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「私たちは、なぜ『CG』という虚構の存在に、これほどまでに魂を感じることができるのか?」
その問いへの答えは、理屈よりも先に、会場の空気が証明していました。
ステージから客席へと伸びる花道を、如月千早がゆっくりと「歩き出した」その瞬間――。
冷静に見るべき関係者席からも、筆者も含め思わず驚きの声が漏れ聞こえてきました。
それは単に「映像が移動した」のではありません。足裏が床を踏みしめる重み、重心の移動、そして「ファンの近くへ行きたい」という彼女の意志。それらが、その一歩一歩に宿って見えたからです。
アイマス20周年という記念すべき年に実現したこのライブは、単なるキャラクターの投影ではありませんでした。「イマーシブ(没入感)」という最新のテクノロジーと、20年という歳月が積み上げた「物語」が掛け合わさったとき、そこには紛れもない“実存”が生まれていたのです。
ライター:まつもとあつし

中学生のときに『王立宇宙軍 オネアミスの翼』をみてしまい、そこからアニメにのめり込む。そのまま大人になり、IT・出版・広告・アニメの会社などを経て、現在はジャーナリストとして取材・執筆をしながら、大学でアニメを中心としたメディア・コンテンツの教育・研究に取り組んでいる。ゲーム、特にJRPGやマンガも大好き。時間が足りない。
公式サイト:http://atsushi-matsumoto.jp/
X:@a_matsumoto
世界を席巻する「イマーシブライブ」の潮流
今回のライブを語る上で欠かせないのが「イマーシブ(Immersive)」というキーワードです。近年、音楽ビジネスの世界では、テクノロジーを活用した没入型エンターテインメントが急速に拡大しています。
その代表例が、スウェーデンの伝説的グループABBAによる「ABBA Voyage」です。往年の姿を最新技術で再現したバーチャルアバターによる公演は、ロンドンでロングランヒットを記録しています。また、KISSも同様にアバター化による永続的な活動を発表するなど、アーティストが肉体を超えてパフォーマンスを行うことは、もはやSFの話ではなく、グローバルなビジネスの最前線となっています。

日本においても、初音ミクの世界ツアー「MIKU EXPO」などが先行していましたが、今回の如月千早公演は、そこからさらに一歩踏み込んだものとなりました。それは、「たかがCG」という冷めた視線を、「されど……」という熱狂に変える、技術と文脈の融合でした。
コンテンツIP×ハードウェアの融合
今回の「Oath ONE」は、バンダイナムコエンターテインメントが持つ強力なコンテンツIPと、ソニーグループのハードウェア技術がガッチリと手を組んだプロジェクトです。
ステージ上でひときわ異彩を放っていたのが、ソニーグループが開発したエンターテインメント向け群ロボットシステム「groovots(グルーボッツ)」。今回は約0.3m×1.3mの小型モデルに加え、約2m×2mの大型モデルが初導入されました。

これらが単なる舞台装置と違ったのは、LEDパネルを搭載したロボットたちが、まるでバックダンサーのように千早の歌に合わせて滑らかに動き、映像と音響を高精度に同期させていた点です。
特に今回導入された大型モデルは、冒頭で千早が花道を「歩いて」ファンのもとへ近づく演出を実現した立役者でもあります。無機質な機械のはずなのに、そこには確かな「意思」が感じられる――この技術的裏付けが、没入感を底上げしていました。
「如月千早」という物語の実存性
正直に告白しましょう。ゲームやアニメを一通り楽しんで来たファンである筆者も、最初は「MR(複合現実)ライブといっても、結局はCGでしょう?」と、どこか一歩引いて構えていた部分がありました。
しかし、その“壁”はライブが進行するにつれ崩れ去っていきました。

1曲目の『蒼い鳥』が始まった瞬間、そこにいたのはデータとしての千早ではなく、一人の歌手としての如月千早でした。

ブレス(息継ぎ)の音、視線の運び、歌唱中の繊細な表情変化。それらすべてが、彼女が「今、ここで生きている」ことを訴えかけてきました。
この時点ではまだ「技術の凄さ」に感心する気持ちも残っていましたが、彼女のパフォーマンスと、会場を埋め尽くす青いペンライトの海、一糸乱れぬコールが混ざり合うにつれ、冷静に観察しようという気持ちは、このライブを一緒に楽しみたいというものへと変わっていきます。
ファンが生み出す熱量と一体感が、彼女を単なる映像から、武道館に立つ「アイドル」へと昇華させていたのです。

伝説となった「約束」、そして20年の歳月
そして、筆者の心が完全に“実存”を受け入れた瞬間。それがライブのハイライトとなった『約束』でした。テレビアニメ『アイドルマスター』第20話で、歌えなくなった千早を仲間たちが支え、再び歌う力を取り戻すきっかけとなった楽曲です。
『アイマス』と私たちの20年は、決して平坦な道のりではありませんでした。テレビアニメの放送年に起こった2011年の東日本大震災をはじめとする大災害、そして近年のコロナ禍……。この場に本当は集いたかったはずだけど、もういない――そんな人々も少なくありません。わたしたちが現実世界で味わった困難や、声優陣が経験した苦悩さえも、歌を通じてキャラクターの物語とシンクロし、深みが与えられていきました。
特に、2014年の9周年ライブで声優の今井麻美さんが感極まって歌えなくなった際、他のメンバーや観客が歌って支えたエピソードは、アニメの再現のようだと語り継がれています。今回の武道館での『約束』は、そうした「現実の歴史」と「アニメの物語」が完全に融合し、昇華された瞬間でした。
その物語を支えたのが千早の周りを動く「groovots」たちの存在です。無機質なロボットのはずですが、そのLEDが放つ光の色は、明らかに春香の赤や美希の緑など、765プロの仲間たちを想起させるものでした。

物理的には「一人」でのステージのはずなのに「彼女は一人ではない」ことがヒシヒシと伝わってきました。振り返れば仲間がいる――そんな空間が、テクノロジーによって可視化されていたのです。
完璧な演出プログラムだけでなく、トラブルも起こり得るロボットの存在が加わったことにより、「何が起こるかわからない」ライブの緊張感も含めて、この空間には「温度」がありました。エンドロールで、演者としての千早だけでなく、彼女を支えたロボットたちにも大きな拍手と歓声が送られたことは、このライブが技術展示会ではなく、温かいエンターテインメントであったことを象徴していました。
彼女がそこに「立つ」意味
このライブ体験は、「如月千早が武道館に立った」という事実を祝い、そして「自分たちがその場に立ち会えた」ことを祝う、壮大な祝祭だったといえます。

イマーシブ技術は、単にリアルな映像を見せるためのものではありません。観客一人一人が抱く「如月千早」への想い、20年間の思い出、それらすべてを引き出し、目の前の現象とリンクさせるための触媒として機能していました。
私たちは、ただの観客ではなく、彼女の物語の一部となる喜びを噛み締めていたのです。
「歌うことが好きだから」
かつてそう気づいた彼女が、歌姫のひとつの到達点である「武道館単独公演」という夢の舞台に、今「立っている」。その事実は、20年間彼女を支え、また彼女に支えられてきた私たちにとって、何よりも代えがたい「答え」だったと言えるでしょう。
テクノロジーの進化と、積み重ねた歴史。この2つが合わさったとき、エンターテインメントはここまで人の心を震わせることができる。『アイマス』と如月千早が見せてくれた「Oath ONE」は、これからの音楽、そしてキャラクターコンテンツの未来に、確かな可能性を示すものでした。


