サイバーパンクという言葉も、いまとなっては相当に古色蒼然とした印象を帯びているかもしれない。しかし、いまから40年ほど前の80年代において、そのインパクトはじつに強烈だった。
このジャンル、あるいは「ムーヴメント」は、1982年にウィリアム・ギブスンが傑作短編『クローム襲撃』を発表し、リドリー・スコットが映画『ブレードランナー』を制作したあたりから始まる。
その後、ギブスンは1984年に伝説的長編『ニューロマンサー』を発表。1986年にそれが邦訳(初出)されて、SF業界内外にサイバーパンクブームが巻き起こる。従来の『2001年宇宙の旅』的にクリーンな未来像を徹底的に刷新する「汚れた未来」の誕生だった。
士郎正宗の代表作『攻殻機動隊』は、そのような状況下で1989年に『ヤングマガジン』(ヤングマガジン海賊版)に連載された作品で、やはりかなりダーティーな未来像を描写しているが、おそらく直接的に『ブレードランナー』やサイバーパンクSFの影響を受けているというよりは、単に同時代性の産物と見たほうが正しいだろう。
ともかく、この作品は日本におけるサイバーSFの金字塔であり、「電脳」「義体」といった言葉を広く一般化させた名作中の名作である。
ライター:海燕

ジャンル横断エンタメライター。主にマンガ・アニメ・ゲーム・映画を題材に、読者が感じる違和感や評価の分かれ目を言葉にする記事を執筆。最近の仕事は『このマンガがすごい!2025』CLAMP特集、マルハン東日本「ヲトナ基地」連載など。
X:@kaien
note:@kaien
第一の『攻殻機動隊』
物語の舞台は2029年、第三次および第四次の世界大戦を経た日本。人工知能やサイボーグ化といったハイパーテクノロジーが普及し、多くの人々がその恩恵を受けて暮らしながらも犯罪やテロが絶えないその未来社会において、主人公である草薙素子は首相直下、少数精鋭の組織「攻殻機動隊」の実質的なリーダーとして活躍する。
そして素子は「人形使い」と呼ばれるなぞめいた存在と邂逅するのだが、その先にあったものはネットと人類のさらなる進化/発展だった――。
SFはときとして、あっというまに古びてしまう性質から「腐る」ともいわれるが、発表から30年以上を経た『攻殻機動隊』は、いまなお腐敗することを知らず強烈な印象を保っている。日本のSF史を語るとき、この作品を抜きにすることは考えられないだろう。
が、そのあまりにも膨大な情報量と複雑に錯綜するプロット、さらには背景世界がひとつの壮大な「未来史」の一部となっていることもあり、相当に難解な印象のマンガであることは否定しがたい。
わたしとしては、いまこそひとりでも多くの方に読んでもらいたい。何より、一作のエンターテインメントとして破格に面白いのだ。
第二の『攻殻機動隊』
そういうわけで『攻殻機動隊』が作家・士郎正宗の代表作にして日本SFマンガの最高傑作のひとつであることは論を待たないのだが、このタイトルを世界的に有名にしたのは1995年の押井守による映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のほうだろう。
この長編アニメーションは、士郎の原作マンガより全体的にシリアスでダーク、衒学的な側面が強い。その結果として、その後、この映画でかもし出された雰囲気が『攻殻機動隊』のカラーとして長く続いてゆくこととなる。
読者のなかには草薙素子、それに相棒のバトーが口にする哲学的なセリフの数々を記憶している方もいるだろう。それらの言葉は、必ずしも原作の空気感を忠実に再現したものとはいいがたく、むしろいかにも押井守的な「現実と虚構の逆転」という文脈で語りたい気持ちにさせるものがあるものの、強烈に耳に残る響きを備えていたのである。
この映画を、士郎正宗の独特の作風を再現するものではなく、あくまで自分自身のオリジナリティに満たされた作品として完成させたことにはその後も賛否がある。ある意味では、この映画において、押井は士郎の個性を塗りつぶしてしまった。
しかし、そのアニメーションとしてのクオリティは、当時としては圧倒的ではあったし、また1本の映像作品として完成度も素晴らしく、歴史的に非常に高い価値を持つ映画であることはまちがいない。
それから9年後の2004年、続編『イノセンス』が公開された。これはストーリー的には完全に『攻殻機動隊』から続く映画であるにもかかわらず、そのことをタイトル含め前面に出してはいない作りになっているため、当時、たくさんの観客がその『攻殻機動隊』に輪をかけて理解しづらくぺダンティックな内容に困惑した(草薙素子もほとんど出て来ないし)。
とはいえ、アニメーションとしての品質はやはりすこぶる高く、いまなおカルト的な人気を誇っている。『攻殻機動隊』というより押井守の映画としての文脈で語られることのほうが多いとしても。
第三、第四の『攻殻機動隊』、そして――
『イノセンス』公開から遡ること2年前の2002年、「第三の『攻殻』」ことテレビアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』のシリーズが開始している。
これが、続編にあたる『2nd GiG』も含め傑作といって差し支えない出来で、『攻殻機動隊』ファンのすそ野を広げる役割を果たした。
原作とも押井版とも異なり、草薙素子が「人形使い」と出逢わなかった「もうひとつの歴史」を主軸にしたシリーズであり、素子と公安9課はサリンジャーの小説を引用したりしながら「笑い男」と呼ばれるなぞの天才ハッカー(あるいは超存在? 情報生命体?)の謎を追う。
いわばミステリ仕立ての『攻殻機動隊』というわけだが、その謎解きのカタルシスが素晴らしく完成されていたこともあって、いまも『攻殻機動隊』といえばこの作品という認識のファンも少なくない。
このシリーズはその後、第三作、第四作が作られ、賛否を集めることになる。が、いずれにしろ『PSYCHO-PASS』などと並び日本のSFアニメを代表するシリーズであるといって差し支えないだろう。
あるいはこの作品の「謎解き」は、いまとなってはそこまでのインパクトはないかもしれない。だが、まだネットが一般層に普及し切ってすらいなかった2000年代初頭に、その未来予測はとにかく斬新であったのである。SFとしてもミステリとしても面白いことはたしかなので、未見の方には視聴をオススメしておきたい。いや、すごいよ。
さて、ここまで駆け足で『攻殻機動隊』の歴史を語ってきた。ほんとうはこの後も『ARISE』や『紅殻のパンドラ』など、士郎正宗の『攻殻機動隊』と共通のバックグラウンドを持つシリーズは作りつづけられているのだが、それらについて語り尽くすためにはいさささ紙幅が足りないため、説明は割愛させていただきたい。
いくつもの『攻殻機動隊』を通して見えてくるのは、この作品が描き出す未来像が、ショッキングなほどリアリティがあることである。
「義体」や「電脳」といったSF的アイディアは、発表当時、あくまで荒唐無稽なマンガならではの表現であったはずだが、いまとなっては何か予言的なものをすら感じさせる。また、現実の歴史におけるAIの発展も『攻殻機動隊』をなぞっているようにも感じられるだろう。
それではいったい、我々の時代はどこまで『攻殻機動隊』に近づいてゆくのだろう? あるいはそれをすら超えてゆくこともあるのだろうか?
その答えは、いまはまだ知るすべがないものの、国際社会が混迷を極めるかと見えるいま、この記事を閉じるにあたって、士郎正宗が残した言葉を最後においておくことにしよう。つまり「未来は明るいほうが良い」。
まったくその通りだ。そしてこれからの時代を明るくできるかどうかは、わたしたちひとりひとりの決断と行動にかかっている。その重責をきもに銘じ、明るい未来をめざして一歩一歩進んでいくことにしよう。
かつて草薙素子が呟いたように、ネットは、世界は、未来は、あまりにも広大で可能性に満ちている。



