スルメとスイカで“スルメスイカ” 同人誌『キ生物図鑑』に描かれた動物と植物の融合が奇妙でぞわぞわ:司書メイドの同人誌レビューノート
リアルな描かれ方にストーリーを感じます。
年明けから穏やかな日差しが続いていた私設図書館のまわりでも、ここ最近急に冷え込んできました。年末年始、皆さまがお過ごしになったところはどんな風景だったでしょうか。こちらでも、ある日はぽかぽかお部屋の中で窓から差し込む冬晴れの陽射しに日向ぼっこをし、またある日は小雪舞い始めた寒風が窓ガラスを鳴らすのを聞いて、と、がらりと様相の違う冬景色が繰り広げられています。一つの季節のなかでくるくる変わる「冬らしさ」を体感していると、なんだかふわふわと別世界に連れて行かれるような……。今回は、ふしぎなふしぎなイラストの同人誌です。
今回紹介する同人誌
『キ生物図鑑』
B5 24ページ 表紙・本文カラー
作者:まりも
キクラゲは菊クラゲ? 言葉遊びから生まれた奇妙ないきものたち
こちらの同人誌は、いきもののイラスト集です。ただし、描かれるのはどこかで聞いたことのあるような、それでいてどこででも見掛けたことのない、架空のいきものたちです。
例えばキクラゲ。「キクラゲってクラゲだと思っていた」ということ、ありませんか? こちらのご本によりますと、キクラゲとは「菊」+「クラゲ」。体を発光することができ、夜の海に漂うきれいな姿が見られるのですって。でもお花の部分には毒があるので要注意とのこと。……作者さんオリジナルのイラストに、こういう解説がついているのがいかにも図鑑ぽくって高まります!
こういうノリでいくならば、スルメスイカは「スルメ」+「スイカ」。緑色でしましまなイカは、海に生息しているのだとか。丸い頭部は暑い時期に食べると甘くておいしいらしいですよ!
「キクラゲ」も「スルメスイカ」も、ちょっとした言葉のつながりや連想で、動物と植物が組み合わされた、不思議ないきものになっています。「もしかしたら、キクラゲってクラゲなんじゃない?」そんな言葉遊びからの想像が、目の前に細密なイラストになって示される楽しさがあります。
絶妙にぞわっ! クラシックなムードが恐怖を呼ぶ
しかし、そのいきものたちを見ていると、ただただ楽しいだけじゃなくて、なんだかぞわっとする感覚があるのはどうしてかしら……と思ってページをめくっていたとき、やられました! 私がうっ! と怯んだのは「アジサイ」のページです。「鯵」+「紫陽花」のアジサイは、たくさん集まった鯵が、満開のお花もかくやという勢いで、ぽっかりと口を開けて固まっています。小さなものが集合して一輪になっているという状態が、花弁が鯵になることでインパクトを放ちだしたのを、まざまざと見せつけられます。……あああ、鯵がみんなこっちを見ている気がしますよ……。
そして「白サイ」の「白菜」+「サイ」は、サイが白菜に寄生されてゆき、おなじみの皮の厚そうなサイから、やがて薄く瑞々しい葉を纏う白菜が体を覆っていくさまが描写されているのです。
単純に2つのものを組み合わせたなら、それらをもっとデフォルメしたり、カラフルに描いたりすることも可能だったでしょう。けれどあえて繊細にリアル寄りの描写をしながら、クラッシックなペン画のような筆づかいと、抑えた色味と相まって、2つのものが組み合わされた故に生まれた違和感にぞわっと恐怖し、うんと過去の探検家が発見して描き残したようなノスタルジックな雰囲気と、今はもう存在していない絶滅動物を見ているような、寂寥(せきりょう)感を呼び起こされました。
寄生という融合。生き物は動いてゆく
イラストはどれも動物と植物の融合です。登場するいきものは、空想なのに、その行く末が気になるような描かれ方だと感じます。それはどのいきものも動くことを前提に設定されているからではないでしょうか。キクラゲは漂い、白サイはサイの身を借りてゆっくりと生息範囲を変えていきます。普段、根を張ってどっしりと構え、ときには儚く1年で枯れていく植物の「静」が、「動」のいきものの身に移ることで、どこに行こうとしているのか……。
言葉遊びの足し算を経て、出てきた答えは摩訶不思議ないきもの。「静」と「動」の融合したその先を、恐る恐るのぞいてみたくなりました。
今週のシャッツキステ
著者紹介
司書メイド ミソノ:秋葉原カルチャーカフェ「シャッツキステ」でメイドとしてお給仕する傍ら、とある大きな図書館で司書としても働く“司書メイド”。その一方で、こよなく同人誌を愛し、シャッツキステでも「はじめての同人誌づくり」「こだわりの特殊装丁」の展示イベントを開く。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えた辺りで数えるのをやめました」と語る
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