インタビュー

神前暁スペシャルインタビュー:化物じみた作曲家は本当にすごい説

映画「いなくなれ、群青」の音楽を手掛けた楽聖・神前暁の世界にインタビューで迫ります。

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 希代のメロディーメーカーたちの中でも、とりわけ化物じみた存在感を放つ人というのは存在する。本稿で紹介する神前暁(こうさき さとる)のように――。

 手掛けた楽曲は枚挙に暇がないものの、例えばアニメ「物語」シリーズなら、多くの劇伴に加え、化物語なら「staple stable」「帰り道」「ambivalent world」「恋愛サーキュレーション」「sugar sweet nightmare」、セカンドシーズンなら「もうそう えくすぷれす」「木枯らしセンティメント」など幅広いテイストの歌モノも生み出す神前さん。どれもこれもヘビロテ不可避の名曲にもかかわらず、作曲家としての個性が主張しすぎないというか、むしろそれをみじんも感じさせないステルスぶりがかえって才能の片りんを感じさせる。


横浜流星×飯豊まりえが共演する映画「いなくなれ、群青」。音楽を手掛けるのは神前暁さん

 そんな神前さんが珍しく、実写映画作品の音楽を手掛ける。その作品は、河野裕さんの小説を原作にした「いなくなれ、群青」(9月6日全国ロードショー)。主演に横浜流星さんと飯豊まりえさんを迎えた同作は、原作のせりふで表せば「階段島、人口はおよそ2000人。僕たちはある日突然、この島にやってきた」という謎だらけの島を舞台に、二人の青春に残酷な現実が突きつけられる青春ミステリー。作品を包み込む叙情的な音楽を作り上げる神前さんにインタビューで迫った。

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神前暁さん。「ねとらぼです」とあいさつすると「存じてます」のお言葉。圧倒的感謝……!

読後に感じた“分からなさ”を音楽で説明しすぎないというアプローチ

―― 神前さんが実写作品の音楽を担当するのは2018年のテレビドラマ「満願」(まんがん)ぶりですよね。その前だと映画「私の優しくない先輩」(2010年)、主題歌だった「MajiでKoiする5秒前」のアレンジも最高でした。意外にも実写作品の音楽を手掛けることは少ないようですが、「いなくなれ、群青」の音楽を担当することになったのはなぜですか?

神前 もともと「私の優しくない先輩」と「満願」くらいしか実写作品の音楽はやってないのかな。基本的に実写の音楽には憧れがあります。アニメとは少し異なる音楽の作り方や文法があるから常々やってみたいとは思っていて、今回、監督からお話をいただいたときに非常にいい機会だなと。

―― 「いなくなれ、群青」の原作小説はご存じでしたか?

神前 いいえ。お話をいただいた後に読ませていただきました。とても引っ掛かりを残す作品だなと。言葉遣いも独特で、描かれ方も、ファンタジーなのかミステリーなのか、夢かうつつかはっきりさせないところがあって、非常に気になるというかザワっとしたものがありました。

映画「いなくなれ、群青」予告編90秒

―― 作曲にあたっては、アニメと同じようにリストをもらって、汎用(はんよう)的な曲として作られたのですか?

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神前 いえ。この作品は2018年の夏に撮影が終わっていたので、ラッシュをつないだ映像と脚本をいただき、「ここからここのシーンに音楽を当てたい」というように箇所箇所でリストをいただきました。作った曲数でいうと20くらいですね。

―― つまりシーンのイメージはできていたと。

神前 そうですね。映像ができていたので、そこに音を当てていく作業でした。テレビアニメだと基本的に音響監督さんが“日常1”“バトル1”のようにリストを作られますけど、映画の場合は映像を見ながら音を当てるフィルムスコアリング。アニメも劇場版だとそうした作り方が主で、その点では何作かやらせていただいている劇場アニメと同じですね。

―― 今作の作曲でキーワードになるようなものはありましたか?

神前 「音楽で説明しすぎない」こと。それがうまく言語化できていたわけではないですけど、この作品、特に映像の持っている“現実感のないふわっとしたもの”を音楽を当てることで記号的にしてしまわないというか。僕が原作を読んだときに感じた“分からなさ”は残したかったので、分かりやすくしてしまわないようにと留意しました。

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謎だらけの島で幼なじみの真辺由宙(飯豊まりえさん)に再会する七草(横浜流星さん)

―― 今作で大変だったことはありますか?

神前 スケジュールは潤沢でしたが、ストーリーの流れ的に終盤をどう演出するかは最後まで悩みました。いわゆるアンチクライマックスの作品で、山場は中盤にあり、最後は静かに終わるので、そこをどのように音楽で着地させるかは悩みました。

神前暁の世界――何がアイデアの源泉になっているのか

―― 別のインタビューで神前さんは最後まで妥協せずクオリティーを高めていく姿勢を語っていました。具体的にはどんなアプローチでクオリティーを高めていくのですか?

神前 アイデアは早い段階で固まっていることもありますが、クオリティーは“気になる部分を直す”ことに尽きます。歌モノならメロディーを最後までベストな形に練りますが、劇伴はメロディーというよりは、盛り上がり方だったりシーンとの当たり方やタイミングを練ります。映像を見ながら映像の盛り上がるタイミングと音楽のそれを微調整していくのですが、これはテレビアニメともまた違うもので映画ならではですね。

―― 神前さんは孤高に悩んでクオリティーを上げていくタイプですか?

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神前 いえ、今作でも監督とは何度も打ち合わせたり、デモをお送りしてすり合わせたりしました。やはり顔を見て直接お話しないと伝わらない部分もありますから。あと今回の音楽チームは、僕ともう一人、高橋(邦幸)くんという作家が入っています。トータルは僕がコントロールしながら、彼にも何曲か書いてもらいました。

―― そうなんですね。作曲のときはどんな情報や刺激からインスピレーションを受けますか?

神前 “映像のテクスチャー感”。何が映っているか、どういう文脈でシーンがつながっているかもものすごく大事ですが、それ以上にその一瞬の映像が持っている雰囲気。今作だとふわっとした空だったり、それがどれくらいの彩度なのかだったり、フィルム風なのかビデオ風なのかだったり、そうした言葉で説明できないようなものに音楽も寄り添いたいし、アイデアの基になりますね。

―― テクスチャー感って面白い表現ですね。

神前 肌触りでもないし、たたずまい? 音楽だと音触(おんしょく)ですけど、映像にもそうしたものがあるとわれわれは思っています。

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―― 歌モノでは神がかったメロディーだとよく感じるのですが、神前さんが考える劇伴の勘所は?

神前 これは自戒も込めてですが、やはり音触ですね。最近の劇伴は、音自体が持っている説得力や表現力に非常に依存している……というと言葉が悪いですが、メロディーやコードでもなく、音の持っている質感で映像を補強するのが今の劇伴の在り方なのかなと思うことがありますので。

―― それはそのように変わってきた?

神前 変わってきたと思います。打ち込みでいろいろな音が出せるようになったからでしょうか。ハリウッドでもそういうシンフォニックスコアの大きな流れはありますが、もっと音響的なアプローチが入ってきたりして。いろいろなアプローチはありますが、僕はそういうのが好きですね。

 あと、手を抜いて音触がしょぼくなると、途端に目も当てられなくなります。打ち込み丸出しのチープな音楽は、映像に対して音楽がうそだね、と聞こえてしまう。極端にいえば、曲になっていなくて、ドミソを弾くだけでも音触のよい方が映画には合っているとさえ思うんです。その方が説得力があるので。

ハイクオリティーモンスター神前暁の“ツボポイント”

―― いろいろなことを器用にこなすのに、個性を感じさせず、それでいて節々から手癖のような個性がにじみ出しているのを「あぁこれは神前さんだ」と感じるのが私は好きで、安い言葉で言うとほんと天才だなと思うんですが、神前さんは音楽を作る上でできないことはないんですか?

神前 あります(即答)。基本的に何もできなかったですから。仕事としてやっていく中で、「それはできません」ではすまないので、“できる振り”をしてやり続けているだけです。

 僕は音楽大学とかにも行っていない独学ですので、できることしかできない。それこそ和声も分からなかったですし、今でもギターは全く弾けません。ギターの曲を作るときは手探り、最終的にはスタジオでギタリストと相談しながら作っています。

 ただ、音を聞けばそれがいいものか悪いものかは分かるので、自分の出すものには責任を持ってクオリティーを上げているだけですね。

―― いいものと悪いものはどんなポイントで線引きされているのですか?

神前 歌モノと劇伴で全然違いますが、劇伴でいうとシーンとの整合性ですね。それは単に合っているかだけでなく、演出として音楽が映像を立てるのか、音楽を立てるのか、そういうコントロールもできているという意味で。

 「シーンのここからここまで音楽を当てます」というオーダーの中でどういった盛り上がりをするか、どういうジャンルの音楽を当てるかなど具体的な解釈は作曲家に委ねられていることが多いので、そこはわれわれの仕事です。オーダーの難しさって、要は抽象度が高いということなので、そこに対してどういう解釈を提示するのかという難しさですよね。

―― 神前さんといえば、オーダーありきで劇伴も歌モノも作る職業作家に徹しておられますが、自身が作りたいものを作ることに興味はないのですか?

神前 もう20年、オーダーありきでやることに慣れてしまっているので、基本的に「音楽は仕事で作るもの」というスタンスです。自分の音楽、もやってみたくはありますが、それは半分憧れのようなものでなかなか……。締め切りがないと動かないので(笑)。

―― では例えば音響監督的なことも自分でやってトータルで携わりたいというわけでもない?

神前 音の当て方に関してはプロフェッショナルにやってもらいたいかな。映画の音楽を作るときはコンピューター上で映像を見ながら音楽を当てて、これがベストだと思えるものを出していますが、さらにアイデアがあればそれを受け入れてトータルのクオリティーアップにつなげる方が僕はうれしいです。自分でやりたいというよりはクオリティーの高いものを作りたいですね。

―― 神前さんが所属されているMONACAの方々も相当に刺激的なのでしょうが、最近刺激を受けた音楽作家は? あるいはご自身がかかわられた作品以外で、映像と劇伴のシナジーにうなったアニメ作品は?

神前 劇伴だとポストクラシカル系のオーラヴル・アルナルズやヘンリー・ジャックマン、映画「マイ・インターン」の音楽を担当したセオドア・シャピロです。

 あとは、劇場アニメですが「君の名は。」はすごかったですね。普通に劇伴作家が作るのとは違うアプローチだなと。後半に長尺で流れる歌モノのインストとか一曲でずっと引っ張っていて、しかもいわゆるハリウッドテイストの劇伴ではなくポップス。あれはなかなか。

―― 神前さんが年齢を重ねられて音楽への向き合い方への変化は感じますか?

神前 好きなものが狭くなってきたように感じます。狭くというか、どんどん純粋になってきました。僕の好きないろいろな音楽に共通する“ツボポイント”がだんだんと見えてきて、逆にそれしかやりたくないという良くも悪くも純粋さが出てきちゃいましたね。

―― “ツボポイント”とても気になります。

神前 うまく言えないですが、感情が動くときって、自分の理解や論理的なものを上回ってこられた瞬間にグッと来ちゃうじゃないですか。そもそも論理では説明し難いものではあるんですよね。

 だから、分かっていることを分かっているようにやられても僕は決してグッとはこなくて、そこを上回ってくるのがクオリティーだと思うんです。だからマンネリズムは敵。作る上でモチベーションになるどころか下げてしまうので。

 「これすごく好き」と思うものじゃないとやりたくなくなってしまったので、基本的に今作るものについては、少なくとも自分はすごく心が動くものを作ろうと考えてやっています。だからどんどん手は遅くなっていますけど、でもクオリティーは落ちないように。別にアーティストをやっているつもりはないですが、経験を重ねるとそういうところはピュアに深くなってきますね。

(C)河野裕/新潮社 (C) 2019映画「いなくなれ、群青」製作委員会



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