を聞いた時とは、まったく印象が変わりましたね。素晴らしい仕事をしてくださったと思います。

山口 お話を聞いて初めて観た時と、最後の試写の時とでは、音の迫力がぜんぜん違っていて驚きました。

──最後に、『天使のたまご』を今回劇場で観る意義について教えてください。

水戸 『天使のたまご』の劇中では「本当に真っ暗になる」シーンが何回かあります。独特の世界観に没入している先で、本当に「ふっ」と暗くなるというのは、家のモニターでは絶対に味わえない、他の作品にはなかったことで、自分のやってきた仕事の中でも「こんな体験ができるんだ」と感動した瞬間でした。通常の上映でも楽しめると思いますが、ドルビーシネマではその体験がもっと特別なものになるはずです。

山口 『天使のたまご』は独特の世界観に「浸る」映画だと自分では思っています。だからこそ、普段の生活からは切り離された、映画館という映画を観るための空間でこその体験ができます。僕がこだわった暗部のディテールがよりわかるドルビーシネマでぜひ観てほしいですし、押井監督や天野先生が作り上げた世界観にぜひ浸り切ってほしいです。

(取材・構成:ヒナタカ

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