ふたりはひとりにまさる。彼らはその労苦によって良い報いを得るからである。
すなわち彼らが倒れる時には、そのひとりがその友を助け起す。しかしひとりであって、その倒れる時、これを助け起す者のない者はわざわいである。
(旧約聖書「コヘレトの言葉」より)
ライター:海燕
オタク/サブカルチャー/エンターテインメントに関する記事を多数執筆。この頃は次々出て来るあらたな傑作に腰まで浸かって溺死寸前(幸せ)。最近の仕事は『このマンガがすごい!2025』における特集記事、マルハン東日本のWebサイト「ヲトナ基地」における連載など。
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――と、このように、「何かしら行動を起こすときはひとりじゃダメだ」ということは古くは聖書にも記されているくらいあたりまえな常識なのですが、それでも世の中には無謀にもひとりで過酷な冒険の旅に出てしまう人がいます。
たとえばわれらが『ドラゴンクエスト1』の主人公がそう。この作品、このたび、じつに40年近い歳月を経てリメイクされたのだけれど、伝説の勇者ロトの血をひくその若者は今回もまた、たったひとりで旅立つことになるんですね。
え? いやいやいやいや、仲間を探そうよ。だって、ひとり旅だとラリホーとか喰らったらそのまま眠ったままじゃん。ましてザキを喰らったりしたら一瞬でゲームオーバーじゃん!
せめてホイミスライムのホイミンとか、そういう戦いをサポートしてくれる仲間を見つけようよ。ええっ? イヤ? ひとりで十分? うーん、どうしてそう頑固かなあ。あなたの祖先、勇者ロトはちゃんと仲間たちとともに戦っていたのに。
しかし、まあ、そういうことならしかたない、ひとりで往くことにしなさい。遥か遠く竜王の居城をめざしてただ、その胸に燃える正義の心を友に。大丈夫、ぼくがいっしょだから。ぼくはどこまでも付いてゆくよ。
そういうわけで、いま、リメイク版の『ドラクエ』を遊んでいるのですが、この作品の勇者はまたもやひとりぼっちです。しかも今回は敵のほうは複数で襲いかかってくることもあるので、いちじるしく不利。
どこぞの時代劇じゃあるまいし、一対多では歯が立たないのは当然なのではないかと思ってしまうところですが、ところがじっさいやってみるとそうでもありません。新しい戦闘システムはじつによく考えられている。
まず、ムチやブーメランなど、一度に複数の敵を攻撃できる武器がある。それから、ベギラマやヒャダインなど、やはり複数の敵を相手取るための呪文がある。さらに、まさに一対多で戦うためにあるような「とくぎ」もいくつも憶えるので、多数の敵との戦いは見た目ほどハードではありません。
ただ、そうはいっても当然ながら敵の攻撃はことごとく自分に集中するし、まひや即死の攻撃を受けるとほぼ即座に為すすべがなくなってしまうので、ひとりはやはり辛いものがあります。
かつて、コヘレトさんがいったように「しかしひとりであって、その倒れる時、これを助け起す者のない者はわざわいである」わけです。
ある意味、過去の『ドラクエ』ナンバリングタイトルと比べてもきわめてシビアなゲームシステムで、当然ながら賛否両論の声が集まっているようです。ぼくは個人的には十分に楽しんでプレイしていますが、放り出してしまった人もたくさんいる模様。
それも理解できます。このリメイク版『ドラクエ1』、過去の『ドラクエ』とは大きくゲームデザイン、いいえ、もっと奥深いところにあるゲームコンセプトそのものが違ってしまっているように思えるのです。
何より、ぶっちゃけ、むずかしい。ただ漫然と戦っているだけでは何度も死亡をくり返すことになるものと思われます。そう、今回の『ドラクエ』はなんと「死にゲー」なんです! これにはフロムソフトウェアファンもびっくり。
もっとも、ふつうにフィールドをさまよっていると出逢ういわゆる「ざこ」たちはそこまで理不尽に強いわけではなく、集中力を切らさずに戦っていけば何とかいのちを保つことはできるものと思われます。
より問題なのはアレフガルド大陸の各所で勇者を待ち受ける強力なボスたち。これがねー、ほんとに強いんですよ。序盤のあたりはそれでも頑張って戦えばどうにか斃せるのだけれど、中盤あたりから「え? あなた、出て来るところを間違えていませんか」みたいな魔物が出てきてあっさりと勇者のいのちを奪っていく。
いやまあ、そうはいっても決して斃せないわけではないのだけれど、何が適切な対策なのかということが初見ではなかなかわからないんですよね。
おまけに、たとえば猛烈な火を吹いてくる敵を斃すためには防火の力を持つ装備を身につけているほうが有利だったりするわけで、ギリギリのところであいての力を上回るためには、かなり頭を使って武器防具を整える必要もあります。
ぼくは最初まったく気づかなかったんだけれど、今回は戦闘中に装備を切り替えることもできたりするんですよね。だから、そうやってきちんと最善の武器と防具と行動を選んでいけば、おそるべき難敵たちも決して勝てないことはないのです。
ここが、じつに絶妙なバランスになっていて、たしかに面白いことは面白い。ただ、それはRPG的というよりはむしろパズル的な面白さではあるかもしれない。
どういえば良いのだろう、戦い方にあまり「幅」がなく、何とかして「正解」を見つけて戦うしかないという狭さがある。
そもそも、まず相手の出方を探ってから対応を考えなければならないシステム上、初見でボスの弱点を見切ることはむずかしく、したがって一度目の戦闘で彼らを斃すことは非常に困難な印象です。
この作品があまり『ドラクエ』らしくない「死にゲー」だというのはそういう意味でもあります。
ただ、今回はたとえ死んだとしても直前のオートセーブポイントや戦闘開始時点からやり直せるので、「死」の代償はそこまで大きくありません。
ちょっと油断したばかりに虎の子の何千ゴールドを失って、あげく、「おお、しんでしまうとは なにごとだ」などと偉そうに嘆かれる羽目にならなくても良いわけです。こういうところはちゃんと合理的にできている。
そう、今回の『ドラクエ1』は、過去の『ドラクエ』とはいろいろな意味で異質だけれど、ある種の楽しめるゲームとして成立していることは間違いありません。それでも賛否が巻き起こるのは、ひとえにこのゲームが『ドラクエ』というタイトルを冠しているからに他ならないでしょう。
『ドラクエ』の歴史は数十年に及ぶシステム改良の歴史です。ユーザーは『ドラクエ』に「いつもの新しいやつ」を求めるわけで、シリーズの新作はどうにかその希望に応えてきました。
もし、この最新の『ドラクエ』がその点で不満を呼ぶ出来だとするなら、それは「新しすぎる」からでしょう。もし、この作品がまったくの新作として発表されたなら、それほど不満は集まらなかったのではないかと思うのです。
とはいえ、このリメイク版『ドラクエ1』にある種のハードルの高さがあることはたしかで、その点は批判されてもしかたないようにも思えます。
また、おそらく、突き詰めて考えるなら、このゲームの是非をめぐる論点は、「そもそもロールプレイングゲームの快楽とは何なのか?」というところまで行き着くのではないでしょうか。
『ドラクエ』や、日本の多くのRPGはレベルアップによる「成長」にその魅力を依存しているわけですが、あるいはそのしくみそのものがもう古くなっているのかもしれない。今回の『ドラクエ1』に関する議論はそう思わせるのです。
そもそも、いわゆる「レベル上げ」そのものはゲームとしてはいかにも単調な行為に過ぎないわけで、やらないで済むならやりたくないという意見も一理あります。
しかし、「レベルアップによる成長」にともなうある種の苦痛、あるいは忍耐をゼロにしてしまったなら、そこにある歓びもまた褪せるのではないか? 昭和生まれの老害ゲーマーであるところのぼくはそう思わずにはいられません。
はたしてそれを「進歩」と呼ぶべきなのか? 『ドラクエ11』がだいぶ物足りなかったぼくとしては、リメイク版の『1』はやりごたえがあり、楽しく感じるんですよね。
まあ、もちろん、この問題に正解はありません。ただとにかく今回の『1』及び『2』では、過去作と比較して劇的なコンセプトチェンジがあったということだけがたしかです。
ですが、これもまた『ドラクエ』の長い歴史のひとつの里程標に過ぎません。次回、次々回の『ドラクエ』では、かならず今回の課題を踏まえてさらなる調整が図られることでしょう。そう、その、長い長い「調律の歴史」こそが多くのファンが愛してやまない『ドラゴンクエスト』そのものであり、それはまだまだ続いてゆくはずなのですから。
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