ねとらぼ
2025/11/22 07:30(公開)

【連載記事:地球はエンタメでまわってる】なぜ、細田守渾身の最新作『果てしなきスカーレット』は時代と乖離するのか(ネタバレあり)

「なぜ地球人は、人間どうしにくみあい、殺しあうのか。つみもない子どもまでまきぞえにしてしまっても平気なほど、戦争がすきなのか。人をにくみ、殺しあうことがすきなのか。地球人のひとりとしてこたえてみよ!」
(平井和正、桑田次郎『エリート』より)

※本記事は『果てしなきスカーレット』のネタバレを含みます。ご注意ください。

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ライター:海燕

海燕プロフィール

オタク/サブカルチャー/エンターテインメントに関する記事を多数執筆。この頃は次々出て来るあらたな傑作に腰まで浸かって溺死寸前(幸せ)。最近の仕事は『このマンガがすごい!2025』における特集記事、マルハン東日本のWebサイト「ヲトナ基地」における連載など。
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 新作映画の話をしましょう。細田守監督『果てしなきスカーレット』。

 細田監督はいまから19年前の『時をかける少女』以来、『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』『未来のミライ』『竜とそばかすの姫』と続けざまにオリジナルアニメーション映画のヒット作を連発し、着実に実績を積み重ねてきた、わが「アニメの国」日本でも異数の才能。

 『果てしなきスカーレット』はその彼の最新作、そして、おそらくある意味では最高傑作です。

 「おそらく」「ある意味」と限定したのは、この作品が細田さんのフィルモグラフィのなかでもとびきりの異色作で、「問題作」といった形容のほうがふさわしいかもしれないから。

 物語は王道の復讐譚。古のデンマークを舞台にひとりの少女を主役にしたハイ・ファンタジーとして始まります。

 しかし、冒頭、主人公スカーレットはあっけなく復讐に失敗し、なぞめいた「死者の国」へと墜ちてしまうのです。

 この「死者の国」というのがじつに良くわからない場所で、まさに果てしなく続く荒野、あるいは砂漠と見え、死んだはずの人々が群れて争いあっています。そこでスカーレットの死後の物語が始まるのですが、そこからはじつに陰惨、暗鬱たる物語が展開します。

 さすがの大物監督、エンターテインメントとして一級の見せ場はあるものの、ただ一般の娯楽大作と見るには、「たましいの昏さ」が何ともみだらに匂う。

 そう――この、どこかニヒリスティックとも思える「昏さ」こそは細田さんの映画を特徴づけるもの。

 彼が作る映画はいつも、表面的なルックスはいかにも、さわやかともセンチメンタルとも見えるのに、その実、根本のところで、どうしようもなく昏い何かをひそめている。

 そのダークな質感、ざらりとした膚触りにこそ、ぼくは強く惹かれてきました。

 今回、この『果てしなきスカーレット』が一見していままでと違う印象で、新境地とも見えるのは、いままでは映画の奥底に隠されていたその「昏さ」を表層に出してきたからでしょう。

 その意味で挑戦的な作品です。はたして商業的にどのような評価となるか、まだ見えませんが、世評がどうあれ、傑作ではあると思う。

 ある意味、アレハンドロ・ホドロフスキーもかくやというカルトムービーには違いないので、「わけがわからない」とか「何だこれは」といった声も出て来るのではないかと思いますが、わかる人にはわかる作品です。明け透けなほどわかりやすいといっても良いくらい。

 というのも――いや、このことについて話すためにはどうしても内容についてふれる必要がありますね。

 以下、作品の具体的な展開にはなるべく触れないようにしながらも、批評的な意味でのネタバレになるので、未見の方は読まないほうが良いと思います。

 その点、お含みおきください。よろしくお願いします。

 良いかな? さて、そういうわけで、ここから、この映画が何を描いているのか、なるべく簡潔に解説したいと思います。

 すべてが抽象的で捉えづらく、理解しづらいとも感じられるこの作品は、しかし、ある一点から解きほぐせばきわめて整合的にできています。

 とはいえ、どのような言葉を用いて語ったら良いものか――そう、『果てしなきスカーレット』、もっとも端的にいうなら、この作品は「反戦原理主義」の映画なのです。

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 この映画のなかでは、人々は、すでに死んでしまっているらしいにもかかわらず、わずかな物資を巡って争いあい、殺しあいます。そしてわれらがスカーレットも暴虐の叔父クローディアスへの復讐のため、その「殺し合いの螺旋」のただなかへみずから飛び込んでいく。

 わかるでしょうか。ここで告発されているものは、「人間存在そのものの悪」「生きてあることの原罪」なのです。

 人はしあわせに生きるため、より多くの富を得るため、争わなければならない。だけれど、ここではその「人間が人間であること」そのものが悪として弾劾されています。

 昔のマンガやアニメを観てきた人なら、すぐに「いつまでも争いをやめられない愚かな人間どもめ」といった言葉が思い浮かぶところでしょう。

 細田監督が、この「死者の国」の描写を通して描きだしているものは、その「いつまでも争いをやめられない」人間の宿命的な業です。

 スカーレットもまたそのカルマを背負っており、ひたすらに戦闘を避け、人の命を救おうとしていた日本人の聖もやがて人をその手にかけてしまいます。まるで人が人であるかぎり、戦いから逃れるすべはないといっているかのよう。

 死者たちがなおも戦いあい、互いをさらなる虚無へと追いやっていく光景、その無惨、その凄惨はきわめて印象的です。

 その意味で、日本のアニメ史上、この作品に最も近いのは富野由悠季監督の『伝説巨神イデオン 発動篇』でしょう。ひたすらにむなしく争い合う人々、その先に待つ宗教的とも見える救済のヴィジョン。

 ですが、ここで考えなければならないのは、なぜ、人の生がこれほどの苦しみとして、いつまでも続く「果てしなき」争いの連鎖として描かれなければならないのかです。

 ここではあきらかに憎しみが憎しみを呼ぶ争いが批判されているわけなのですが、その争いを具体的に解決する手段は最後まで見えません。スカーレットはさまざまな苦難の果て、復讐を捨て、世界に平和をもたらそうとするのですが、その手段はきわめて抽象的な信念のようなもので、具体的に何をするつもりなのかは良くわかりません。

 逆にいえば、ここで「人間の悪」として描出されている光景は、「人間は愚かだ」というある意味、反論しようもない認識からストレートに導き出された「原理的」なもので、具体性の質感を欠いているのです。

 言い換えるなら、べつだん16世紀のデンマークならずとも、あるいは生と死の境にあるかと見える死者の国ならずとも、どこにおいても成り立つ普遍的な人間の問題が描かれているだけで、具体的にどういう理由で発生していて、どういう手段を取れば解決できるのか、まったくはっきりしないということ。

 その意味で、ここで問われているのは究極の悪の問題ですし、それ故に根本的に解決しようがないともいえます。人間が人間であり、生きていることそのものが悪だということなのですから、どう解決しようがあるでしょう?

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』のように〈人類補完計画〉でも発動しないかぎり、個々の人間が抱える悪意は消し去りようもないに違いない。

 ですから、きわめて潔癖に「すべての人が抱える悪意」を問題にし、「争い合おうとする心」が争いの原因であると見るかぎり、絶望するしかない。ここで語られているのは、そういう極端なテーマです。

 これはおそらく日本が敗戦によってすべての戦争を全面否定しなければならなくなったところから生まれた理念であり、究極の反戦主義思想といっても良いかもしれません。

 そしてスカーレットは最終的に恩讐を超え、平和をもたらそうとするわけですが、いったい通りすがりの殺人鬼のような人間社会に必然的にひそむ悪意をどう解決しようがあるでしょうか?

 まさにこれは「抽象的」「原理的」「普遍的」に「愚かな人間ども」の必然として考えているかぎり、どうしようもない話です。「具体的」「現実的」「個別的」に考えるなら、ちゃんと警察機構を整備しようね、というだけの話に過ぎないのですが。

 物語のラスト、スカーレットが見下ろす群衆は非現実的な数に見えます。彼女は平和を求める人類の女王として戴冠したということなのでしょうか。彼女はそこから平和な国を築こうとすることでしょう。けれど、問題が「人間の心の奥底の悪」そのものであると捉えるのなら、それは解決しようもないことです。

 ぼくたち人間に解決できるのは「現実の」「個別の」問題だけであって、人間の究極の悪そのものまではどうしようもない。しかし、それでもなお、その人間の悪と対峙しようとする潔癖さ、純粋さ、たしかにそこに『果てしなきスカーレット』の魅力はあります。

 ですが、じっさいに「具体的な」戦争の可能性が増大しつつあるいまの時代、この映画のテーマはどこまで観る人の胸に迫っていくでしょうか? ぼくはむずかしいのではないかと考えます。

 たしかに名作だけれど、どこか現在の時代性と乖離したところがある。ぼくたちはもう目の前の具体的な問題と対決するより他にないほど切迫していて、抽象的な人間悪の究極問題に向き合っている余裕はないのだから。

 それが、ぼくの『果てしなきスカーレット』への評価です。この評価がはたして正しいのかどうか、これからしばらくすればわかってくることでしょう。ぼくのほうがまちがえていたなら良いのですが。心からそう願いつつ、この記事を閉じることにしましょう。

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