田中圭一はもともとパロディを描くつもりはなかった? 手塚るみ子とのトークイベントで明らかに
いつもの熱いかけあいも展開されました。
「まるで謝罪会見が始まるようですね」――。
2月13日、都内にある漫画専門の学校・日本マンガ塾で、漫画家・田中圭一先生と、手塚治虫先生の娘・るみ子さんによるトークライブが、うさ爺こと漫画批評家の飯田耕一郎さんを司会に迎えて開催された。
田中先生といえば、手塚治虫先生をはじめとする著名な漫画家のパロディ作品を数多く執筆していることで知られ、2001年には手塚作品のパロディをふんだんに盛り込んだ「神罰」(イーストプレス刊)を出版。るみ子さんから寄せられた「ライオンキングは許せても、田中圭一は許せません!!」という帯文も話題となった。
両氏は、これまでにも上記のようなバトルを度々展開しており、冒頭の田中先生の“謝罪会見”発言もそれらを受けてのもの。果たして今回のトークイベントではどのような戦いが繰り広げられるのか、そしてリアルな神罰は下されることになるのか。運命のゴングが鳴り響く。
絵柄を「リニューアル」するつもりだった
そもそも、田中先生が手塚作品をパロディ化するきっかけは何だったのか。田中先生は1984年、「ミスターカワード」(「コミック劇画村塾」掲載)で漫画家デビュー。以降「ドクター秩父山」「昆虫物語ピースケの冒険」と、数々の人気ギャグ漫画を発表してきた。しかし生き馬の目を抜く漫画業界の中で、90年代に入り漫画家としての転機に立たされる。オリジナル作品の絵柄が“飽きの早さ”というギャグマンガの宿命によって編集部でウケなくなってきたのだ。
そこからなぜ、手塚作品のパロディを描くようになったのか。きっかけは意外なものだった。
「当時、私は結婚していて奥さんが手塚先生の大ファンで、嫁入り道具に手塚治虫全集を持っていたんです。手塚先生が亡くなられてそこそこ年月がたっていたそのころ、漫画業界には手塚タッチの作品を描く人が全くいなくて、『この絵柄こそ今の時代にあって圧倒的に新鮮なんじゃないか?』と思い、パロディ化するというよりリニューアルするつもりで絵柄を変えました」(田中先生)。
当時流行していたアニメ絵やアメコミの絵を模写してもしっくりこなかったという田中先生は、暗中模索の中で自分の根っこにあるものは幼少時から親しんできた手塚治虫先生の作品であることに気が付いたという。
そして、手塚作品を模写している中で、田中先生は一つの傾向を見いだした。
「手塚先生はディズニーの絵をマネることから入ったという認識を持っていますが、マネてみるとディズニーの絵から離れようとした絵の線や漫画表現が見受けられました。僕はそれを“油抜き”と呼んでいるんですが、コテコテのアメリカのカトゥーン絵から変えようとしている。例えるならバター味から、味噌味やしょうゆ味といった和風の味に変えようと試行錯誤を繰り返していったんだと気付いて、『これだ!』と思い立ったんです」(田中先生)。
幼少期からディズニーに影響されていた手塚先生。初期作品では「ディズニースタイル」と呼ばれる丸っこいキャラクター描写の絵柄が特徴的だったが、常に漫画について独自の表現を模索していたことに、線をトレースする事で田中先生は気が付いた。一本の線にも作者の思いや、選択が存在する。田中先生はその線や絵柄から手塚先生の思考もなぞっていたのかもしれない。
自分の中でそれまで培ってきたギャグ漫画の要素と、手塚タッチの絵柄がハイブリッドされたこれまでにないパロディ漫画誕生のヒントがそこにあった。周囲の人たちから「こんなこと普通やるか?」と言われながらも、そこから手塚作品を研究し尽くし、まるで本人が描いたかのような絵柄を習得し、独自の作風を作り上げていった。
そんな田中先生の漫画をるみ子さんが初めて目にしたのは、1999年発売の「Comic cue vol6 手塚治虫リミックス」(イーストプレス刊)に掲載された「神は天にいまし 世はすべてことも ないわきゃあない」だった。過激な下ネタを交えたパロディにもかかわらず、これまでの手塚タッチの作品とは違う、リスペクトの精神を感じたという。漫画の神様として手塚漫画が神格化され、神棚に置かれてしまうのはもったいない。「新しい若い世代に興味を持ってもらうため、これまでとは違う形の二次創作があってもいいんじゃないか」という思いで手塚プロダクションにかけあい、「神罰」単行本発刊の許可を一任された。「ライオンキングは許せても、田中圭一は許せません!!」という過激な帯の単行本が形になるまでには、さまざまな人間ドラマが秘められていたのだ。
田中先生も一度“焚書”された方がいい
今では手塚タッチでの下ネタ漫画の代名詞のようになっている田中先生の作品だが、本家手塚漫画にもエロティックな描写が含まれた作品は多く存在する。「奇子」「人間昆虫記」「I.L」「アポロの歌」「サロメの唇」――。その作品群はるみ子さん監修の「手塚治虫エロス1000ページ」(上・下巻)という形でまとめられ出版されているほどだ。本家とパロディの違いはどこにあるのだろうか。
「手塚先生もエロティックな作品を描いていますが品格があるじゃないですか。僕も一応、品格を意識してるんですけどね」と訴えた田中先生に対し、「手塚自身も、田中先生と見紛うような(お下劣な)作品も描いているんですが、品格がありますね。そこが人間性であり作家性なんでしょうか」と突き離したるみ子さん。いつもの(?)やりとりに、会場は笑いの渦に包まれる。
さらに、「一度、るみ子さんからお母様の手塚悦子さん(手塚治虫夫人)にご紹介していただいたとき『父の絵をとても研究している漫画家さんです』と紹介され、研究してます! と答えてしまいました」と過去のエピソードを語った田中先生に対しては、「その時母は『神罰』を読んでいなかったので、内容を知らずお礼を言ってましたね」とたたみかけるるみ子さん。
「父の仏前に一度『神罰』を置いたことがありますが、母は見てません。もし見られたら、『うちの手塚はこんな作品描いたかしら?』と思われてしまうんじゃないでしょうか。バレたら大変なことになってしまいます(笑)」(るみ子さん)。
社会的に見ると漫画は悪影響の対象に見られた時代もあった。1955年ごろには「悪書追放運動」の一環として漫画バッシングが起こり、手塚漫画が焚書された事もあったという。1970年には性をテーマにした漫画「やけっぱちのマリア」が、掲載誌である「少年チャンピオン」と共に有害図書に指定されるなど逆風にさらされたが、手塚先生は一貫して表現の自由を訴え作品を描き続けた。
「手塚先生は漫画のエロティックな描写も含めて表現の多様性というものを幅広く見ていたのでしょうか?」という飯田さんの問いかけに、「田中先生も一度焚書にあった方が作家としての幅が広がるかも(笑)」と手塚さん。「一度焼かれた方がいいんでしょうか? よく手塚ファンの方から『このまま田中圭一が逮捕も訴えられもせずに終わったらつまんないよな』と言われます。ひとごとだと思いやがって!(笑)」(田中先生)。
田中先生による手塚絵の実演
イベントでは、田中先生による手塚作品における絵のワンポイントレッスンも実演された。
「ラフな絵の中にも手塚先生は絶対こう描くというルールがあって、それを押さえると手塚先生タッチの絵になります。まずはキャラクターの顔についてなんですが、手塚先生の絵は口と顎までの間隔が狭いんですね。そして鼻と口の間も狭い。顔の輪郭も、現代の漫画絵が失いつつある丸みのあるラインを成しています」(田中先生)。
「次はカラー絵の陰影に使う色について解説します。松本零士先生の場合、陰影は水色系を使うことが多くて、藤子・F・不二雄先生の場合だと陰影はほとんど使わず、フラットな色合いが多く、作家によってそのパターンはさまざまです」(田中先生)。
「手塚先生はグレー系の色を使うのが特徴的で、『ブラック・ジャック』の絵を観察するとそれがよく分かります。対比として茶色とグレーの二種類の陰影を見比べてみると、どちらが手塚先生っぽいですか?」(田中先生)。
作画のバランス、着色の特徴など、手塚タッチを再現しつつ自分の作風に落とし込んだ田中先生の技術は、一種の職人芸のようだ。
漫画で食えなくなったら街頭で手塚絵の描き方講座をやります
現在連載中の「ペンと箸」(ぐるなびサイト「みんなのごはん」掲載)では、ちばてつや先生、赤塚不二夫先生、ジョージ秋山先生などさまざまな漫画家のタッチを再現した作品も発表。絵柄の特徴は混同しないのだろうか。
「色んな作家のパロディ漫画を描いていると、作家によって目鼻口のバランスってミリ単位で違っててそれを毎日日替わりでやってると乱れてしまいます。『ブラック・ジャック創作秘話』(原作:宮崎克 漫画:吉本浩二/秋田書店)に描かれていたことですが、手塚先生がディズニーの『バンビ』の絵を大量に描いて、乱れてきた自分の絵を矯正していたらしいんです。僕の場合は手塚先生の絵を模写することで絵の乱れを調整しています」(田中先生)。
手塚タッチのパロディー漫画家として一ジャンルを確立した田中先生。気になる今後の展望については、「漫画で食えなくなったら街頭で手塚絵の描き方講座をやろうと思います(笑)。これもパロディ作家という職業上、必要に迫られてのことなんですが」と語るも、るみ子さんから「オレオレ詐欺をやっている人が色んな手口を考え付くのに似てますね(笑)」と突っ込みを入れられ、トークイベントは締めくくられた。
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