“もしも埼玉にプロサッカークラブがなかったら” 架空の“埼玉”が舞台のちょっぴり変わったサッカーマンガ:司書メイドの同人誌レビューノート
同人誌『かつてこの地に栄えたというでんせつの』をご紹介。
すっかり秋めいて、風が涼しくなりました。日差しも和らいで、外で体を動かすのにもってこいの季節。そして、世の中もスポーツの話題で日々、盛り上がっていますね。野球もサッカーも、リーグや大会のニュースが飛び交っています。そんな中、今回レビューする同人誌は、サッカー少年を主人公にしたマンガです。
今回紹介する同人誌
『かつてこの地に栄えたというでんせつの』 B6 20ページ 表紙1色刷り・本文モノクロ
“もしも埼玉にプロサッカークラブがなかったら”……架空の“埼玉”が舞台のサッカーマンガ
“かつて日本には「サッカー王国埼玉」と呼ばれる架空の国が存在してたらしい”
物語はこの一文からスタートします。いきなり、伝説が過去形で語られていて「あれ? そうなの?」と首を傾げてみたのですが、調べてみると埼玉には「浦和レッドダイヤモンズ」と「大宮アルディージャ」という2つのプロサッカーチームがあり、なでしこリーグに所属する女子チームも「浦和レッズレディース」と「ASエルフェン埼玉FC」があります。そう、このマンガは完全に架空の物語なのです。
主人公は中学校に上がったばかりの少年。入学した学校にはサッカー部が無いことに目を丸くします。世の中、こんなにサッカーで盛り上がっているのに、自分の身近にそれがないなんて……。
少年はサッカー王国を見つけられるか? もどかしさを根底に抱える青春
かつて「サッカー王国」とまで言われた地元の現状に、少年は茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしてしまうのですが……この主人公くんがカワイイ! 黒目がちな瞳に、ヤマアラシみたいなツンツン頭。中学生男子らしく、ちょっと無愛想なくらいにそっけない表情をしているけれど、家族と食卓を囲んでごはんをもぐもぐする素直なところも見られます。
そんな初々しさがにじみ出る少年の顔が曇るシーンがあります。それは「ええ? サッカー部の新設ゥ? 困ったわねえ」「あたしの担当じゃないし」「野球部じゃダメか?」と職員室でたらいまわしにされたときのこと……。あああ、大人を信じられないと思っているのが、手に取るように分かる眉の寄り方! 見ているこちらの胸までぎゅーっと痛みます。物語の中で、少年は大人に問うのです。「サッカー王国埼玉ってどこにあるんですか?」と。少年はサッカー部を作ることができるのか、そしてサッカー王国を見つけることはできるのか……。正味15ページのマンガの中に、少年が感じるもどかしさ、立ち上がるきっかけ、未来に向ける真っすぐなまなざしが、温かみのあるタッチで、しっかりと語られています。
どこにでもある伝説、どこにでもある出発をさわやかに描く
作者さんもあとがきできちんと触れていらっしゃるのですが、現実の埼玉にはプロサッカーチームは存在しています。それなのになぜ、あえてこの地を舞台にされたのでしょうか。私は架空の世界にすることで、この物語は日本のどこにでもあるんだ、という印象を受け、身近なファンタジーのように思いました。スポーツに限らず、かつて何かが隆盛したけれど今は衰退の一途をたどり……という場面は、どんなところでも聞く話ではないでしょうか。
少年は大切なものへのアプローチを諦めずに、一歩踏み出していく。そしてサッカーにはそうさせる力がある、魅力あふれるスポーツなんだ、と登場人物たちがサッカーを大切に思っていることがマンガから分かります。私はサッカーにはあまり縁が無い方ですが、そんな彼らの熱い思いが、ファンタジックな架空の埼玉で描かれることで、「もしかしたら私の身近でも起こりうる話かも」と、肌身に迫るように感じられたのです。
少年はどんなサッカー王国を見つけるのでしょうか……。やわらかな少年の心に寄り添うような、さわやかサッカー物語です。
今週のシャッツキステ
著者紹介
司書メイド ミソノ:秋葉原カルチャーカフェ「シャッツキステ」でメイドとしてお給仕する傍ら、とある大きな図書館で司書としても働く“司書メイド”。その一方で、こよなく同人誌を愛し、シャッツキステでも「はじめての同人誌づくり」「こだわりの特殊装丁」の展示イベントを開く。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えた辺りで数えるのをやめました」と語る
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