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マンガで解説、「シャーロック・ホームズ」原文の面白さ ワトソンとの見えざる拳の応酬(2/2 ページ)

仲良くけんかする2人。

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戦闘開始!

 ホームズはジャブとばかりに、「ワトソン、知ってるんだぞ。君は僕のLOVEをシェアしているだろう!」と、突然切り出します。

「言葉のパンチ」のイメージ図。ホームズとワトソンが本当に拳を交えることはないので、念のため

 このLOVEとは「日常生活からかけはなれた、奇妙なものが大好き」という意味のLOVEです。

ホームズ「僕は知っている、ワトソン。君が私と同じように奇妙で、毎日の退屈な繰り返しや慣習から外れたもの全てが好きなことを」

(I know, my dear Watson, that you share my love of all that is bizarre and outside the conventions and humdrum routine of everyday life.)

 ここでいう「日常生活」には、ワトソンの「結婚生活」を暗示する意味もあります。実際、前作「ボヘミアの醜聞」事件で、ワトソンは慌ただしかった新婚生活が一段落したときにベーカー街の部屋の前を通りかかり、ホームズが事件に没頭している影を見て、そのまま上がり込んでいました。ワトソンが、開業医の平穏な毎日に飽き足らなくなったため、刺激を求めてホームズ宅にちょくちょく寄るようになったことは確かでしょう。さすがはホームズ、図星を突きます。

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ワトソンは往診の帰りに「偶然」ベーカー街を通るが、そこで事件の臭いをかぎつける

 次にホームズは、「(君に事件を紹介してやるのはいいんだが)熱狂しすぎて、勝手に話を盛って書くからなあ」と、人格攻撃のようなキツいパンチを打ち込みます。もちろん裏読みは「だから、すぐ事件に参加させてやらなかったんだよ!」です。この鋭い攻撃をワトソンは「確かに君の事件は非常に興味深いものだね」とひらりとかわします。

ホームズ「やけに熱狂的に僕の事件を記録しようとするのは、自分の好みを宣伝しているようなものだ」

(You have shown your relish for it by the enthusiasm which has prompted you to chronicle)

ワトソン「確かに、君の事件はものすごく興味深いね」

(Your cases have indeed been of the greatest interest to me.)

 ワトソンは「熱狂」(enthusiasm)「興味」(interest) と言い換え、やんわりかわします。裏読みすると、「うぬぼれないでくれ。興味はあるけど、そんなに夢中になっちゃいないさ!」というわけです。

見事にかわすワトソン

 ホームズはパンチが効かなかったと見るや、得意技である遠回しのイヤミから、正面攻撃にチェンジします。「事実を超えるフィクションなどない! 言っただろう! 肝に銘じておけ!」

ホームズ「僕がこの前言ったことを、肝に銘じておくがいい。(…)日常生活というのはいつでも、どんな想像力の産物より衝撃的なのだ」

You will remember that I remarked the other day,(…) which is always far more daring than any effort of the imagination.”

 これは正面攻撃なので、厳密には裏読みには当たりませんが、“You will ...” という表現は、王様が召使いに使うような、ものすごく偉そうな口調です。

※「唯事実拳」とは、英国三千年の秘奥技(ひおうぎ)、"Fact-Only Punch"(FOP)の日本語訳である。これを受けると、事実以外の記述ができなくなるという、作家にとって致命的なダメージを負う。あまりにも危険な技のため、原作には出てこない

 この「事実以外に余計なことを書くな!」という偉そうな批判に対して、ワトソンは「お言葉ですが、そのご意見には賛成しかねると申し上げたはずですが」と超低姿勢の言い方で、相手の勢いをユーモラスに流します。ホームズが「剛」ならワトソンは「柔」、見事な応酬です。

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ワトソンの柔軟な防御力!

ワトソン「勝手ながら、そのご高説には、疑問を呈しておいたはずですが」

(A proposition which I took the liberty of doubting.)

 いろいろな角度から攻撃してみたものの、ワトソンに有効打を与えられなかったホームズ。「小ざかしい奴め。いつか倒してやる。ネタはいくらでもあるんだからな」と捨てぜりふのあとに「そうそう、こちらの依頼人は……」と話題を変え、ここで導入部が終了となります。

 いやー。手に汗握る攻防でしたね。「赤毛組合」はコナン・ドイルが全力で書いていた、ごく初期のホームズ作品です。冒頭の会話には1つ残らず意味が込められていて、裏読みしてこそ楽しめる仕掛けになっています。

読者へのキャラ紹介という側面

 「赤毛組合」は、ストランド・マガジン(初出誌)に連載した、ホームズ・シリーズのまだ2作目でしかありません。この会話部分は、ホームズ世界の設定になじみの薄い読者を想定し、対照的なキャラクターをじっくり紹介する意味合いがあります。この会話で「ホームズ&ワトソン」という永遠の名コンビが、ストランド・マガジン読者の心に、くっきりと刻み込まれたのではないでしょうか。ぜひ、原作から「自分の裏読み」にチャレンジしてみてください。シャーロック・ホームズの面白さが何倍にもなりますよ。

寺本あきら

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