「水素水」とは何だったのか 信頼できる食品を見分けるためには
「水素水」にまつわる一連の議論はなぜこれほど注目を浴びたのか。
2016年にあった「水素水」に関する騒動
2016年、私が注視していた話題の1つが「水素水」だった。2015年の11月に伊藤園の「高濃度水素水」に対して不買を表明する人が現れるなど物議をかもした辺りから「水素水」をうたう商品に対する批判の機運が徐々に高まり、2016年5月には「電解水素水」生成器を販売する日本トリムが「風説の流布等に対して法律に則り厳正に対処する」という内容のリリースを出した。
私は上記の日本トリムのリリースについて取材を行っており、日本トリムから「『水素水』と『電解水素水』は別物で、アルカリイオン水から名称を変えたもの」という説明を聞き出している。また、アルカリイオン水に水素水の表記を使うことについての是非も厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課に電話取材し、「個別の案件については答えられないが、表記についての判断の法的根拠には薬事法第68条「承認前の医薬品等の広告の禁止」や、同第66条「誇大広告等」が考えられる」との回答を得ている。
(詳細→話題沸騰中の日本トリムに「水素水」のリリースについて詳しく聞いてみた)
同じく5月には産経ニュースの「美容、ダイエットと何かと話題の「水素水」 実はかつてブームを巻き起こした「あの水」と同じだった…」を発端に、日本医科大学で水素医学を研究する太田成男教授が産経ニュースに反論を寄稿、さらにそれに対して東京大学名誉教授の唐木英明氏が反論文を寄せたことも話題になった。
そして12月15日には国立生活センターが業者の販売する「水素水」19銘柄を調査し、医薬品医療機器等法(薬機法、旧薬事法)や健康増進法、景品表示法に抵触するおそれがある銘柄があったことを報告したのは大きなニュースとして取り上げられた。
この国民生活センターの調査結果は、「水素水」の販売にまつわる議論の1つの決着であったと思う。
ここで、あらためて「水素水」とは何だったのか、なぜこれほど議論を呼んだのかを整理してみたい。
「水素水」の公的な定義がない
国民生活センターが報告している通り、「水素水」をうたう商品の実態が消費者側から見て判然としなかったのがまず問題を複雑化させた1つの要因だ。
言葉通りに受け取れば「水素分子が溶けた水」と考えるだろう。実際に「水素水」をうたう商品の多くは溶存水素濃度の高さをうたい文句にしているから、この認識は間違っていない。
しかし、ここに従来「アルカリイオン水」と呼ばれていたものが「電解水素水」「還元水素水」などと名前を変えて混じってきた(関連記事)。「アルカリイオン水」は飲用水の電気分解によって生じたアルカリ性の水のことで、電気分解の過程で電極に水素分子が発生するので「水素水」でもある、という論理だ。水素が溶けているという面では上記の「水素水」と同じであるものの、水がアルカリ性を持つという部分が「水素水」と性質として異なる。
この他にも、「ナノ」「還元性」「ケイ素」などの単語が商品名に入ってくることで中身が一体何なのか分かりにくくなっていた。
研究自体は存在する
前項と合わせて最も消費者を混乱させたのはこれではないだろうか。確かに一般的な科学知識であれば、水に溶けた水素分子が生体に何か影響を及ぼすというのは考えにくいことだった。故に、ある程度科学リテラシーのある人々の最初の見解は「『水素水』は普通の飲料水と同じでは」というものだった。
しかし、産経ニュースの「あの水だった」記事に反論した太田教授のように、医療分野で水素の有効性を研究している研究者もいる。「疾病に対して水素が有効であることを示す」研究があることが、「水素水」という商品のまともらしさを補強した。
さらに、「水素水」の中に紛れ込んできた「アルカリイオン水」にも研究が存在する。それどころか、アルカリイオン水生成器は医療機器としての認証を取得でき、法的に胃腸症状改善の効能をうたって良いことになっている。
研究途上の水素の効用と、法的にうたえるアルカリイオン水の効用を区別できる一般人がどれだけいるだろうか。
信頼できる食品を見分けるために 消費者が心に留めておきたいこと
きちんと情報を整理すれば「水素水」の実態はつかめてくるが、いかに商品を売るかを考える販売業者はそのようなことは説明してくれないし、独力でこういった情報を収集するのはお世辞にも簡単とはいえない。
では、消費者は何を指標に食品を信頼したらいいだろうか。健康効果をうたうものに関しては、あえて言い切ってしまえば、特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品として許可・届け出がなされているかどうかだ。
トクホであれば国が定めた許可試験で承認されたものだけが表示を許される。機能性表示食品は国の許可試験こそ通さないが、科学的根拠に基づいた機能性を事業者の責任において表示したもので、表示する機能については消費者庁長官に届けられ、その内容は消費者庁のWebサイトで確認できる。
「水素水」に関して見てみるとどうか? このどちらにも引っ掛からない。
また、食品の素材に関しての情報は国立研究開発法人である国立健康・栄養研究所が公開している「『健康食品』の安全性・有効性情報」内の「素材情報データベース」というページが参考になる。
ここには食品に用いられるさまざまな素材に関する科学論文情報とその概要について記載されている。やや専門的な内容にはなってしまうが、非常に詳しく情報を集めているので気になる素材について調べたいならまずここを見てみるといいだろう。
「水素水」はこのデータベースに2016年7月26日に掲載された。その概要によれば、
俗に、「活性酸素を除去する」「がんを予防する」「ダイエット効果がある」などと言われているが、ヒトでの有効性について信頼できる十分なデータが見当たらない。現時点における水素水のヒトにおける有効性や安全性の検討は、ほとんどが疾病を有する患者を対象に実施された予備的研究であり、それらの研究結果は、健康な人が市販の多様な水素水の製品を摂取した時の有効性を示す根拠になるとはいえない。
とのことだ。
ちなみに「水素水」に関して1点注意しなければならないのは、先にも触れたが「水素水」の皮を被ったアルカリイオン水に関しては「胃腸症状改善」の効果をうたえるということだ。
逆にいえば、胃腸症状改善の効果をうたっていたらそれは水素水ではなくアルカリイオン水ということだし、それ以外の効能をうたっていたら法律的に怪しいと推測できる。
国が正しいのか
そうは言うが、国の言うことが全て正しいのか、最先端の科学の研究成果は国や法律とは関係ないはずだという意見もあると思う。それも一理だ。
しかし一消費者が最新の論文についていけるかといえばそれは簡単なことではないし、ある論文が出たからといってそれをもって全面的に信用できるわけでもないというのが科学だ。複数の研究グループが石橋をたたき割るほどにたたいて、それでもなお割れないらしいというところで初めてその橋を渡ってもよいと判断するのが科学の王道だ。自身が第一線にいる研究者であるというなら止めはしないが、このようなプロセスを経て消費者が判断するのは明らかに割に合っていない。
それに、研究結果として「健康に良い(○○に効く)」というデータがあるというのを食品の売り文句として使いたいのなら、トクホや機能性表示食品として表示できるよう販売側は企業努力をするべきだ。でなければ、許可試験を通過できるほどの科学的根拠がないと見られても文句は言えないだろう。
まとめると、
- 水素水がこれほど議論を呼んだのは、公的な定義がない&一部研究結果はあったから
- 健康効果をうたう食品は、特定保健用食品や機能性表示食品の表示があるか確認する
→表示がないなら十分な科学的根拠なし
ということだ。
年も変わって2017年。新たな気持ちで、「健康」をうたう食品をウォッチしていきたい。
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あまりに“確信犯的”なサイト構成に批判も。 - 「水素水」表示改善、国民生活センターが要望 「水素ガスが入っていなかった」商品も
「水素水」の一部に、薬機法などに違反した表示があるとし、国民生活センターが事業者に改善を要望している。
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