ガイナックスをご存知だろうか。かつてアニメーション企業として一世を風靡し、知る人ぞ知る地位に着いた有名集団だ。大学時代の仲間たちを中心に構成されたことでも知られる〈オタクの王国〉であり、同年代のアニメファンのあいだでは憧れと賞賛の目で見られていた。
しかし、そのガイナックスは、いまはもうどこにもない。あの『新世紀エヴァンゲリオン』の大ヒット以降、上層部の迷走によってさまざまな問題を積み重ね、最終的に経営破綻に至ったのだ。
多くの人が仰ぎ見た〈オタクの王国〉はなぜ滅び去ったのか。この記事では、ガイナックスの最重要人物であった映像作家・庵野秀明の苦悩と成熟の物語と重ねつつ、その躍進と崩壊のプロセスを追いかけてみたい。
ライター:海燕

ジャンル横断エンタメライター。主にマンガ・アニメ・ゲーム・映画を題材に、読者が感じる違和感や評価の分かれ目を言葉にする記事を執筆。最近の仕事は『このマンガがすごい!2025』CLAMP特集、マルハン東日本「ヲトナ基地」連載など。
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王国の躍進
1981年。当時、アマチュアであったガイナックスは、その年のSF大会「DAICON 3」のオープニングアニメフィルムを手掛けたことによって、一躍その名を知られるようになる。快挙。
むろん、一部のコアなアニメファンのあいだでの名望でしかないといえばそうではある。しかし、この「いかにもオタクの好きなものを集めたような」フィルムは、のちの驚異的な躍進の序章となるのだ。
それから6年後の1987年、プロフェッショナルな企業としてのガイナックスの初長編作品として『王立宇宙軍 オネアミスの翼』が公開される。
音楽に坂本龍一を迎えるなどして制作された「伝説の映画」で、いまの目で見ても驚異的にクオリティが高い。しかし、この作品には予算がかさみ、また内容が当時の「オタク好みの路線」から外れていたこともあって、ガイナックスは多額の借金を抱え込むこととなった。
その後、庵野秀明の監督デビュー作である『トップをねらえ!』、そしてNHK放送の『ふしぎの海のナディア』などの作品を次々と発表することによって、ガイナックスはさらにその名を高めてゆく。だが、ハイクオリティなアニメの制作に経費をつぎ込んだ結果、借金を重ねる状況は続いた。
その窮状を一次的に救ったのがコンピューターゲームである。その頃、ガイナックスはゲームに活路を見いだし、幾本かの作品を生み出した。その時代のゲームとしては、『プリンセスメーカー』シリーズがいまなお知られている。
そして、1995年。一般的には阪神・淡路大震災とオウム真理教によるテロ事件で記憶されるこの年、『新世紀エヴァンゲリオン』が放送され、驚異的なムーヴメントをひき起こす。
結果、監督を務めた庵野秀明の名はコアなアニメファン以外にも知れわたるとともに、ガイナックスには巨大な金銭的収入が入り込む。アマチュアからスタートしたガイナックスの躍進はここに頂点に達したのだった。
王国の崩壊
あるいは、もしガイナックスのストーリーがここで終わっていたらハッピーエンドといえたかもしれない。途中、色々な艱難辛苦はあったにせよ、最終的には大成功を遂げたと。
しかし、アニメ界隈でもめずらしいサクセス・ストーリーともいうべきこの顛末の裏で、ガイナックス経営陣は腐敗と迷走と崩壊を続けてゆく。
のちに広く知られることになった経緯によれば、この頃、ガイナックスでは「見通しの甘い飲食店経営、無計画なCG会社の設立、運営幹部個人への高額の無担保貸付、投資作品の失注等、経営陣・運営幹部の会社を私物化したかのような運営」といった放漫経営が続いていた(参照:GAINAX NET)。
その事実を知った庵野は取締役に就任するものの、自身の進言がまったく受け入れられないことを悟り、ガイナックスを去る。
かれはその後、スタジオカラー(株式会社カラー)を設立。『エヴァ』をリブートした「新劇場版」シリーズ4部作を開始する。この『エヴァ』ならぬ『ヱヴァ』シリーズはその圧倒的なクオリティによってアニメファンの絶賛(と、ときに困惑)を集め、第1作から第4作に至るまで一貫して興行収入を更新しつづける大ヒット作となる。
一方、その後もガイナックスは失敗を継続し、2019年、代表取締役に就任していた人物が性加害事件を起こしたことをきっかけに、最終的な崩壊へ向かう。そのさなかにガイナックスはカラーから1億円の借金の返済に関して裁判を起こされている。
2024年、ガイナックスは破産。2025年12月に破産手続きが終結し、法人として消滅(参照:官報 本紙 第1606号 令和7年12月10日)。ついにその歴史を完全にとじる。ファンに広く名を知られていた旧経営陣の醜態は、大きな話題となった。かつての友人、仲間たちに無惨に裏切られた庵野の苦悩は、どれほどのものであっただろう。
もちろん、金銭がひとを狂わせ、人間関係を破綻させてしまうことそのものは、よくあることではある。だが、それにしてもこの例は極端だった。
〈オタクの王国〉ガイナックスの飛躍と失墜の物語は、わたしたちに多くのものを問いかける。いったい「一人前の大人」とは何か、そしてどうすればそのような大人になることができるのか、と。
それでも大人になるということ
ガイナックスに所属していた頃、庵野秀明は悩める鬼才であった。ひとりの映像作家として天才的ともいうべき才能を持ち合わせながら、成熟した社会人であることができない自身に対する自己批判的なまなざしを消すことができなかったのだ。
それは同類ともいうべきファンへの「オタク批判」とも形を変え、くりかえされた。その頃のインタビューを見ると、「いつまで経っても大人になれない」自分をかえりみた自嘲的な発言がいくつも残されている。
じっさい、周囲の人間の発言を見ても、ガイナックス内部にすら庵野を揶揄的に見る人物は少なくなかったようだ。ここら辺の事情は対談集『庵野秀明スキゾ・エヴァンゲリオン』や『庵野秀明パラノ・エヴァンゲリオン』にくわしい。
その頃の事情だけを見るなら、これはそれなりに説得力のある自画像であり、また他者評価であったことだろう。「アニメをつくることに関しては天才的な奇人」。それが庵野秀明に対するファンの認識の一面であった。
しかし、それから数十年、いまや庵野は日本を代表する映画監督であり、また株式会社カラーの社長として同社を安定させた一流の経営者である。それに対し、当時のガイナックス経営陣は最後まで大人になれなかった、あるいは大人は大人でも「悪い大人」になってしまったように思える。
「いちばん幼稚であるように見えた庵野さんが、結局、じつはいちばん大人だった」、これはオタクたちのあいだでしばしば苦笑まじりにささやかれる言葉である。
そのうち、庵野自身の自己認識も変化したようである。碇シンジ役の声優・緒方恵美の発言によると、庵野は『シン・エヴァンゲリオン劇場版』公開の当時、主人公のシンジではなく、かれの父親・碇ゲンドウのほうに近い状態だと語っていたという。
かれはいくつもの苦悩に満ちた経験を経て、ついに一人前の大人になりおおせたのだろうか。それは『シン・エヴァ』において、シンジが「エヴァの呪い」を脱し、さわやかな青年へ成長したこととパラレルなのであろう。
いずれにせよ、ガイナックス崩壊と庵野秀明のこのあまりに対照的な物語は、くり返しわたしたちに「成熟」という言葉の意味を考えさせる。
「大人」という言葉が意味するものが何であるにせよ、それは決して自分自身の幼稚さを棚に上げてひとを嗤うことではないだろう。
大人になるためには自分のネガティヴなところも認めなければならない。ときとして変人のように見られていた庵野秀明には、たしかにその勇気があった。それに対し、ガイナックス旧経営陣にはそれだけの胆力が欠けていたと考えるしかない。
長い歳月を経て大人になった人、なれなかった人、その好対照な落差を見るほどに、いま、この時代において成熟することのむずかしさと、その意義深さが思えてくる。
自分はちゃんと大人になれただろうか――ときには鏡をのぞき込み、自分自身の姿を眺めてみるのもいいのかもしれない。そこに映った顔を正面からじっとのぞき込めるなら大丈夫、アニメオタクだろうが推し活中毒だろうが、まじめに生活できている。
だが、もし、そこで躊躇してしまったり、なにか皮肉っぽく笑ってごまかしてしまったりするようなら、そのときは注意が必要かもしれない。自分自身の目を背けたいような幼さ、子どもっぽさを認められること、じつはそれこそが「一人前の大人」への静かな第一歩に他ならない、わたしはそう考えているのである。



