ねとらぼ
2025/11/27 20:30(公開)

今日書きたいことはこれくらい:「地味な出来事を面白く描く」歴史漫画の傑作、『雪の峠・剣の舞』を紹介させてくれ、頼む

 皆さん、「地味なできごとを面白く描いている漫画」って言われたら、どんな作品が思い浮かびますか?

 この記事で書きたいことは、大体以下のようなことです。

・1巻完結の漫画って、作者さんのセンスと読み味が、短い展開の中にぎゅっと詰まっててとても良いですよね
・個人的ベスト「1巻完結漫画」としては、岩明均先生の『雪の峠・剣の舞』をあげたいです
・特に前半の短編『雪の峠』、「佐竹家の城をどこに建てるか」という話で、地味なテーマなのにとにかく面白い
・史実のエピソードを背景に、駆け引きあり、策略あり、意外な展開あり、組織論あり、爽快な後味ありと、限られた枠内で絶妙の完成度
「ちょんまげのおっさんたちが会議してる場面が最高に面白い」という稀な一作
・「地味なテーマを面白く描く」ってすごく難しいと思うんですよね
・あと内膳の奥さんが、岩明作品でトップを争うんじゃないかと思うくらい可愛い
・ちなみに、上泉信綱(かみいずみのぶつな)の高弟である疋田景兼(ひきたかげとも)が主役の『剣の舞』ももちろん超面白いです
・唯一最大の欠点は電子化されていないこと

 以上です。よろしくお願いします。

 ということで、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、あとはざっくばらんにいきましょう。

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ライター:しんざき

しんざきプロフィール

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ、三児の父。ダライアス外伝をこよなく愛する横シューターであり、今でも度々鯨ルートに挑んではシャコのばらまき弾にブチ切れている。好きなイーアルカンフーの敵キャラはタオ。
X:@shinzaki


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「1巻で完結する漫画」のお勧めを聞かれたら、何を選ぶか?

 1巻で完結する漫画のお気に入りってあるでしょうか? 話の尺が短くて、詰め込む情報の厳選が必要な分、作者さんの持ち味や描写がぎゅっと凝縮されていて、連載漫画とはまた違った、独特の味わいがありますよね。

 もちろん、「1巻で完結する漫画」といっても色々なカテゴリーがあります。いくつかのエピソードが入った中・短編集もあれば、1冊まるごと1つの物語というのもありますし、続きそうなのにここで終わっちゃうのかもう少し読みたいな、という作品だってあります。

 しんざきのお気に入りで言うと、萩尾望都先生のSF大傑作『11人いる!』とか、1冊なのに10冊分くらい読んだ気がする藤本タツキ先生の『ルックバック』、床をごろごろ転がりたい時にお勧めの恋愛もの『伊藤さん―秋★枝短編集』、優しい読み味なのにどこかふわふわとした不思議なエピソード集であるちょめ先生の『室外機室』あたりは鉄板だと思っている次第ですが、その上で。

 「何か一作、自分の中でのベストの作品を選べ」と言われれば、『寄生獣』『ヒストリエ』の作者である岩明均先生の『雪の峠・剣の舞』をあげると思います。

 『雪の峠・剣の舞』は、戦国時代~安土桃山時代から、『雪の峠』と『剣の舞』、2つのエピソードが収められた歴史漫画の中編集です。どちらのエピソードも超面白いのですが、本記事では主に『雪の峠』を中心に、この作品がいかに面白いかについてご紹介したいと思います。

 史実を元にした作品とはいえ、多少のネタバレが混ざってしまうことについてはご承知ください。

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「地味な出来事」を面白く描くことのむずかしさ

 歴史もの創作で何が難しいかって、「何でもない、地味な出来事を面白く描く」ということが一番難しいんじゃないかなー、と思うんですよ。

 例えば天下分け目の大合戦とか、激動の時代の裏で動く虚々実々の策謀とか。歴史上重要なイベントであれば、関わる登場人物も当然たくさんいますし、伝わっている逸話も様々です。

 大物のキャラクターがたくさんいて、それぞれのキャラに大小無数のエピソードとさまざまな脇役がくっついているわけですから、創作という料理のための材料が豊富なわけです。もちろん、それをどう面白く描写するか、というのは創作者の腕の見せ所ですが。

 一方、「地味な出来事を面白く描き出す」ということは困難を極めます。

 地味ということは、「エピソードの面白さ」だけでは勝負することができないということでもあるし、読者の事前知識に期待できないということでもあります。「どんなエピソードが実際には存在したのか?」ということを細かく調査・検証し、足りないところは想像で補って、矛盾がないように構成して、しかも詳しくない読者でも楽しめるように、全体を分かりやすく、かつ面白く味付けしなくてはいけない。

 言うのは簡単ですが、すっごく大変なことですよね?

 この「地味なエピソードを面白く」を、なんでもないことのようにさらっとやってのけているのが、岩明先生の『雪の峠』だ、というわけなのです。

 『雪の峠』の中核となるエピソードは、ひとことで言うと「佐竹家の築城」です。

 皆さんご存知の通り、関ヶ原の戦いでは、全国の大名が東軍(徳川方)につくか西軍(石田方)につくかの決断を迫られたわけですが、常陸(ひたち。現代の茨城県)を統治していた佐竹家は西軍寄りの立場をとりました。『雪の峠』の作中では、当主である佐竹義宣(さたけよしのぶ)が家臣たちの反対を押し切って西軍についた、という描写になっています。結果、徳川の戦勝後、佐竹家は出羽国(でわのくに。現代の秋田県あたり)に減封、要は領地を減らされた上での追放となり、家中には不満が残ります。

 そんな中、出羽国における佐竹家の新居城の場所を定めたいという評議が義宣から持ち上がり、それをきっかけに佐竹家の旧臣たちと、新勢力となる義宣の部下の間で対立が持ち上がることになります。

 「城をどこに建てるか?」

 歴史ものの創作、それもテーマを絞った短編の作品として考えると、そこそこ地味な部類のテーマですよね?

ところが、岩明先生の手にかかると、これがめっちゃ面白いんですよ。

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