オスカー・ビンタ事件から半年 ウィル・スミスへのリアクションが日米で正反対だった理由 米国特有の“ロースト文化”とは(1/2 ページ)
「2人が癒され、話し合い、和解することを心から願う」とジェイダ・ピンケット・スミス。
2023年のオスカーの話へ移りつつある今でも、何かあるとTwitterトレンド入りするほど“終わっていない”感のある、アカデミー賞授賞式でのウィル・スミスによるクリス・ロックへのビンタ事件。直近では、クリスが次回の授賞式司会を打診されたが断ったと発言し、話題となっています。
授賞式から半年たつ今も、人々が関心を寄せ続けるのはなぜなのでしょうか? 米国在住者の視点から、事件の根深さを振り返り、ウィル、クリス、ジェイダ・ピンケット・スミスという当事者それぞれのヒーリング・プロセス(傷を癒し、立ち直る過程)を追ってみました。
オスカー・ビンタ事件とは?
念のため、おさらいをすると、オスカー・ビンタ事件とは、2022年3月に開催された第94回アカデミー賞授賞式の壇上で、ウィルが妻ジェイダの短髪をジョークにしたコメディアンのクリスに平手打ちをした事件です。世界中で中継された映画界最高峰の祭典中に起きた出来事で、また当事者は大スターとあり、世界中の人々がさまざまな反応を見せました。
特に、ジェイダが脱毛症に悩んでいたこと、妻を傷つけられたことへのウィルの怒りなどが理解されてからは、日本ではウィル擁護のムードが高まったように感じます。こうした中、米国ではウィルの行動への厳しい意見が大半でした。
対照的となった日米の反応 米国ではウィルの行動がアウトだった
当時の米主要メディアはほぼ全て、「どんな理由であれ、暴力は許されない」というスタンス。あるニュース番組司会者は、「アメリカで子育てをしている親であれば、子どもたちへ常に、感情をコントロールして、絶対人に手を上げるなと言いきかせていると思います。また、特にアメリカでは、有色人種の男性は怒りをコントロールしにくいという長年の先入観に苦しんでいます。だから、長きにわたって愛されてきたウィルのような存在から、このような行動を見せられるのはつらい」とコメントしていました。
また、オスカーを巡っては、2016年に俳優部門20枠を全て白人俳優が占めたことで「白すぎるオスカー問題」が取り沙汰され、会員構成、授賞式内容、ノミネート条件などにおける多様化が進められてきました。こうした中、2022年の授賞式は、プロデューサー陣をはじめ、有色人種のクリエイターによる制作チームが作り上げたもので、エイミー・シューマー、ワンダ・サイクス、レジーナ・ホールという女性3人が司会を務め、出席者や受賞者の顔ぶれも多様に。
表舞台でも裏舞台でも「リプレゼンテーション(これまで人種や性的マイノリティーとされてきた人々も、人口分布と同じように作品で描かれ、画面に登場すること)」がまた一歩進んだと感じられる式でもありました。進歩が話題になるはずだった式で、最大のニュースが「誰かが誰かを殴った」ことであることが残念でならないという沈痛なコメントもありました。
とはいえ、クリスの“ジョーク”の選択は無神経なものであり、ウィルの暴力は擁護できなくても、その気持ちに同意する人は多かったはず。多人種国家で常識も考え方もさまざまである米国では、当時も今も、ウィル、クリス、ジェイダ、それぞれの立場に共感し、その後の3人を見守る雰囲気も感じられます。
ウィルの“復帰”への道のり
あの夜、ウィルが衝動的な行動に出てしまった理由は、「自分ならともかく、家族を傷つけられたこと」。その直後に主演男優賞を受賞した役柄は、テニス界のスター、ウィリアムズ姉妹の伝記映画「ドリーム・プラン」で演じた、ときに常軌を逸した方法ながら娘たちと家族を守り通す父リチャード役でした。しかしそのリチャード本人からも、「自己防衛でない限り、暴力は容認できない」とおとがめを受けることとなりました。
事件後、ウィルはInstagramに謝罪文を投稿。自らアカデミー会員を辞任し、その後、賞を主催するアカデミーから10年間の授賞式出席禁止処分を受けました。7月29日には、ネット上の質問に答える形式で謝罪ビデオを公開。自分のやり方は完全に間違っていたこと、クリスに直接の謝罪を申し出たが、まだ話ができていないことなどを説明した上で、クリスの家族、ウィリアムズ一家、裏切ってしまった世界中のファン、晴れ舞台を曇らせてしまったノミニー仲間、自分の家族へ下記の言葉で謝罪しています。
「私も人間です。過ちを深く後悔していますが、自分を恥じてクズだと思わないように努めています。皆さんを混乱、失望させてしまいましたが、この世界に光と愛と喜びをもたらすために、全身全霊を尽くすことを約束します。皆さんが見放さずにいてくれたら、また友人になれる日が来ると約束します」
ウィルは世界的なスターであると同時に、ハリウッド業界内でも信頼されている人気者。米ソニー・ピクチャーズのチェアマン、トム・ロスマンは、今後のウィル起用について問われた際、「ウィル・スミスのことは長年知っている、彼がいい人間だということも。あの事件は、世界中が見守るなか、とてもいい人間が、とても悪い瞬間を迎えてしまった例。彼の謝罪と後悔が真摯(しんし)なものであると信じているし、許しと贖罪(しょくざい)を信じている」と語っています。
また米Appleがカンヌ史上最高額で獲得したウィル主演作「Emancipation」の公開は2023年に延期されましたが、世界中のファンもウィルの復帰を心待ちにしているのではないでしょうか。
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