膨大な『Fate』シリーズの開幕作となる伝説のゲーム『Fate/stay night』が発売されたのは2004年、いまから22年も前のことである。
3本のシナリオから構成されるこの作品は、その後マンガ化され、アニメ化され、続編のゲームが作られ、きわめて多角的に展開してゆくことになる。
ライター:海燕

ジャンル横断エンタメライター。主にマンガ・アニメ・ゲーム・映画を題材に、読者が感じる違和感や評価の分かれ目を言葉にする記事を執筆。最近の仕事は『このマンガがすごい!2025』CLAMP特集、マルハン東日本「ヲトナ基地」連載など。
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『Fate』という名の宇宙は、いかに誕生したか
ひとつの決定的なターニング・ポイントは、虚淵玄による全4巻の小説『Fate/Zero』だっただろう。いわゆるスピンオフでありながら本編に匹敵し、あるいは上回るかと思われるほどの圧倒的熱量を誇るこの作品をもって、『Fate』は幾人もの優れた作家たちがその技量を競い合うシェアード・ユニバースと化した。
それぞれの作品は、何らかの形で人類史上の英雄、偉人たちが覇権を求めあう「聖杯戦争」を描いている点は共通しており、設定や登場人物にもゆるいつながりはあるものの、基本的にはべつの世界のべつの物語である。しかし、それにもかかわらず、いずれの物語も強烈な「『Fate』らしさ」を感じさせる。
この点は、すべての作品が『Fate/stay night』でシナリオライターを務めた奈須きのこの天才的な世界構築能力の影響下にあるからだといって良い。
あくまでそれぞれの作品は別個、しかしいずれも暗黒で無惨なものをはらみ、かぎりなくヒロイックでありながらどこかダークかつアダルトな空気をただよわせていることには変わりないのだ。
いままでそれほどシェアード・ワールドものが成功して来なかったかと思える日本にあって、『Fate』ユニバースは唯一無二の大成功作だといえる。
その偉大なサクセスは、『Fate/stay night』が18歳未満購入禁止のアダルトゲームとして発売されたことと無縁ではないだろう。
いまとなっては『Fate』が初め、18禁のゲームとして発表されたことを知らない若い層もいるらしいが、それはもちろん歴然たる事実である。そしてそのあらゆる表現が許容されるキャパシティの広さが、作品にとって良い結果を生んでいたことは論を待たない。
かなり過激な性的、暴力的な表現をも含む自由度の高さが、『Fate』という金字塔を建てるためにはきわめて重要だったはずなのである。そして、その特性はその後のシリーズにも大きな影響をあたえていく。
史上最大のオタク・サクセスストーリー
『Fate』シリーズの展開において次に重要なのは、2015年の『Fate/Grand Order』、いわゆる『FGO』の開始である。
『Fate』シリーズ初のソーシャルゲームとなったこの作品は、またたく間に話題をさらい、大成功となった。と、いいたいところだが、じつは話はそう簡単ではない。
『FGO』のプレイヤーなら、このゲームが序盤の頃、相当に迷走したり苦戦したりしていたことは記憶されていることだろう。
もちろん、最初から人気はあったし、面白かった。が、少なくとも第1部の冒頭あたりでは、『Fate』という物語世界が持つポテンシャルを十全に発揮し切っていたとはいいがたいように感じられる。
そこにはいろいろな理由があっただろうが、ひとつには他のソーシャルゲームのような「いわゆるゲームらしさ」を追求しようとしたところに問題があったのではないだろうか。
『Fate』の魅力とは、結局のところ、暗黒でありながら王道のストーリーとキャラクター、それに尽きる。その「強み」を最大限に活かすことこそが『FGO』の活路であった。
どこかの時点で制作スタッフもそのことに気付いたのであろう。『FGO』は結果、後半に行くほどシリアスに盛り上がり、膨大なファンを獲得していくことになる。
当然ながらというべきか、この作品もマンガやアニメなど多角的なメディアミックスが行われているが、いまのところ長大なシリーズ全体を再現するところまではいっていない。ゲームの成功は、あくまでゲームそのものの魅力のなせるわざとしかいいようがない。
じっさい、このゲームにはどうしても「ガチャ」を回して新たなキャラクターを召喚したくなるような悪魔的魅力がある。
それは『Fate/stay night』や『Fate/Zero』以来、TYPE-MOONなどが連綿と紡いできた物語と人物がどれほどひとを惹きつけるかという話でもある。その結果、『FGO』はソーシャルゲームの歴史に燦然と輝く歴史的な商業的成功を記録することになる。
公表された情報によると、『FGO』の世界累計収益は2023年の段階でじつに1兆円を突破しているという。
1兆円! ゲームにかかわるものとしては、ほとんど想像を絶する金額である。それだけプレイヤーがいわゆる「ガチャ」を回したのかと思うと気が遠くなってしまう。
が、それにしても、『FGO』がいかにたくさんのファンに愛されてきたかを物語る数字ではあるだろう。自分自身がガチャで「溶かした」金額を思い出して気が落ち込む面がないではないが……。
しかし、同人ゲーム出身の作家が1兆円をはるかに越える金額を稼ぎ出すゲームを生み出すとは、何たるオタク・サクセスストーリーなのだろうか。
無数の奇跡の重なりが『Fate』を生んだ!
いったい何をどうすればこのような成功を成し遂げることができるのか。同じ天才的なクリエイターでも、まったく商業的な成功を遂げていない人もいる。どのような奇跡と快挙が積み重なれば、このような巨大な数字を記録することになるのだろう。
その点について、昔、友人たちと冗談まじりに話し合ったことがある。『FGO』のような収益世界有数のゲームを生み出すためにはどうすれば良いのか。
そのためにはまず、高校で奈須きのこが消しゴムを忘れてきたとき、それを貸さなければならない。
そして、その奈須きのこが大人になったら、彼のためにヴィジュアルをすべて担当して同人ゲーム『月姫』を生み出さなければならない。
さらに、その『月姫』が成功したあと、ゲーム制作企業の社長となり、また、いちクリエイターとしても参画しながら『Fate』を発売しなければならない。
それが成功したら、同じ業界の才能である虚淵玄と知り合いになって『Fate/Zero』を書かせなければならない。
そして『Fate』シリーズを拡大しつつ『FGO』を始めなければならない……。ここでようやく1兆円への道はスタートに達したばかりなのだ!
もちろん、これはあくまで『Fate』シリーズの大成功を奈須きのこの親友にして実質的なプロデューサーであると思われる武内崇の視点から後付けしたジョークであるに過ぎない。
しかし、このように考えてみると『Fate』の快挙がいかに多くのミラクルに支えられていたのか、わかるような気がするのである。
『FGO』がほぼ実質的な完結に近づいたように見えるいま、『Fate』についてあらためて考えてみると、このシリーズがいくつもの高いハードルを、いくつもの偶然や超人的な努力で乗り越えていることがわかる。
『Fate』シリーズのメインシナリオライターである奈須きのこの才能は、もちろん途方もないが、その奈須ですら『月姫』発表前は埋もれていたのだ。そのことを思うと、ある才能が世に出ることの意義と、そしてむずかしさがあらためて実感されてくるだろう。
が、ともかく『Fate』はいまなお続いている。そしてこの先もなお継続してゆくことだろう。ここからまたいったいどのような英雄たち、魔術師たちが登場し、わたしたちを楽しませてくれるのか、ひたすらにわくわくと胸が高鳴るばかりである。真の「愉悦」は、あるいはまだこれからかもしれないのだ。
それにしても、情けは人の為ならず、同級生が忘れ物をしていたらちゃんと貸してあげるべきなんだなあ。その消しゴムひとつが、あまりにも大きな人生の転機になり得るかもしれないのだから。



