劇場版「フリクリ オルタナ」 すごいことなんかない、当たり前のことすらこなせない続編
ネタバレレビュー。
GAINAXの諸作品を手掛けた鶴巻和哉、「少女革命ウテナ」の榎戸洋司らが20世紀の終わりに放った唯一無二のOVAシリーズ「フリクリ」。難解なストーリー、魅力的なキャラクター、実験的かつビビッドなアニメーション、the pillowsの楽曲をふんだんに使用した劇伴。どこを切り取っても斬新の一言である同作は今もなお国内のみならず、海外でもカルト的な人気作である。
その17年ぶりの続編「フリクリ オルタナ」(以下、「オルタナ」)。原作権がProduction I.Gに譲渡された上、スーパーバイザーである鶴巻とキャラクター原案の貞本義行を除き、オリジナルメンバーとは全く異なる制作陣によって作られることになったその出来に懐疑的だったファンは少なくない。だがあらかじめ下げておいたハードルの全てをここまで下回ると、誰が予想できただろうか。
★以下、「フリクリ」「フリクリ オルタナ」のネタバレを含みます
実験も快楽もないアニメーション表現
「フリクリ」作中でも何度か言及される通り、「フリクリってそもそも何?」とはよく問われる問題だ。
それは主人公・ナオ太が生きる思春期の鬱屈した日々とリビドーを象徴する閉じた街を舞台に、日常を破壊する自由人・ハル子が暴れまわるコミカルなギャップものであり、多彩なアニメーターたちがその手腕を満遍なく振るい切ったアニメーション表現の見本市であり、一見ムチャクチャなアドリブで破天荒そのままに進行していくように見えるシナリオが実は緻密に組み上げられたものであったり、そのままでも存分にカッコいいthe pillowsの楽曲をフルに活用したMusic Videoでもあったりする。
フリクリのどこがカッコいい、ここが好き、という点は人によってもちろん異なるだろう。とにかく「フリクリ」には、次はこれをやってやろう、驚かせてやろうというアイデアがここぞとばかりに詰め込まれていた。
突然変貌する絵柄、コミック調・切り絵になるコメディー表現、「マトリックス」を模したバレットタイムなど、目を引く演出が各話に必ず1つは存在する。だから「わけが分からなかったけれど面白かった」という感想に対して、若干残念な気持ちはあるものの、そんな受け止め方も理解できる作品だ。
「オルタナ」にはそれが何1つ見られなかった。カット割りは引き絵とクローズアップを繰り返すだけの単調なもので、予告編にも含まれるバレットタイム、矢継ぎ早に繰り広げられる会話が画面を分割していくシーン、(まだ見られるほうの)アクションといった「フリクリ」の表現を劣化させたそれですら2話以降、ほぼ完全に姿を消す。
同作は20数分程度のアニメーション全6話が順次放映される、いわゆるアニメ一挙上映に近いスタイルをとっており、「フリクリ」同様各話の絵コンテ・演出者は異なる。にもかかわらず各話に突出した差異すら見受けられず、どれも平凡なアニメーションにしか見えない。
上映期間の短さから、同作品のターゲットがフリクリを視聴済みの人間であろうことは想像に難くない。ゆえに訪れた観客はまずここで、フリクリをまずそれ足らしめていた視覚的な快楽が全く存在しないことに困惑することになる。
改変されたハルハラ・ハル子
「フリクリ」のシナリオが不親切である点については否定しない。だがそれはキャラクター同士の掛け合いを重視した結果のものであり、かつ説明台詞を極力絞りながら隠喩を込めた表現に留めてその背景を想像させるという、「少女革命ウテナ」「STAR DRIVER 輝きのタクト」などで脚本を務めた榎戸洋司が存分に見せた手腕によるものだ。
「主要人物を記号化したくなかった。女子高生のリアルさを追求し、等身大な女性として描きたかった」と、初日舞台あいさつで監督・上村泰は語った。だがその高い志から出てきたものが全く伴っていない。
画面には安い青春ドラマから抜き出してきたような安直な心情吐露が飛び交い、既視感にまみれたバックボーンをもつ彼女らのぶつかりあう感情は陳腐な罵倒に終始し、物語は破天荒な自由人の皮を被ったただのお説教お姉さん・ハル子の「今日のまとめ」で締めくくられる。
「フリクリ」のハル子は自らの目的=海賊王・アトムスクを手に入れるために正義や社会制度と全く関係ないところで動き、そのためならば星1つどうなろうと知ったことではない、といった存在だった。そしてひょうひょうとしている様でありながらそれが妨害されたとなれば泥臭く怒り狂う。
小学生にもかかわらず大人ぶっているナオ太は、その対局に置かれるハル子に、自分の進むべき道ではないにもかかわらずどうしようもなく惹かれてしまう。ハル子は矛盾した感情を呼び起こす不可解な外部であり、それは「大人ってなんなんだろう」という普遍的な問いを抱える全ての人に魅力的に映る。
同作「オルタナ」のハル子は地球のために河本カナのN・O(エヌオー)を目覚めさせ、メディカルメカニカの陰謀を阻止するためだけに動く。1話にて問われた地球に固執する理由については、最後まで示されない。
あったはずの行動の軸を引っこ抜かれた人間に魅力が生まれるはずもない。日常を壊すトリックスターとしての役割も、なぜかハル子の奇妙な行動をすぐに受け入れる女子高生たちによってコメディーとしてすら映らない。
予告でも公開されていたラップシーンについてはダサいを通り越した何かで、たまらず目を背けてしまった。全ての牙を抜かれた彼女は、いかに新谷真弓が声を当てていようともハル子には見えない。
欠落した音響センス、the pillowsに対する扱い
アニメーション表現が雑になっていくにつれ、the pillowsの楽曲に対する扱いも加速度的におざなりになっていく。
「フリクリ」においてthe pillowsの曲はシーンの不穏さを告げる劇伴、戦闘アクションを盛りあげるためのきっかけ、叙情的なシーンでの感情の抑制など、各シーンを印象付ける背景として、また画面の明確な切り替えを告げる爆音のイントロとして機能していた。
戦闘開始を告げる「Advice」「Blues Drive Monster」「LAST DINOSAUR」。イントロの爆音が心踊り白眉である3話「マルラバ」冒頭で使用された「インスタント・ミュージック」。特にニナモリとの密室シーンで流れる「STALKER」は会話のテンポ・内容とも完全に呼応したタイミングで入ってくるギターのディストーションなど、計算し尽くされた心地よさになっている。これは抜群の音響センスとリズム感、選曲の妙によって成し遂げられているものだ。
ところが「オルタナ」での楽曲はただ流れているだけだ。1話における「MY FOOT」の使い方だけで嫌な予感はしたものの、2話の「Freebee Honey」を最後に3話・4話においてはそもそもほとんど使用されない。
思い出した様に「LITTLE BUSTERS」をラストに持ってきたり、6話の「I think I can」に「フリクリ」と全く同じタイミングで似た台詞を被せてみても、同じ回で「Fool on the planet」に被せる形でキャラクターに「海は広いな大きいな…」を歌わせてしまうような使い方では仕方がない。
極め付きはもっとも盛り上がるべき屈指の名曲、「Thank you, my twilight」。2009年の結成20周年武道館ライブにて静寂の中から披露された1曲目、その最強のイントロも台詞と被って聞くことができない。
同作に合わせて細かなアレンジが加えられ、再レコーディングされた楽曲たちはこんなにも輝いているにもかかわらず、非常に残念でならない。
フリクリとは何か
「フリクリ」はGAINAX黄金期、生粋のクリエイターがそのアイデアと能力を詰め込めるだけ詰め込んだ伝説のOVAであり、そこを超えてほしいとまでは思わない。
だが「京騒戯画」「血界戦線」の松本理恵、『惑星のさみだれ』『プラネット・ウィズ』の水上悟志、「フリクリ」でもコンテ・作画監督を務めた「宇宙パトロールルル子」の今石洋之のように「フリクリ」へのリスペクト精神を自身のオリジナル作品にちりばめているクリエイターはほかにも多数いる。彼らの作品を差し置いて、同作を「フリクリの正統続編」として掲げることはオリジナルへの冒涜としか思えない。
「フリクリ」を人生のオールタイムベストにあげる者は少なくない。それは同作が唯一無二の作品であり、他の何にも似ていないからだ。フリクリと名のついた作品に文句を言うなんて本当はしたくない。だが同作「オルタナ」については褒めるところが1つもない。伝説の名を冠し、すごいことどころか、当たり前のことすらこなせていない作品について語るのは苦しい。
同作にもスーパーバイザーとして名を連ねる鶴巻は、「もしもフリクリに続きがあるとするのなら、それはフリクリとは何かを探し確かめようとするような物語になる」との言葉をパンフレットに寄せている。同作がその言葉を熟慮し、考えた結果として生まれた作品だとは、どうしても思うことができない。「これはフリクリではない」という点だけでなく、これがたとえフリクリでなかったとしても、シナリオ、演出、編集、音楽の使い方、どこをとっても評価できない。
このあとにはもう1つの続編、「フリクリ プログレ」が控えている。2時間14分の拷問の後に流れた「プログレ」のティーザー映像は「少なくとも」フリクリに見えた。「オルタナ」とは異なる制作陣が手掛けた次作が、憂鬱な世界を吹き飛ばしてくれることを願ってやまない。
(将来の終わり)
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