ねとらぼ

への字の口=抵抗する精霊の姿

 最後に、天狗の口が「むっ」とへの字になっているのについて、興味深い論考がある。先ほど紹介した能の演目「鞍馬天狗」では、我々の知っている天狗の鼻高面ではなく、「癋見(べしみ)」と呼ばれる、大きな鼻で口を真一文字に結んだ能面が使われる。

能面/大癋見、室町時代・15~16世紀(出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

 この癋見の口には、日本古来からいる土地の精霊の姿がある――と、民俗学者の折口信夫は論考「日本文学における一つの象徴」の中で書いている。

 能面や狂言面は、中国からやってきた「伎楽面」「舞楽面」といった、高度な技術によって作られた外来の優秀な面の影響を受けている。しかし一方で、「癋見」の「癋」とは「物言はぬ」の意である。発音の「へしむ」とは、絶対に口を開かず、沈黙を守ることを意味するところから、「癋見」のかたく結んだ口の造形は、あとからやってきた大きな力を持つ神の力の言葉に対して、圧服されまいと沈黙を守り続ける精霊(もどき)の姿がルーツにある、と書き綴っているのだ。

 鬼舞辻無惨、悪鬼という、圧倒的な理不尽、大きな暴力に、多くの継子(つぐこ)を殺された無念と、それでも屈しまいと静かに怒る鱗滝左近次。現役時代は鬼殺隊の柱として戦いながらも宿願は果たせず、老いた後は人里離れた山の中で育手となるのも、天狗や猿田彦のような人と異界の間に身を置く「境界の神」「被支配者側の実力者」の姿と重なる。

 優しい顔立ちを、高い鼻と鋭い目、口をムッとへしませた天狗の面で、固定する。そこには圧倒的な力に対する、外へと追いやられた精霊や先住民の反骨心や悲哀が詰まっていると思うと、鱗瀧の「鬼を滅せよ」という覚悟がより伝わってくる。

※後編を12月30日18時に公開予定です。

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参考文献

(1)【取材・文】横川良明「『鬼滅の刃』大ブレイクの陰にあった、絶え間ない努力――初代担当編集が明かす誕生秘話」(ライブドアニュース/公開2020年2月5日、参照2025年12月1日)
(2)吉田憲司編(2022)『世界の仮面文化事典』(丸善出版)
(3)【写真】高見剛、【文】高見乾司(2012)『神々の造形・民俗仮面の系譜』(鉱脈社)
(4)折口信夫「日本文学における一つの象徴」『折口信夫全集21』(1996)中央公論社(初出:「新日本 第一巻第六号」1938年6月発行)

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