インタビュー

コミスタからクリスタへ、『怪盗ルパン伝 アバンチュリエ』森田崇が語る悩ましき移行事情

6月30日で販売終了し、14年の歴史に幕を閉じたセルシスのマンガ制作ソフト「ComicStudio」(コミスタ)。コミスタを長年愛用する『怪盗ルパン伝 アバンチュリエ』の作者、森田崇さんに「CLIP STUDIO PAINT」(クリスタ)への移行について聞いた。

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奇巌城中編が収録された怪盗ルパン伝 アバンチュリエ4巻

 ルパンはとんでもないものを盗んでいきました。漫画家・森田崇の心です――。

 森田さんが月刊ヒーローズで連載中の『怪盗ルパン伝 アバンチュリエ』(以下、アバンチュリエ)を読むと、そんな言葉が浮かんでくる。

 かつて『怪盗ルパン全集』を読みふけったという経験を持つ方は少なくないだろう。森田さんもその一人だ。そこに登場するルパンの姿に心を強く打たれ、後に読んだ完訳でルパンの人間性に触れ、今や筋金入りのルパンファンを公言する森田さんが描く「古くて新しい」ルパン譚、アバンチュリエ。

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 同作は現在、「奇巌城」編のクライマックスにさしかかったところ。奇巌城といえば、保篠龍緒氏の見事な訳題が定着し、原題の『空洞の針』(エギーユ・クルーズ)をかすませてしまっているが、ルパンの力の源泉、その秘密が描かれたルパン譚一番の有名作だ。


ルパンの無限の力の源泉「空洞の針」(エギーユ・クルーズ)。その秘密を記した暗号をめぐる推理も浪漫をかき立てる(怪盗ルパン伝 アバンチュリエ4巻より)©森田崇/ヒーローズ

 そんな森田さんは、作画をセルシスのコミスタ(ComicStudio)で行っていることでも知られる。コミスタといえば、6月30日で販売終了し、14年の歴史に幕を閉じたばかり。後継に当たるクリスタ(CLIP STUDIO PAINT)に移行するユーザーも増えているが、コミスタを長年使い倒してきた森田さんはどんな心境なのか。奇巌城編の作業の合間を縫って森田さんにお話を聞くことができた。

自分が求めるイメージまで修正して近づけることができるデジタルに早めに移行できて良かった!


森田さんが原作を大切にして描く、これが“初代”ルパンだ!(怪盗ルパン伝 アバンチュリエ4巻より)©森田崇/ヒーローズ

―― お忙しいところありがとうございます。コミスタのヘビーユーザーである森田さんに、コミスタが販売終了した今、移行などをどう考えているのかをお聞きしたく。最初に、森田さんがデジタル作画環境を取り入れたのはいつごろからですか?

森田 余湖(裕輝)先生、田畑(由秋)先生の『アクメツ』(秋田書店)をお手伝いさせていただいたときからなので、2003年の初め辺りからでしょうか。完全に余湖先生の影響です(笑)。

 自分の作品で初めて使用したのは2003年11月の読切作品、連載作品では『ガンダムエース』2006年4月号から連載した『機動戦士ガンダム クライマックスU.C. 紡がれし血統』でしたね。コミスタのバージョンは読切のときが2.5でしたけど、連載のときから3.0に移行しました。

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―― 森田さんにとってデジタル作画への移行は必然的なものでしたか?

森田 作風によってはアナログの方が素晴らしい場合もあると思いますけど、僕の作風や実力の場合は圧倒的にメリットの方が勝るように思います。

 “紙の上で自由に鉛筆を走らせる楽しさ”は若干落ちている気もしますが、自分が求めるイメージまで修正して近づけることができるなど、メリットの方がずっと上で、今ではほとんどデメリットは感じませんね。早めに移行できて良かった!

―― なるほど。「自分が求めるイメージまで修正して近づける」ことができるですか。現在のデジタル作画環境はどんな感じですか?

森田 メインのPCがWindows 7(Home Premium)を載せたCore i3(3.1GHz)マシンでメモリが4Gバイト。液タブが少し古いモデルですけど「Wacom Cintiq 21」。ネーム用が「Cintiq companion」です。完成原稿は2台の外付けHDD(アシ共有のNAS用と個人バックアップ用)にそれぞれ保存しています。

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 アシスタント用のPCの方が新しくて、Windows 8搭載のノートPC(Core i3 1.80GHz、メモリ4Gバイト)が3台。クリスタはこの環境でのハードな試用を行っていないので、どう動作するのか未検証です。

なぜ森田さんはクリスタの移行をためらうのか

―― 今、クリスタの話が出ましたが、コミスタが6月末で14年の歴史に幕を閉じましたよね。森田さんは現在もコミスタをメインでお使いですが、クリスタへの移行に課題を感じておられると思います。プロからみて、どんな部分が課題と感じますか。

森田 まず、すぐにはコミスタと同じ感覚で直感的に扱えない点ですね。

 クリスタでのやり方を知れば何とかなる部分がほとんどですけど、視覚的・操作方法的に正解を知らないとまずたどり着けない、あるいは、コミスタの機能でやれたことがクリスタではなくなってしまったことがまだ多すぎるという印象でした。

 基本的には新ソフトのこういう点は「慣れ」の問題で、こう感じるのは宿命だと思っていますが、すぐの移行、特に連載中の移行は少し怖いですね。

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―― 機能面での違いを具体的に挙げると?

森田 例えばレイヤーの表示色変更や、パース定規・放射定規などの使い勝手、枠線定規レイヤーの廃止、テキストフォルダの廃止などですね。枠線定規レイヤーは代替で使える「コマフォルダ」という新規概念はありますが。

 テキストフォルダも、文章を熟慮するタイプには便利だったんですよ。アバンチュリエは文章も長いので、ちょっと不安だな、と思ってます。

―― コミスタからクリスタの移行が大変と思われるのは、どんなタイプでしょう。ラスターレイヤーを多用しているケース? それとも線画やトーン作業などの特定作業?

森田 ウチはコミスタではラスターレイヤーがメインで、クリスタでもまだベクターレイヤーを使用していませんけど、描き味や取り扱いが相当良くなっているとは聞いているので、素材などによっては今後使い始めるかもしれません。

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 トーンやグラデーションについて言えば、コミスタ仕様のものからクリスタ専用の仕様・概念に変更されたので、ちょっとしたトーンレイヤーの移動などで扱いに戸惑うことがあります。


大量のレイヤーから成る森田さんの作画の1コマを特別公開

 それでも、操作上の違和感を少なくしているのはすごいと思います。慣れたらクリスタの方が素晴らしそう。きっとこういう「慣れたら……」と言う点が多々あるのでしょうね。それは楽しみです。

 あと、1ファイルのサイズがものすごく大きい! これは時代が進めば問題なくなるのかもしれませんが、現状だと、すぐに移行するのにためらいを覚えてしまう理由の1つになっています。

―― なるほど。ちなみに、アシスタントさんはすでにクリスタも試用されていますか?

森田 はい。クリスタの試用報告は主にチーフアシが率先してやってくれました。以下、アシスタントさんの試用報告です。

アシレポート:

バージョン1.41からクリスタを試用し、自分の投稿用原稿に切り替えました。半分のページまでペン入れした状態で途中でコミスタから移行するという暴挙でしたが(笑)。

 幾つかの調整をするだけでスムーズに続きの作業に移れました。困ったことがあったらすぐFAQを見るなど、少しだけ手間は必要ですが、原稿の途中で移行して、ほぼ問題なく進行を進めている例が一応一人いる、ということで……(笑)

―― 幾つかの調整は必要だけど、ほぼ問題なく移行できたと。ところで、森田さんが「クリスタにこんな機能があれば」と思うのはどんなものですか?

森田 アシスタントさんもレポートしていますが、現状では、デジタルでペイントソフトにものすごく慣れている人以外が使いこなすには、FAQの助けを借りるのが必須といわざるをえない状態なんですよね。今も十分充実していますけど、FAQの使い勝手をさらに高めてもらえると嬉しいですね。

 あるいは、オンラインヘルプ機能みたいなものを付けて、「特殊定規 どうやって」とか検索するだけでチャチャッと正解にたどり着ける、みたいな機能を付けていただけると嬉しいです(笑)。

 あと、クリスタは初心者用インタフェースやタッチ搭載液晶タブレットインタフェースなど操作法や表示方法が充実しているので、いっそ「コミスタインタフェース」を搭載してしまうのはどうでしょうかね(笑)。

―― コミスタインタフェース(笑)。

森田 また、ファイルの互換性に関して言えば、1つは、できればクリスタ側からコミスタへの出力を可能にしてほしい、という点です。

 ファイル形式の互換性が完全ではないので、まだクリスタに移行してないアシさん――特に遠距離の在宅アシさんや臨時助っ人アシさん――と共同作業をするときなど、共通のソフトを用意する必要があります。これは地味なんですが、実際の運用上かなりキツイ問題です。自分一人だけ移行してしまえば済むものではないので、移行のタイミングは悩みどころです。

―― なるほど。複数の作業環境を合わせる必要があるのは、実運用での重要なポイントですね。

森田 もう1つ。コミスタからクリスタへの素材のコンバート(移行)が、フォルダごとに整理されて読み込まれないので不便を感じます。実際に試してみたんですが、ワンタッチでは行えず、ひと手間必要そうでした。アバンチュリエでは致命的なところなので、現状、一番気になっているのはこれかもしれません。

 ただ、セルシスさんはバージョンアップのたびに確実に改善してくれているので、最終的には良くなるものと信じています。実際、初期のクリスタで厳しいと感じた問題点は着実に解消されていますから、今お話ししたような点も次のバージョンアップでは解決しているかもしれませんし。この辺りの対応力には頭の下がる思いです。

―― コミスタが漫画業界にもたらした影響は大きいですよね。クリスタもそうしたものになっていくでしょうが、森田さんがコミスタ/クリスタ、またはセルシスに期待したいことは?

森田 コミスタ、およびセルシスには本当にお世話になりました。セルシスは漫画家の要望を細かく聞いて、バージョンアップのたびに問題点を克服し、粘り強く着実にこちらの望むものに近づけてくれる信頼できる企業だと思っています。

 1つの極地に達したコミスタが終了するのは非常に残念ですが、クリスタもバージョンアップを繰り返し、コミスタの良さを包括しつつ、さらに素晴らしいソフトへと成長すると確信しています。

 これからもよろしくお願いします!

―― セルシスに厚い信頼を寄せていますね、ありがとうございます。クリスタに移行されたときはまたお話を聞かせてください。森田さんの描く『怪盗ルパン伝 アバンチュリエ』奇巌城編のクライマックス、楽しみです。


世界を変える力とは何なのか。次号『月刊ヒーローズ』のアバンチュリエは必見だ! (怪盗ルパン伝 アバンチュリエ4巻より)©森田崇/ヒーローズ

森田 8月1日発売の次号『月刊ヒーローズ』では、高校生探偵イジドール・ボートルレが、ついにルパンの力の源泉「空洞の針」にたどり着きます。このシーンをカラー付きでお届けできることになりました!

 アバンチュリエを追って下さってる読者の方はもちろん、アバンチュリエは読んでないけれど昔ルパンや奇巌城を読んだ事のある、という方も今回だけでもぜひぜひのぞいてみてください。原作既読の方でもこのシーン、絵で見るとまた新鮮な発見があると思います。

 そして実は今回のカラー、クリスタで塗っております。クリスタで塗ったカラー原稿を見てみたい方にも興味深いと思いますので、ぜひ。

 「奇巌城」編がクライマックスにさしかかった「怪盗ルパン伝アバンチュリエ」。これからもよろしくお願いします!

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