インタビュー

魂が入ったアニメーション――押井守が語った実写「攻殻機動隊」の不思議な感覚と素子に残る“引っ掛かり”

実際のところ、押井守は何か新しいテーマや表現を持って再び「攻殻機動隊」を手掛けたいと思っているのだろうか?

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 SF作品の金字塔ともされる士郎正宗さんの「攻殻機動隊」を、ハリウッドが実写映画化した『ゴースト・イン・ザ・シェル』が4月7日に日本公開を迎えた。

 同作について、ことあるごとに比較されるのが、1995年公開の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』。押井守監督作品として今から四半世紀近く前に生まれた同作が「機械や人工知能が心を持ち得るか、そもそも人間の心とは何か」というテーマを扱ったものだとすれば、2017年公開となった今作は、原作などへのリスペクトは忘れずに、「記憶ではなく何をするかが人間を決める」という解釈が盛り込まれている点で興味深い。初週の週末興行成績は3位という出足だった。

 押井さんは、今作を「一番ゴージャスな攻殻」などと紹介してきたが、その言葉の真意はどこにあるのか。押井守が見た『ゴースト・イン・ザ・シェル』の印象を聞いてみた。

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押井守さん

『ゴースト・イン・ザ・シェル』は魂が入ったアニメーション

―― 今作を押井さんが最初に見たときの印象はどのようなものでしたか? 世界観の描き方など、押井さんにとって見る意味は見いだせたのでしょうか。

押井 面白かったですよ。想像したよりも。お話や映像がどうこうという以前に“表現”として面白かったという意味で。立体視だと聞いてなかったので、「あ、立体視だったんだ」って。向こうのスタッフルームでラッシュを見たとき、ヨーロッパ風の格調高い映像で「なかなかいいな」と。

 その後試写に入ったらメガネ渡されたんで、どうなっちゃうのかなって。正直、最初の10分くらいは、違和感の塊だった。当たり前だけど、立体になると空気感とか消し飛んじゃうから。多分、立体視で見るのか、2Dで見るのか、IMAXで見るのかで随分印象が変わると思う。僕は興味があるので全部試してみるつもりだけど。

 立体に関して言えば、引き(の絵)は完璧にアニメーションにしか見えなかった。(キャラクターに)寄っていくと、シームレスに実写になっていく。実写って言い方は正しくないな。魂が入ったアニメーション。とても不思議な体験だった。


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―― 魂が入ったアニメ、ですか。

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押井 普通、3DCGのキャラクターって、リアルになればなるほど、いわゆる不気味の谷で気持ち悪くなって、僕は“死人が踊っている”といったりもしたけど、ある種不気味さが出てくる。ところが、(ゴースト・イン・ザ・シェルは)役者が演じているから、セットアップに切り替わっていくと、今までCGにしか見えなかったキャラクターにフワッと魂が入ってくる。確かにここにいる人間には“魂”が、攻殻の世界で言えば“ゴースト”を感じる。それは今まであまり見たことがないから、とても不思議な気がした。

 よくできた3DCGのアニメーションは幾つもあるわけだけど、それにはもちろん魂を感じたことはない。どこまでリアルになっても記号でしかないから。実写映画というのは逆に言えば、キャラクターだけじゃなく“空気”にも魂が漂っている。恐らく、(『ゴースト・イン・ザ・シェル』は)結果としてそうなったんじゃないかと思うけど。

―― 結果として?

押井 ああいう表現になることを想像して、それを目指して作ったとは思えない。映像を作り込んでいった結果、そういう表現が出現してしまった。アニメーションにはよくあることなんだけど、表現って意地になって徹底して作り込んでいくと、画面にとんでもなく予想外のもの――“怪物”とも呼ばれることがあるけど――が立ち現れてくる。

 実写というのは良くも悪くも、ある種のフィルターが掛かるので、表現が突出することは普通はない。CGや合成を使って作り込んでいけば行くほど、ある種別なものが映っちゃう瞬間がある。僕も何度か経験したことがある。モノだと思っていたものに魂が入っちゃったり、逆に魂のあるものが無機物になっちゃったり。その瞬間に立ち会ったような気がした。

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 まあそれは頭の2、30分で、映画ってのはあっという間になじんでしまうんで、あとは、立体視だろうが2D、IMAXだろうが、お話の中に入って行っちゃえば同じ。僕は半分以上仕事で(作品を)見ているから、どうしてもそちらが気になっちゃう。お話としてはともかく、映画としてはなかなか奇妙なもの。今まで見てきた立体視映画、ハリウッド映画とはどこか違う。そしてこれは残念ながら恐らく日本じゃ絶対できないなと。


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―― 予算的な問題ですか?

押井 あれだけ作り込む予算を持ってくるのは不可能。今じゃデジタル合成は珍しくも何ともない。昔は高根の花だったけど、今じゃテレビの戦隊ものだってやっている。昔すごく時間の掛かっていた作業が今はPC上で誰でもできちゃうのだから、いずれはとは思うけど。そうした成功例は日本からはもう決して生まれないだろうと。

 だから、結果として“実験”になっちゃった。これはお金のある人たちにはぜひやってほしい。僕はハリウッド映画の面白さを実はそういう目で見ている。結果を予期しないで、結果としてこういうものが生まれることが時々あるのは『アバター』(ジェームズ・キャメロン監督、2009年公開)もそうだった。こういうことは日本映画では起こりようがないので。

―― 何だか悲観的に聞こえますね。

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押井 別に悲しくはないよ。お金持ちがどんどんやってくださいというだけ。日本はそういうリスクを負えないから。表現は、数やって、パイの大きさで決まってくる。小さなパイには大きな要素を盛り込めないし、デカいパイを山ほど焼いていれば、いろんなものができる。それは大きなかまどじゃなきゃ焼けない。僕は別にそれが格段うらやましいとはあまり思わないけど。

―― そうなんですか?

押井 なぜかというと、現場のルパート(・サンダース監督)を見たから。多分ルパートもあの手の作品は二度とやりたくないと思っているんじゃないかな。撮り終わったばかりだとそう考えるはず。監督の“自在感”なんてほぼかけらもなかったから。自分の価値観を人を介して形にしていく監督本来の仕事がどこまでやれたのかなと。

 それは現場が大きくなればなるほど難しい。彼がどう思っているかは分からないけれど、僕から見るとそういう感じがすごくした。大きな現場を動かす達成感もあれば、自分の思いのままにハンドルを切る別の達成感もある。どちらが面白い仕事かなんて一概には言えないけど。

 『アバター』のときは僕、「参りました」って感じだったけど、今回は「どんどんやって」。僕らは成果物の中でものを考える。その限りでいえば一見の価値がある。この仕事をしている者なら特に今作は体験してほしいと思った。

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―― あらためて聞きますが、押井さんとって見る意味はあった?

押井 あると思う。僕は想像はしていたけど、想像が形になるというのはこういうことなのだと。

 立体映画に多少なりとも知識があれば腑に落ちると思うんだけど、立体映画で人間の大きさって、遠くだから小さく見えるんじゃない。立体映画になると、ただの小人にしか見えない。物理法則にかなっているから現実感を生むわけでもなんでもなくて、遠ざかれば遠ざかるほどミニチュア化していくのが当たり前。空気感までは立体は及ばないから。それだったらモヤの掛かったような全景の方がはるかにスケールが出せる。ミニチュアだからだめ、ということじゃなくて、それはそれで新たな世界観を生む可能性があるということ。

 攻殻という映画に関して言えば、その相性がよかったかもしれない。そうじゃない形であの世界を作り上げる可能性ももちろんあったし、むしろ僕がアニメーションで目指したのはそういう形。いかにナチュラルに空気感を演出するかに四苦八苦したので。なんのことはない、ディフュージョンフィルター使いまくったりしていわゆる“アニメらしくなく見せる工夫”を最大限やっただけだけど。それが20数年の時間がたって、全く違った表現で出てきたことを僕は面白いと思う。僕が頭の中に思い描いていたものとは違うけど。違ってていいんだけどさ。

素子がちょっと気になっている――押井版攻殻の可能性

―― 実写の可能性や限界は感じましたか?

押井 特に。絶対出てくるんだろうけど、アニメーション(の攻殻機動隊)が好きだった人たちの視点で、気になる点があるとすれば、それは「アニメキャラと違う」ことだけど、当たり前だよね、生身がやってるんだから。アニメのようにシャキシャキ動けるわけがない。

 ただ、スカーレット(・ヨハンソン)だけは例外だった。彼女は明らかに他のキャラクターたちと格が違う。はっきり言って、スカーレットの存在感、身体性や表情があの映画をほぼ支えきった。スカーレットの映画ですよ。彼女なしにはあり得なかった。

 (現場で)彼女がツカツカ歩き回っている姿を見て不思議な感じがしたんだけど、映画を見て分かった。彼女はサイボーグを“演じて”いた。歩き方から表情の作り方全て。たいした役者だと思う。あれが違う人だったら、相当悲惨なことになってるよ。

―― 「バイオハザード」のミラ(・ジョヴォヴィッチ)じゃだめ?

押井 バイオはアクション映画だからあれでいいんだけど、ミラとは違う存在感だよね。身体能力でいえばミラの方が全然あるし、そこだけを見れば適任な女優はいくらでもいるから。よく言われるのは、「体形が美しくない」とか「もっと細い方がいい」とか。アニメ的に言ったらそうかもしれないけど、でもさ、僕がアニメでやったときも、公開直後は非難ごうごう。(素子が)マッチョだったから。首も二の腕も太いし。


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―― メスゴリラ設定に忠実だと思っていました。

押井 (原作の)士郎さんの素子は、こけしみたいな人。首は細くて、手足は棒のよう。日本の男の子はみんなあれが好きなんだろうけど、実際に動き回って、声を出した瞬間にあの世界を支えきれない。戦う女なんだから首は太いだろうし、骨格もガッチリとしているだろうしさ、必要な筋肉は当然全部付いているだろうし、ってことは太ももも太くなるし、僕は割とそれをクソリアルにやった。「骨格と筋肉で描け」と、体の描き方まで全部変えさせたから。

 それはさ、今回だって同じことだよ。じゃあニコール・キッドマンだったらよいの? 見た目は美しいかもしれない。でもあの圧倒的な存在感を出せたかどうか。僕は違うと思う。

 現場で見たスカーレットはすごい体をしていた。3カ月間自分の筋肉を鍛える過程で、多分ある種のサイボーグになるという。やっぱり演技ってそうやって作るもの。“演じる”以前に体をつくんないと。向こう(ハリウッド)でスターと呼ばれる人たちのすごさってそういうこと。パッと現場に出てきて演じてハイさよなら、じゃない。そういう意味では、本物の役者の迫力はたいしたもの。多分、たけしが絶賛しているのもそういうことだと思う。

 やっぱりね、あれだけの映画背負っている人間は、何か違うんですよ。日本の役者さんにいわせれば、それだけの時間とギャランティーがあれば自分だって同じことやれるしやりたいっていうかもしれない。でも今はどこいったってそんなの許されないもん。撮影前に1、2回会えればいい方。あらかたの映画で監督は役者の交通整理やっているだけ。演出以前の話。役者のスケジュールが映画の(製作)スケジュールを決めるようなもの。そんなのでどうやってあれくらいの映画が作れるんだよ。

―― ……ちょっと話を変えましょう。押井さんの新作監督作品を私たちは東京オリンピック前に見ることができるのでしょうか?

押井 それは僕がどうこうじゃなくて、プロデューサー、もっと言えばお金出す人次第。もちろん、何もないわけじゃなくて、いつも何かが複数並行して動いている。僕らの仕事はそういうもの。それが形になるのは1つあればいい方。監督って自分が何をしたいかじゃなくて、自分が人に何をさせるか、その先に自分の意思がある。職業監督ってそういうもの。

―― では、質問を変えますね。押井さんは再び何か新しいテーマや表現を持って「攻殻機動隊」を手掛けたいと思いますか?

押井 たまに思う。攻殻が、というよりは、個人的には素子がちょっと気になっている。あとバトーかな。僕は作品を引きずることってあまりないけど、キャラクターに引っ掛かりが残ることはよくある。「パトレイバー」だって「うる星やつら」だって気にならないことはない。あくまで妄想だけどね。作品にまた顔出しそうな気がするうちは、そういう可能性はある。

 ただ、やっぱりそれは、やらせる側の人間の問題。舞台が一周回って、また攻殻をやることがあるかどうか、それは石川(編注:Production I.Gの石川光久代表取締役社長)が決めること。

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