「シャーロック・ホームズ」挿絵に秘められた暗号 キリスト教モチーフから読み解くホームズの「神秘の妻」とは(2/3 ページ)
「ホームズ」全作品を翻訳・無料公開したサイト、「コンプリート・シャーロック・ホームズ」管理人によるコラム第1弾。
ホームズを負かした唯一の女性
バジェットがイエスや使徒になぞらえたのは、ホームズとワトソンだけではありませんでした。ホームズを負かしたただ一人の女性、アイリーン・アドラーはシリーズでも屈指の人気キャラクターですが、彼女にも驚きの「符号」を見て取ることができます。
アイリーン・アドラーの前で、牧師に扮したホームズが芝居を打つ場面。アイリーンの右手に注目するとパラソル風のものを持っていますが、まるで細長い「葉」のように見えます。これが「シュロの葉」だとすれば、キリスト教絵画では「殉教者」の象徴を意味します。彼女が身にまとうベールは結婚式で使用した「結婚のベール」で、左手には大きな「リング」。そして、隣には車輪が置かれています。この車輪、おかしな場所に置いてあると思いませんか? 実は、これこそが謎を解くカギなのです。
「車輪」をアトリビュート(持物)に持つ「殉教者」の女性は「アレクサンドリアのカタリナ」、別名「車輪のカタリナ」だけです。しかも「カタリナ」のアトリビュートには、挿絵に描かれている「結婚のベール」「リング」も含まれています。以上のことから、アイリーンが「カタリナ」に見立てられているとみて間違いないでしょう。
誇り高きカタリナとアイリーンの類似性
「カタリナ」は紀元3世紀ごろのアレクサンドリア知事、コンストゥスの娘で、当時最高の教育を受け、両親に「名声、富、容姿と知性で自分を超える男でなければ結婚しない」と宣言したという逸話があります。「カタリナ」は、キリスト教を弾圧しているローマ皇帝マクセンティウスに会いに行き、皇帝が送り込んだ50人の賢者を全員論破します。
最後は皇帝自身に言い寄られますが、異教徒に従うカタリナではありません。投獄され、車裂きの刑にかけられますが、自然に車輪が壊れ、最後は剣で首を切られて殉教します。
つまり、アイリーンが「カタリナ」であるとすると、ボヘミア王は「皇帝マクセンティウス」、ホームズは皇帝が送り込んだ「50人の賢者」に対応します。この読解が正しければ、たとえホームズに賢者50人分の能力があったとしても、アイリーンに勝てるはずがありません。そして物語上では、その通りの結果になるわけです。
ホームズの「神秘の結婚」
ところで、「カタリナ」には、別の伝承があります。それが「神秘の結婚」(Mystical Marriage)という伝承で、「カタリナ」は聖母マリアによってイエスと結婚したというものです。
「ボヘミアの醜聞」冒頭に、「ホームズにとって彼女はいつでも the woman だった」という一文があります。「the woman」 には「ただひとりの女性」の意味があり、ホームズがイエス、アイリーンがカタリナに対応することを考えれば、両者が「神秘の結婚」をしていたと読み解くことができます。シドニー・パジェットはアイリーン・アドラーがシャーロック・ホームズの「神秘の妻」だという解釈を挿絵の中に忍ばせていたのです。
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