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僕の動画の題材は、個人的に興味を惹かれた物件広告をきっかけとして調査を始めるものが多い。それは、現在の中古物件や売地情報だったり、あるいは古い時代の新聞縮刷版に掲載されている紙面広告、偶然入手した折込チラシだったりとさまざまだが、たまにお付き合いのある不動産業者から情報提供をいただくこともある。
今回紹介する那須塩原市井口の売り物件も、そうした紹介のひとつだった 。
ライター:吉川祐介

2017年、八街市周辺の物件探しの過程で数多く目にした、高度成長期以降の投機型分譲地についてのブログ「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」を開設。その後、YouTubeチャンネルの解説と自著の出版を経て同テーマに関する発信を生業にしています。
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YouTube:@urbansprawl-zero
情報ほぼゼロ、価格1万円…… 「売道路」なる謎の不動産広告
厳密な定義はないが、通常、不動産広告というものは、中古住宅であれば「売家」、土地であれば「売地」、その他「売店舗」「売工場」「売ビル」といった表記がなされる。しかし、知人の業者より提供されたその広告は「売道路」という前代未聞のカテゴリーで、地積は33平方メートル(約10坪)。解説には「公衆用道路」とあるだけで他は一切の記載もなく、公図が掲載されているのみで、価格は1万円であった。

事情は何となく察せられるものの、強く興味を惹かれたので、詳細を聞くために広告記載の取扱業者に電話をしてみた。電話に出た担当者は、「これはいつもお世話になっているお得意様が相続して困っているので、ボランティアとして処分のお手伝いをしている。依頼者様も詳しい事情は何も知らない」と語っていた。仲介手数料も不要で、所有権移転登記も自分で行って構わないとのことだったので、動画ネタに使えると考え、その場で購入を申し込むことにした。
所在地である栃木県那須塩原市は、古くからの別荘地であり、那須御用邸でも知られる那須町に隣接している。2005年に旧塩原町、旧西那須野町、旧黒磯市の3市町が合併して誕生した自治体だ。件の「売道路」は旧西那須野町にあるが、この3地域はいずれも1960年代に巻き起こった高度経済成長期の別荘地開発ブームの時代、「那須」のブランドをアピールして盛んに分譲が行われたエリアであった。
今でも同エリアには、その時代に開発された膨大な数の旧分譲地が残されている。もはや正確な数は不明だが、すでに山林に埋もれて到達できなくなったものも含めれば、那須エリア全体で軽く1万区画を超えているのではないだろうか。「売道路」の物件もそんな高度成長期の古い開発分譲地にあり、登記情報をたどって見ると、そこは当時西那須野、黒磯周辺で盛んに別荘地開発を行っていた「三共開発株式会社」の別荘地であることが判明した。



「売道路」はいわゆる私道である 。那須塩原市に限らず、分譲別荘地内の道路の多くは私道である。都市部であれば、元々は私道であった住宅地であっても、人口や通行車両の増加に伴い公道に昇格されているケースも多いが、居住者やその関係者しか利用しないような住宅地の道路は、今でも私道のままである。
こうした私道は、今は倒産してしまった開発業者の名義のままの場合もあるが、多くの場合、その分譲地の区画所有者全員で共有しているか、あるいは細かく分割して、各所有者が一部ずつを所有している。ただし、私道であっても「公衆用道路」であれば所有者の独占的な利用は許されないため、事実上、分譲地内の通行資格を保持しているに過ぎない。
さらに公図や閉鎖登記簿、古い航空写真などを調べたところ、この道路は分譲地を横切る形で新しく開通した県道の用地買収によって生じた「残り物」であった。相続人が事情を把握していないため、あくまで推察だが、おそらく当初の所有者の土地が県道工事の用地買収対象となり、メインの住宅用地は買収されたものの、対象に含まれていなかった私道部分だけが取り残され、その後相続が発生したものであろう。

高度成長期の“投機型分譲地”が「負動産」と化している現実
分譲地の所有者にしてみれば宅地と私道はあくまでワンセットの物件だが、必要な分だけ切り取って買収する県道工事において、そんな分譲地の不文律など関係ない。処分に困る切れ端が残ろうが何だろうが、工事に関係のない土地は買収の対象にならないのだ。
こうして所有者の手元には、県道で分断された使い道のない道路の切れ端だけが残され、数十年後、世にも奇妙な1万円の「売道路」として市場に出現することになったわけである。
相続人は、それまで縁もゆかりもなく、別に土地を買おうと思っていたわけでもない那須塩原市の、僅か10坪の道路の切れ端を突然相続する羽目になり、さぞかし困惑したことであろう。実は不動産会社の担当者より、相続人である売主は那須周辺で他にも相続した土地があり、それらの売却も希望していると聞かされていたのだが、そちらは丁重にお断りした。
那須周辺も含めて、1960~70年代にかけて開発・分譲された土地、とりわけ別荘地の多くは、実際に住宅地や別荘地として利用するよりも、土地の値上がりを見込んだ投機目的の購入者が多かった。当時の週刊誌には、そうした別荘地投機を煽る記事が盛んに掲載されている。これらの投機型分譲地は、言ってみれば「原野商法」と紙一重のものである。そのため、長い間、こうした土地の所有者が人知れず抱える苦悩については「投資は自己責任」として済まされる論調が強かった。

だが、今はもうそんな時代ではない。高度成長期初頭の投機型分譲地はすでに開発から60年以上が経過し、多くの土地で世代交代が進んでいる。分譲地に限らず、一見すると普通の山林でも、公図を見ると細かく所有者が分かれ、徒手空拳では辿り着くこともできない荒れ果てた雑木林の奥深くを、知らないうちに相続して所有している人もいる。
相続が「争続」に…… “自己責任”で片づけられない「負動産」の現実
「相続」と聞いて多くの方が連想するのは、親の死後に子どもが引き継ぐケースだと思う。しかし、例えば以前、僕が0円で引き取ることになった千葉県横芝光町の分譲地の相続人は、当時88歳になる岩手県在住の高齢男性であった。早逝した購入者である実弟が独身であったために、弟の死後、それまで訪れたことはもちろん、話に聞いたこともなかった千葉の田舎の30坪の土地が突如、実兄に降りかかってきたのである。その後、彼は十数年間、不本意ながら固定資産税を支払い続けていた。

相続は家族関係の濃淡に関係なく等しく訪れる。相続は「争続」とも呼ばれるように、不動産は親族間で深刻な争いを引き起こす要因になるものだが、昨今よく言われる空き家問題と同様に、「誰がその後始末を引き継ぐか」が深刻な問題になるケースも多い。祖父の死後、数十年が経過してから、住宅街の真裏に迫る急傾斜地を祖父が所有していたことが判明し、崖崩れなどの管理者責任を子世代に引き継がせないため、慌てて処分に向けて奔走していた方の事例も聞いたことがある。
もしかしたら読者の中にも、前触れもなく突然、見知らぬ土地について「公共事業の買収予定地の相続人である」と弁護士などから連絡があり、相続放棄のための同意書などに押印した経験のある方がいるかもしれない。これは相続登記が適切に行われていなかったために、法定相続人が孫子世代の親族縁者全員に膨れ上がってしまい、買収のための所有権整理として行われるものだ。実害はほとんどないとはいえ、これもまた突然降りかかる相続のひとつである。
誰にでも等しく訪れる宿命、とまでは言わないが、投機目的で開発された分譲地は日本全国に星の数ほどある。こうした分譲地を多数抱える地域の不動産会社には、恒常的に土地売却の相談電話が舞い込んでいる。地元業者としても積極的に扱いたい土地ではないため、多くは断られるのが現実だが、中には地域への使命感から広告掲載を引き受ける会社もある。
しかし多くの所有者は、今なお相続した土地を持て余したまま、固定資産税や時には別荘管理費を負担して所有し続けている。もはや「自己責任」で片付けられる話ではない。負動産の売買はトランプの「ババ抜き」によく例えられるが、ババ抜きどころか、参加した覚えもないのに突然自宅のポストにジョーカーが投函され、その札を引いてくれるゲーム相手もいない状態なのだ。
なお、冒頭で紹介した1万円の「売道路」は、購入当時はさしてリスクが高い土地でもなく固定資産税も発生しないため、死ぬまで所有し続けるつもりであった。しかし幸いなことに、動画公開後、那須周辺で多数の別荘地を所有する知人から「1万円で引き取りたい」との申し出をいただき、売却したため現在は手元にない。

だが、僕の手元には今でも、ほとんど値段がつかないような限界分譲地の土地がいくつもあり、仮に僕が今、不慮の事故で死んでしまったりすれば、同様に相続人に負担を強いることになってしまう。もちろん、そうならないように準備や処分を随時進めているつもりだが、「限界ニュータウン」にまつわる諸問題を調べていると、つくづく断捨離の重要性を思い知らされる。
※画像は著者提供。

