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『らんま1/2』の「あかねの髪形変更」というイベントが割り込み展開のはずなのに自然な流れ過ぎてすごいという話今日書きたいことはこれくらい

これで「週刊連載が始まってからの急な路線変更だった」という驚き。

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 こんにちは、しんざきです。『らんま1/2』での個人的推しキャラはカツ錦雲竜あかりさんです。

 皆さん、「発作的に、ある作家さんの作品を徹底的に読みあさりたくなる」時期ってありませんか? 私は定期的に、具体的には大体2~3カ月に1回くらいのペースでそういう発作が発生します。

 とにかく、「今! 俺は〇〇先生の作品が読みたいんだ!!! それ以外のものは一切読みたくない!!!!!」って状態になるんです。普通のことだと思ってたんですが、なんか人に聞くと「は? なにそれ?」って言われることの方が多いので、もしかすると私がかなり特殊なのかもしれません。

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ライター:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ、三児の父。ダライアス外伝をこよなく愛する横シューターであり、今でも度々鯨ルートに挑んではシャコのばらまき弾にブチ切れている。好きなイーアルカンフーの敵キャラはタオ。

Twitter:@shinzaki

 これ特にジャンルを問いませんで、漫画であることもあれば小説であることもドキュメンタリーであることもありまして、新谷かおる先生や岩明均先生の漫画を片っ端から読み漁ったり、神林長平作品に埋もれたり、図書館にこもってティプトリーを徹底読破したりするんですが、先日高橋留美子先生でこれになったんです。『人魚シリーズ』やら『1ポンドの福音』やら『犬夜叉』やら読みまくりました。

 で、『らんま1/2』も38巻あらためて読み切ったんですが、それでいろいろと感動しまして。発作的に「『らんま1/2』について書かせてください!」って頼み込んだらOKしていただいたんです。

 ということで、『らんま1/2』の話をします。もう少し具体的に言うと、「あかねの髪形変更の流れが余りにも自然過ぎて、これが連載開始後に発生した流れであることが信じられなくてストーリーテラーとしての高橋留美子先生の手腕に感動するしかない」という話です。

 話の都合上、単行本1~2巻程度の展開についてのネタバレがどうしても含まれるのでご承知おきください。いつものことですが、特にPR記事ではないです。

高橋留美子漫画に共通する「脇役のすごさ」

 皆さん、高橋留美子先生の作品は好きですか? 私はとても好きです。

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 今さら言うまでもなく、高橋留美子先生は『めぞん一刻』『うる星やつら』に始まり、現代に至るまでヒット漫画を生み出しまくっているS級漫画妖怪です。

 私、高橋留美子先生の漫画の何がすごいって「脇役の存在感」がすごいと思っていまして。

 以前スーパーファミコン版の「らんま1/2 爆熱乱闘編」の話をさせていただいたときにもちょっと書いたんですけど、高橋留美子先生の作品、どれを読んでも「キャラ立ち」「キャラの個性付け」というものがとにかく強烈で、しかもそれが物語の隅々まで行き渡っているんですよね。レギュラーキャラが一人一人、強烈な個性と役割で作中唯一無二の立ち位置を占めていることは言うに及ばず、1回っきりの登場のゲストキャラから、うっかりすると名前も語られないようなモブキャラまで、一人残らず強烈な存在感を放って、るーみっくわーるどを彩っている。

 『らんま』で言うと、らんまやあかねのような主役級キャラ、シャンプーや右京のようなサブヒロイン、良牙やムースのようなレギュラーキャラは当然存在感カンストしてるんですけど、例えば格闘スケート編の三千院帝と白鳥あずさとか、博打王キングとか猫魔鈴とか道場破りとか、「その回でしか登場しないキャラクター」にも「こんなキャラ他にいねえだろ」というくらいの色がきっちりあるんですよ。あれだけのキャラクター数を縦横無尽に動かしながら、モブキャラに至るまで一人一人色分けがきっちりしていて「物語上、その人にしか出来ない役割」を持ってるって、描写力が軽く人間離れしてると思います。

 個人的には、特に格闘ディナー編のピコレット・シャルダンの存在感が群を抜いていると思っておりまして、あの「一見優男なのに実際にはほぼ妖怪で、しかもそれが物語に完全に溶け込んでいる」というシナリオ、あれだけでも『らんま』を読む価値あるんじゃないかと思うくらいですよ。今読んでも格闘ディナー編めちゃくちゃ面白いですもん。

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 「脇役の存在感」という点では、高橋留美子先生の描写力って本当、漫画業界全体を見渡しても屈指なのではないかと思います。脇役にちゃんと存在感があるからこそ、メインとなるキャラクターたちの活躍がより一層輝くんですよね。

当初はロングヘアだったあかねの髪形

 ところで「あかねの髪形変更」の話をします。

 天道あかねはもちろん『らんま1/2』のメインヒロインであって、『らんま1/2』におけるラブコメ要素の中核を担うキャラクターなんですが、「物語の最序盤に大きくデザイン変更が行われている」という点でちょっとだけ特殊なキャラなんですよね。

 1巻での登場当時、あかねの髪形はリボンで軽くしばったロングヘアなんですが、2巻のある展開のあと、がらっとイメージを変えたショートヘアになります。以降、最終巻の38巻に至るまであかねはショートヘアのままなので、後から見るとむしろ「ロングヘアのあかね」の方に違和感を覚えるくらいになります。

新装版1巻2話より
新装版2巻9話より

 これ、実は当時、ちょっと不思議だなーと思ったんです。ヒロインのイメージチェンジ自体はそんな珍しいことじゃないですけど、どちらかというとある程度物語が進行してから、話の転換とかテコ入れのためにイメチェンが入る、ってケースの方が多いですよね。メインヒロインのデザインなんてラブコメにおける超重要要素なのに、2巻というド初期にイメチェンが入るんだなーと。

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 初めて知ったときびっくりしたんですけど、これ、連載開始当初からの予定通りの展開じゃなかったそうなんですよ。昔読んだ高橋留美子先生のインタビュー、てっきりメモリアルブックかと思ってわざわざ買い直したんですがこれが記憶違いで、Twitterで教えていただきました。『うる星』のムックだったんですね。もしかするとサンデー本誌にも載ってたかもしれないけど。

以下引用するんですが、

連載が始まると、ヒロインのあかねという女の子に悩まされてしまった。気持ちがイマイチわからん。描きづらい。どうやら髪形に原因があるらしいということに気付いて、"ええい!切ってしまえッ!!と、あかねの髪をバッサリやってしまった。(少年サンデーグラフィック・スペシャル『うる星やつら 劇場用アニメ ボーイミーツガール 完結篇』より)

 ――つまりこれ、「週刊連載が始まってからの急な路線変更」だったということですよね。いざ描き始めるとデザインにしっくりこなかったので、えいやっと変更してしまった。

 何がびっくりしたかって、この「あかねの髪形変更」という話の展開があまりに自然で、しかもきちんと『らんま』全体のストーリーにおける重要極まる転換点にもなっていて、とても後付けしたとは思えないくらいきっちり「ハマった」展開だったからなんです。事前にしっかり煮込んだストーリーでもここまでハマらないでしょ、ってくらいキレイに物語に収まってる。あとショートカットあかねが大変かわいい。

 ちょっと、1巻から2巻にかけての『らんま』の展開について、軽く触れさせてください。

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 中国は「呪泉郷」での修行によって「水をかぶれば女になり、お湯をかぶれば男に戻る」という体質になってしまった、主人公の乱馬。親同士が決めたいいなずけとして乱馬に引き合わされた天道あかね。2人は当初、いいなずけという関係に納得しておらず、角を突き合わせる関係でした。

 そんな中、2人の前に乱馬の旧知の青年、「響良牙」が現れます。良牙は「乱馬に復讐をする(この時点ではその復讐の理由は判明しないわけですが)」と宣言し、果たし合いを申し込みます。極度の方向音痴である良牙に1週間待たされますが、その後2人は高校の近くの広場で果たし合いをすることになります。

 その良牙との決闘中に、

新装版2巻5話より

 あかねは2人の戦いの余波で、髪をばっさり切られてしまうわけです。ちなみにこの時点で、ほぼ乱馬のことしか眼中に入れていなかった良牙は、初めてあかねの存在を認識します。

 当初は大ショックを受けるあかねですが、この少し後、姉のかすみに対して「おねえちゃん、きれーに切ってよ」と言って、ショートカットにしてもらうのです。

新装版2巻6話より
新装版2巻6話より

 ここまでが、「あかねの髪形変更」のざっくりとした流れです。

「あかねの髪形変更」の自然さと、イベントとしての重要さ

 この流れの一体どこがすごいのかというと、まず一点、これが「あかねが前を向いて、乱馬と心を通わせ始める」という、いわばラブコメの「初期設定」の流れに完全に組み込まれていることなんですよ。

 先ほどの「脇役の存在感」という話に戻るんですけど、『らんま1/2』に並み居る名脇役の一人に、東風先生というキャラがいます。

 初登場は第3話。天道家の近所の整骨院の若先生で、ほねつぎの名医であるだけでなく、当初は「謎の達人」という立ち位置にもあり、時には乱馬以上の実力を発揮して、特に物語序盤で強烈な存在感を示します。中盤以降はあんまり登場しなくなっちゃうんですけど。

 この人、物語開始当初のあかねの思い人であって、初登場時点でそれが明示されているんですよね。

新装版1巻3話より
新装版1巻3話より

 ただし東風先生自身はあかねの姉であるかすみに好意を寄せていて、あかね自身「自分の思いは届かない」ということを認識しています。そして、今のあかねの髪形も、「東風先生が懸想している姉のようになるため」に選択したものだった、ということが描写されるわけです。

新装版2巻6話より

 そしてあかねは、ある意味自分の「恋のライバル」であるかすみに髪を切ってもらって、その髪を東風先生にも見せることで、

新装版2巻6話より
新装版2巻6話より

 気持ちの整理をつけて、東風先生への思いを断ち切り、前を向くことを決めます。ここで、物語上ほぼ初めて、乱馬とあかねが素直な思いを伝え合う、というのも、ラブコメ上ものすごく重要な転換シーンなんですが。

新装版2巻6話より

 このシーンのあかねの笑顔がめちゃくちゃかわいい。「ショートカットあかね」というイメージチェンジが、『らんま1/2』という物語のピースにがっちりはまった瞬間です。これ、『らんま1/2』という漫画の劇中、全て見渡しても屈指の名場面ではないかと思うくらい名場面なのですが。

 ここまで見ていただくと、この「あかねの髪形変更」というイベントが、

  • 当初登場していた思い人に対する、メインヒロインの気持ちの整理
  • 東風先生というサブキャラの立ち位置の明示とキャラクター固定
  • 天道かすみというキャラクターの立ち位置、そしてあかねとの関係の掘り下げ
  • 「恋敵に髪を切ってもらう」という恋愛ものラブコメ一流の作劇
  • 乱馬とあかねの関係性発展の重要なトリガー
  • 良牙とあかねの接点描写による、この後の良牙主軸展開の事前準備

 ――まで、めちゃくちゃ重要な展開を全部いっぺんに片付けてしまっている、ということをお分かりいただけるのではないかと思います。序盤の展開を全て集約して、この後のストーリー全体の方向性まで形作る、超重要イベントです。

 何より信じられないのは、週刊連載という非常に短いスパンで、しかも連載開始以降「しっくりこない」という理由で割り込んできた、いわば「ぽっと出」のエピソードのはずなのに、通して読んでみると「物語上絶対に避けて通れない展開」としか読めないことなんです。

 最序盤のこの展開がなければ、『らんま』は今ほどの名作になっていなかったかもしれない、とすら思える必須ストーリー。けどこれ、割り込み展開なんです。

 一体どういうストーリー構築力があれば、割り込みの展開に対して、しかも週刊連載のスピード感でこんなストーリーを用意できるんでしょうか……? 高橋留美子先生のストーリーテリング能力が人間離れしすぎている。

 もちろん『らんま』の面白さはここだけの話ではなく、少年漫画的な格闘展開もきっちり描写しつつラブコメとしてもお話を織り上げ、キャラクターも魅力的で、先述の「脇役の存在感がありすぎる」という点も非常に強いのですが。

 その中でもう一つ特筆しておきたいのは「物語のテンポの良さ」。とにかく出し惜しみということが一切なく、がっつり詰まったストーリーが早回しのビデオのようなスピード感で読者の前に提示される。「三千院との格闘スケート編が終わって、まさにその直後にシャンプーが登場する」という展開をあらためて読んだときには、「この物語のスピード感一体なんなん……?????」と戦慄(せんりつ)する他ありませんでしたよホント。一つのエピソードが終わって一息ついた、と思ったらすぐその次の瞬間に次の展開がぶち込まれる。絶叫系ジェットコースターか。

 つくづく、高橋留美子先生の漫画力(まんがぢから)が恐ろしいほどハイレベルだなーと、今更ながらに感心してしまった次第なのです。

 まあ何はともあれ。

 この記事で言いたかったことを一言でまとめると、「らんま全巻読み返したらあらためてめちゃくちゃ面白くって、未読の方にはぜひ通読してみていただきたい」ということでして、他に言いたいことは特にありません。よろしくお願いします。

 今日書きたいことはこれくらいです。

(C)高橋留美子/小学館



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