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「『この人、辞める!』でスイッチが入った」――宝塚の“贔屓”の退団に全力を出すため、仕事をほとんど辞めた女女子と労働(1/2 ページ)

宝塚には「終わりの始まり」がある。

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 あなたにとって、“働く”ということは、生活の「手段」でしょうか、「目的」でしょうか?

 趣味と仕事の両立を目指す人は多いですが、趣味に全集中する人は意外と少ないもの。どういうきっかけでその生き方を選んだのか……宝塚のトップスターにハマり、贔屓(ひいき)の退団を機に働き方を変えた女性Sさんにインタビューしました。


趣味に全集中し、仕事をほとんど辞めたSさん

光り輝いていた贔屓

――Sさんの宝塚との出会いはいつごろですか?

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 もともと家族が宝塚に通っていて、小さいころから劇場に連れて行ってもらっていました。大学生くらいから自分のお金でチケットがとれるようになって、ゆるゆるズブズブと“沼”にはまっていきました。ただ、はまりたてのころはハロー!プロジェクトやジャニーズなど、女子男子アイドルにもはまっていたので、宝塚だけに全集中というわけではなかったんです。

――なるほど、宝塚に集中するようになったのは贔屓(※宝塚では応援しているジェンヌさんをこう称すカルチャーがある)と出会ってからなんでしょうか。

 はい。明日海りおさんを舞台で拝見したのは2010年、ちょうど社会人なりたての頃。「スカーレット・ピンパーネル」という演目で、「ショーブラン」という敵役を役替わり(ひとつの役を数人の役者が交代で演じる公演)で演じてらっしゃいました。みなさんおっしゃることなんですが……光り輝いて見えました

 そのころは宝塚が“景気が悪い”と称される時期で、今みたいにチケット入手困難な状態ではなかったんです。上演が終わってすぐ、劇場のチケットカウンターに向かって残りの公演チケットを追加で購入できるくらいにはチケットが余っている状態でした。

――明日海さんのどんなところにほれ込んだのでしょう。

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 絶対的な美と、そしてそれを成し遂げるための超ストイックな性格。それでいていい意味でも悪い意味でも“ひとりっこ”感があって、愛おしさを感じています。でも最近はなんで好きなのかわからなくなってきて……限りなく宗教っぽいんですが、私は“神様”だと思っていて。信仰している神様のどこが好きなのかはわからないですよね。

「この人辞める」でスイッチが入った

――働き方についても教えてください。大学卒業後の進路は?

 最初に就職したのは東京の会社で、事務職の正社員でした。就職するときは「観劇ができる仕事をしよう」と思っていたわけではなく、就活時期がリーマンショックとかぶっていて、ほとんど選択肢がなかったんです。ただほぼ定時で上がれる職場だったので、東京宝塚劇場で平日18時半から開演する舞台を見に行くことができた。月2回くらいはコンスタントに通っていました。ここまでは常識的なレベルだったんですが……おかしくなってきたのはここ2年ですね。

――2年間で一体何が!?

 宝塚において、「トップになる」というのは、「近いうちに辞める」ということを示しています。私が明日海さんの魅力に気づいたのは三番手のころでしたが、2014年に花組トップに就任。トップ就任のお披露目公演である「エリザベート」で、最後に“トップスターの羽根”を背負って降りてくるときから、ファンは「いつかこの人はやめてしまうんだ」と思い、退団という“終わり”を見ながら応援することになります。

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 ただ、“ギア”のようなものが入ったのは、「ポーの一族」(2018年)のころです。トップスターはいろいろな個性の方がいて、ファンあしらいも人それぞれ。明日海さんはファンに対してものすごく愛想がいいわけではないんです。でも「ポーの一族」の入り待ちで、ファンから手紙を会釈しながら受け取ったのを見たときに、「この人、辞める!」と電流が走りました。ほら、終わりが近づくと人間優しくなるわけじゃないですか……。そこから全力で追いかけようと決めました。

 ちなみに最近のインタビューを読むと、「ポーの一族」での組子の成長を確認して退団を決めた――とおっしゃられていて、ああ、やはり……と答え合わせをさせてもらっています。

――“終わり”が見えたのが、Sさんにも大きな影響を与えたいということなんですね。

 ちょうどそのころ仕事で大きな波があって……勤めていた事業所が閉まることになったんです。本社に通うこともできたんですが、すごく遠くなってしまうので退職することに。次にやりたいことも決まっていなかったので、ニュージーランドでワーホリをするというややモラトリアム期間を過ごしていました。

 そんな中「ポーの一族」はどうしても見たくて、ニュージーランドから往復で見に行っていました。で、「この人辞める! 退団公演に全力を出そう」と心に決めました。退団公演は宝塚と東京の公演の千秋楽ののち、フェアウェルパーティーがあります。これにできるだけ参加するには、お金と時間の調整がきかないといけません。というわけで、ワーホリから帰ってきたあとは、正社員や契約社員ではなく、派遣の募集だけを見て決めました。

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 今年の9月いっぱいまでは週5で働いて、土日に兵庫の宝塚劇場に行って公演と出待ちに向かってまたとんぼ返りする日々でした。(東京公演が始まる)10月からは仕事をやめて宝塚1本でいくつもりだったんですが、引き止められたので週2仕事、週4宝塚(※月曜日は休演のため)の生活を送っています。

――ちなみに派遣の仕事を週5から週2に切り替えるときは、どのように伝えたんでしょうか?

 職場には宝塚のことは言ってないです。「家の事情で」と伝えています……本当は宗教上の事情なんですが。仕事がない日は、朝早く入り待ちをして、チケットを取れている日なら観劇して、出待ちして、次の日も入り待ちする。土日はチケットがほとんど取れないので、入り待ちと出待ちだけしています。

――もはやそっちのほうが職場ですね!

 そうですね、私は自分の中で「おつとめ」と呼んでいます。日比谷までの定期券も買っているので、私にとっての東京宝塚劇場は現時点では職場に近いかもしれません。黙々と来る場所です。

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仕事は週2、東京宝塚劇場に来るのは週に4回

――仕事をセーブすると、その分は貯金に頼る暮らしになりますよね。失礼ですが、いくらくらいの貯金を……?

 トップになった瞬間から貯金は始めていて、当初は「3年くらいで辞めてしまわれるんだろうか」と思っていたけれど、5年くらいやってくださった。なので当初の想定よりも長く貯金させてもらいました。退団公演に全力を出すなら100万円くらい必要かなと考えていたけれど、現時点で使えているのは70~80万円くらい。全部チケットがほしくても、他にも見たい方はたくさんいるので、希望分のチケットがもらえるわけではないんです。

――あまり観劇をする習慣がない読者の方は、「なぜ何回も見るのか」というところが気になるかもしれません。

 何回も見るオタクの気持ちですか? たぶん「満たされた」と思える、落としどころを得られるまで見たいと思っているんだと思います。宝塚は“福利厚生”はしっかりしていて、映像ソフトは必ず発売されます。宝塚大劇場での公演が収録されて、東京宝塚劇場千秋楽前には発売される。でも、自分の目で見たものが映像に残るわけじゃない。お財布とのバランスを見ながら、自分の中の満足を追求しているのかなと。

――Sさんのように“全力”を出している方は、明日海さんのファンにはやはり多いのでしょうか?

 私以上に見ている方、それこそ退団公演全てに通われている方もいますし、会(※タカラジェンヌ個別の私設ファンクラブ)の運営や仕切りに携わっているスタッフさんは、もっと時間もお金も使っていると思いますね。ただ、全体的に「時間とお金を使う余裕がある方」が多いと感じます。有閑マダムは強い……。

 本来宝塚って、私のような労働者階級向けの趣味ではなかったんじゃないかなと思っていて。器用な人は働きながら宝塚に通っているし、うまくバランスをとっている人がほとんど。最後の最後のところはまともというか、自分の生活を変えない範囲で突き詰めています。ただ、私はちょっとバランスが取れなかったほうですね。

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