ねとらぼ
2026/03/05 18:15(公開)

【アニメノミライ・ねとらぼ支店】「アニメ好景気」の後に立ち上がったのは“格差”だった? 制作費1話1億円オーバーの「チャンピオンズリーグ」と、倒産するスタジオ――その「勢力図」

 近年、新聞等のメディアで「アニメスタジオの労働環境」について論評される機会が増えました。

 しかし、一言で「アニメスタジオ」といっても、その立ち位置や役割は様々であり、近年その違いはますます際立ってきています。それにもかかわらず、「どの位置にあるアニメスタジオの話なのか?」を明確にしないままでは、業界への正しい評価や建設的な議論は成立しづらい状況になっています。

 加えて、10年以上前の状況が今も続いているかのように、古い証言を引いてきている記事も見受けられ、「時間軸」のズレも議論をややこしくしています。

 本記事は、ことさらにスタジオ間の「格差」を強調するものではありません。ただ、スタジオの位置づけについてちゃんと整理された記事があまりにも少ない……ならば、一度現役の経営者の方にお話を伺い、現在の見取り図を作ってみようと考え、アニメ評論家・藤津亮太氏とでお届けしているトーク番組「アニメの門DUO」に、アニメプロデューサーであり、株式会社グラフィニカ・アーチ株式会社の代表取締役を務める平澤直さんをゲストとしてお迎えしました。

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ライター:まつもとあつし

中学生のときに『王立宇宙軍 オネアミスの翼』をみてしまい、そこからアニメにのめり込む。そのまま大人になり、IT・出版・広告・アニメの会社などを経て、現在はジャーナリストとして取材・執筆をしながら、大学でアニメを中心としたメディア・コンテンツの教育・研究に取り組んでいる。ゲーム、特にJRPGやマンガも大好き。時間が足りない。
公式サイト:http://atsushi-matsumoto.jp/
X:@a_matsumoto


 どうしても、「儲かっているのは一部の大手だけで、下請けは搾取されている」といった単純な図式で語られがちで、そういった状況が一部であるのも事実ですが、複雑な構造を歴史からひも解くとより興味深い変化が起きています。

 平澤さんが読み解いてくれた「アニメスタジオの生態系図」が、現在の業界構造と、そこで起きている「地殻変動」を鮮やかに可視化していました。

 補足すると、元請けスタジオとは、製作委員会などのクライアントに対して「この予算とこの期間内でこういうアニメを完成させます」と約束して制作費を受け取り、実際にアニメを作る個別工程のクリエイターに仕事を依頼する役割を果たすスタジオをいい、「アニメーション制作:●●スタジオ」といった表記でオープニングやエンディングのクレジットに載ります。

 また、文中では元請けスタジオから個別工程の仕事を受注するスタジオを「下請けスタジオ」あるいは「部分請けスタジオ」と表現します。今回話題となるのはもっぱら元請けスタジオで、文中で「アニメスタジオ」と表現される場合は基本元請けスタジオを指します。

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かつてのアニメスタジオの成功ステップは「制作費上昇→出資→制作外収入の確保」だった

 まず理解しておきたいのが、2010年代半ばまでのアニメ業界の基本構造です。当時のアニメスタジオの立ち位置は、以下の「4つの象限」(マトリクス)で整理できます。

  • 横軸:制作費以外の収入(著作権収入など)があるか
  • 縦軸:「御社にお願いしたい」と指名で仕事が来るブランド力(価格競争力)があるか

 かつてのアニメスタジオにとってのサクセスストーリーは、右下の「一般的な受託制作」からスタートし、元請けした作品の画面のクオリティの評価を足がかりにして高い制作費をもらえる右上の「実力派スタジオ」になり、確保した制作利益を次の作品を受注する際に「製作委員会の一員として作品に出資もさせてください」とお願いすることで、話題作の権利を持ってヒットによる利益の一部を確保する左上の「権利者(IPホルダー)」になる……(4→3→1)という「出世すごろく」でした。

 しかし、ここには業界特有のジレンマがありました。まずそもそも視聴者や出資者が「すごい」と認めてくれる出来栄えのアニメを予算内・期限内で作ることは簡単ではありません。出来栄えの良いアニメを作れたとしても、それが予算内で作り切れなかった場合、赤字は次の作品の制作費にのしかかり、あっという間に自転車操業になってしまいます。そうしたスタジオは「4(右下)」の象限から「3(右上)」の象限に進むことができません。

 次に、スタジオが「3」の象限で安定して作品を作ることができる段階になり、制作費外の収入を確保すべく権利ビジネスを拡大する「1(左上)」の象限に行こうとすると、だんだん会社の体制や文化が「権利運用によるビジネスや利益重視」となり、現場のクリエイターたちが「俺たちはクリエイティブ重視で作品を作りたいんだ!」と反発して独立してしまうのです。その結果、新しいスタジオがまた右下(4)からスタートする。日本のアニメ業界では、この「細胞分裂」が繰り返され、小規模スタジオが定期的に誕生する状況が続いていました。

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「配信プラットフォーマー」と「スマホゲーム」という黒船が新領域を作った

 この引いた目線で見ると単純な、それでいてとても難しい「すごろく」に変化が現れたのが、2015年頃です。

 NetflixやAmazon Prime Videoといった「外資系配信プラットフォーム」、そしてMIXIの『モンスターストライク』やCygames(サイゲームス)が手がける『神撃のバハムート』といった「巨大スマホゲームIP」の参入です。

 彼らが提示する制作費は、従来のアニメ業界の常識を覆すものでした。テレビアニメの制作費が1話あたり1500万円〜2000万円程度だった時代に、それらをはるかにしのぐ当時としては破格の予算が提示されるようになったのです。図中で「青いブロック(配信PF&ゲームIPアニメ生態系)」と示されている領域です。

 従来の「製作委員会方式」では、複数の出資会社から予算増額の合意を得るために必要な調整に多大な時間がかかります。しかし、巨大プラットフォームやゲーム会社は、担当者一人の決裁で莫大な予算が即決されることもあります。制作会社からすれば、条件の良いそちらも選択肢に入れたくなるのは理に適っていると言えます。

 これにより、アニメ業界は「従来予算の深夜アニメ」と「高予算の配信・ゲーム案件」という二極化(ファミリー向けの「週末アサアニメ」を含むと三極化)が進み始めました。

現在進行形の「三極化」と「チャンピオンズリーグ」

 そして2025年現在、事態はさらに進み、二極化ならぬ「三極化(週末アサアニメを加えると四極化」の様相を呈しています。図中で平澤さんが「チャンピオンズリーグ」と表現した、さらなる上位レイヤーが出現したのです。

  • 黄色(チャンピオンズリーグクラス):その金額規模の大きさから、制作発注の意思決定がクライアント企業のグローバル本社でなされることもある超大型案件。世界や日本アニメファンはもちろん、一部の地域においてはマス市場(ワールドカップやメジャーリーグ級)でのヒットを狙う。
  • 青色(ハイクラス):国内配信やゲームIP案件。かつての勝ち組ブロックだが、現在は競争が激化中。
  • 赤色(従来型):従来の製作委員会スキームで作られる深夜アニメなど。

 このまま進めば、2030年代にはこの格差はさらに拡大します。

 トップの「チャンピオンズリーグクラス」では、TVシリーズ1話で1億円オーバー、映画1本で20〜30億円という、ハリウッドとまではいかないにせよその背中が見えてくるような予算感になりはじめています。一方で、一番下の「赤色」の層は制作費が微増にとどまり、手堅く作ってなんとか利益を確保するという制作体制にならざるを得ません。

 ここである意味難しい立場になるのが、中間の「ハイクラス」とされる作品を作るスタジオです。「世界のマス層を巻き込むレベルで勝負できる派手な作品」か、「低予算で手堅く作らざるを得ない作品」か。その間にある、日本と海外のコア層向けにかなり攻めた内容で作る必要のある作品がビジネスとして成立しづらくなっています。

 ――こうした元請けスタジオを取り巻く制作費の急激な格差拡大が「期限内・予算内できちんと完成できるはずだ」という関係者の事前想定を狂わせてスタジオの赤字が拡大し、記事冒頭で触れた「倒産増加」の背景にある構造的な要因の一つと言えます。

 なお統計によると、倒産の危機に瀕している会社は元請けスタジオより下請けスタジオの方が多く、これは下請けスタジオの方が売上も手許現金も小さいので変化の波に対応しづらいといった理由や、下請けスタジオの方が元請け以上に価格交渉力が低いといった理由が考えられます。一方、構造上は「下請け」のポジションになりますが、特別な価値を発揮できると業界で認められているスタジオや個々のクリエイターは、元請けにおける「実力派スタジオ」と同じように強い価格競争力を発注者である元請けスタジオに対して持つことがあります。

アニメスタジオはこれからどの生態系で戦うのか

 2010年代前半のアニメ業界においては、参入障壁の高い「週末アサアニメ」を制作できるスタジオは、すでに伝統あるアニメスタジオたちで固定化されており、それ以外のスタジオの多くは「深夜アニメ」をベースとする「アニメスタジオ出世すごろく」の盤面の上で競争していました。しかし今は、すごろくの盤面における個々のフィールド(図では「生態系」と表現)の格差が大きく拡大し、かつ、フィールドを移動する、いわば出世の道が閉ざされ始めています。

 世界のマス層に向けて1話1億円超規模の超大作を作るスタジオ・製作委員会に加わるのか、それともアイデアと機動力を活かした小規模作品で戦うのか。

 スタジオ経営者だけでなく、アニメに関わるすべてのクリエイターが、「自分はどの生態系でどんな付加価値をだして生き残るのか」というシビアな選択を迫られている。平澤さんが提示した未来図からは、そんな覚悟が突きつけられているように感じました。

 今回、紹介した平澤直氏の分析は、オンライントーク番組「アニメの門DUO」(11月21日配信回で語られたものです。フルバージョンのアーカイブは以下のリンクから視聴可能です。業界の最前線で何が起きているのか、より深く知りたい方はぜひ動画も併せてご覧ください。

アーカイブ視聴はこちらから

ニコニコチャンネル(藤津亮太のアニメの門):https://ch.nicovideo.jp/animenomon
・YouTube(アニメの門チャンネル):https://www.youtube.com/@animenomon

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