ねとらぼ

ひょっとこの片目は鍛冶から

 一方で、ひょっとこ面は農夫が竈に火を吹く姿ではなく、山奥の鍛冶師をルーツにしたものだ、とする説もある。

 町医者をしながら民俗学を研究していた若尾五雄(わかお・いつお)は自著『金属・鬼・人柱その他 : 物質と技術のフォークロア』(1985年/堺屋図書)の中で、昔は鋳物師、踏鞴(たたら)師、鍛冶師など金工に携わる者がいて、農夫などに比べると「問題にならないほど大きい火を司っていた。さすれば、これら金工にたずさわる者こそ火男といわねばならぬ」と、柳田國男の説に疑問を呈した。

 ひょっとこには両目を開けたものと、片目を閉じたものの2パターンがある。若尾は後者の方が古いことを突き止め、諸国の「鍛冶屋は片目で片足である」という伝承をもとに、「片目のひょっとこ」と「鍛冶師の片目」と「天目一箇命(アマノマヒトツノカミ。日本神話に出てくる片目の鍛冶神)」には一連のつながりがある、という仮説のもとに研究を進めていく。

 最終的に、島根の踏鞴師の話をもとに、ひょっとこの片目の深層を導き出した。踏鞴とは、鉄鉱石を高温の火で溶かすために、足で大きな板を踏んで大量の空気を吹き込む大型のふいごのことを指す。島根県を中心に中国地方に伝わる日本古来の製鉄法で、中でも島根県吉田村(現在の島根県雲南市吉田町)にあった菅谷たたら(すがやたたら)は、映画『もののけ姫』のモデルになったとして有名だ。

たたらを踏む男(原画:長谷川光信、出典:Ukiyoe Stock

 踏鞴製鉄は「村下(むらげ)」と呼ばれる職業集団によって行われたとされており、村下は数千度に達する窯の火の色を一つの目で年中見なくてはいけない。そのため60を過ぎる頃には片目がだめになってしまう。さらに日本には、鍛冶神は片目片足であるという伝承があり、鍛冶という言葉は跋(カジ)=片足で立つことを意味する漢字から来ているという説もある。このことから若尾は、片目で高温の火を見て、ふいご板を片足で踏みつける踏鞴師の様子が、片目片足の鍛冶神=踏鞴師=ひょっとこの原型ではないか、と推察するのだった。

 口をそぼめているのも、顔が赤いのも、高温の火にあてられて顔を歪めている表情だとする説もあり、ひょっとこ=鍛冶師説は、『鬼滅の刃』の刀鍛冶の里の面と役割をより合致させるもので大変興味深い。

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