監督がロケハンに本気出しすぎて本当に団地に引っ越したアニメ映画「雨を告げる漂流団地」レビュー(1/2 ページ)
令和版「無人惑星サヴァイヴ」だった。
アニメ映画「雨を告げる漂流団地」の劇場公開とNetflixでの配信が9月16日からスタートしている。
本作はスタジオコロリド制作で、「ペンギン・ハイウェイ」(2018)などで高い評価を得ている石田祐康監督の最新作。アニメファンの大人はもちろん、子どもにも夏の終わりに見てほしいと心から思える内容となっていた。具体的な魅力を紹介しよう。
「無人惑星サヴァイヴ」や劇場版「ドラえもん」を思わせる理由
本作のあらすじは、団地に忍び込んでいた小学生たちが不思議な現象に巻き込まれ、なぜか団地ごと海の上に漂流してしまい、なんとか帰る方法を探す……というもの。
マンガ「漂流教室」の学校が団地に置き換わったような設定だが、実際に見て個人的に印象が近かったのは、2003年からNHKで放送されていたテレビアニメ「無人惑星サヴァイヴ」だった。
「雨を告げる漂流団地」と「無人惑星サヴァイヴ」はどちらも主人公が少年少女であり、楽しいばかりの内容ではなく、食料や水を得るために工夫や挑戦をしていくさまや、時折見せる胃が痛くなりそうなギスギスした空気など、視聴者を甘やかさないシビアな作劇が共通している。高飛車なお嬢様、穏やかで優しい男子など、個性豊かなキャラクターと、その関係性もどこか似ていた。
はたまた、劇場版「ドラえもん」や映画「学校の怪談」シリーズのような、「子どもたちだけの(ちょっと怖い体験も込みの)ひと夏の冒険」を期待する人も楽しめるだろう。ケンカをしてしまうことがあっても、協力してピンチを乗り越えるなど、かけがえのない信頼と友情が育まれていくジュブナイル冒険物語として正統派な作りになっていたのだから。
もちろん、スタジオコロリドによる超ハイクオリティーなアニメーション表現もフルスロットル。かわいいキャラクターの表情はコロコロと変わり、素早くがれきを登るアクションなども細やかかつダイナミックに描かれている。時には美しく、時には恐怖を覚える水(海)や光の演出にも圧倒された。
配信で見るのももちろん良いが、可能であればより世界観に没入できる劇場での鑑賞をおすすめしたい。
団地が好きすぎて実際に住む石田監督
石田監督は本作で少年少女が漂流する上で「機動戦士ガンダム」におけるホワイトベースのような母艦や帰る場所があるといいと考え、学校や東京タワーなどいろいろなアイデアを出した中で、ビジュアルへの愛着から屋上が甲板にも見える“団地”を選んだのだと明かしている。
石田監督の団地に対する思い入れと憧れは並々ならぬものがあるようで、なんでも制作に合わせて本当に団地に引っ越しをしており、団地の魅力を熱く語ったブログ記事を書いているほどだ。そして最初こそ「住むのが最大のロケハン」と考えていたものの、今では映画とは無関係に純粋に団地生活を楽しんでいるという。
MANTANWEBのインタビューでは「なぜ団地が好きなのか?」と問われ、「清潔な白壁」「造形を極限までそぎ落としたミニマルなところ」「建物と建物の間隔に余白があって緑もあること」など、やはり独特のこだわりについて語っている。
ちなみに、劇中の団地は劇場版「デジモンアドベンチャー」などと同じく旧ひばりが丘団地(西東京市・東久留米市)がモデル。しかも、団地愛好家として知られる照井啓太さんが「団地監修」を務めている。団地マニアであればそのディテールのこだわりに気付かされるところもきっとあるだろう。
誰にでもあるかけがえのない場所
団地はデザインだけでなく、その「歴史」も物語に反映されている。実は劇中の団地は取り壊しが進んでおり、子どもたちからは「おばけ団地」とも呼ばれてしまうのだが、主人公の1人である少女・夏芽はそこに住んでいたころの思い出を大切にしすぎるがあまり、取り壊しを受け入れられずにいるのだ。
その夏芽の思いは、やがて「誰にでもあるかけがえのない場所」を肯定する、尊いメッセージへとつながっていく。実際に、石田監督は公式サイト上のコメントで次のようにつづっている。
きっと誰にでもある大切な場所は往々にして他人にとっては他人事。でもだからこそ“自分だけの特別な体験”がそこにあったはず。そういう個人的な体験を他人に伝えるのは難しいことですが、そこから飛び出てくる熱量を前にすると、せめて自分だけでも信じてやれないものかとなって……。
夏芽はいつまでも団地に執着していることを、自分でもウジウジしすぎだと思っているし、幼馴染の少年・航祐もそのことでイライラを募らせている。また、夏芽は、団地に住んでいたときに航祐の祖父を「やすじい」と呼び本当の家族のように慕っていたのだが、そのやすじいが亡くなったことも、夏芽と航祐がギクシャクしてしまうきっかけになっていたりする。偶然サバイバルに巻き込まれた他の子どもたちは、当然こうした思い入れを理解できるはずもない。
国内の団地の多くは高度経済成長期に建設されており、戦後日本の原風景ともいえる存在である。本作ではそんな団地を巡り、一度は不仲になってしまう少年少女の関係を通じて、大切な場所で過ごしてきた思い出を肯定し、前向きになれる優しいメッセージを投げかけてくれていた。
団地に限らず、子どものころに(大人になっても)好きな場所があった、または慕っていた人がいたという人にとって、きっと福音となる一作だ。
新海監督や吉浦監督に次ぐ目覚ましいキャリア
石田監督は1988年生まれで現在まだ34歳。2009年に発表した自主制作アニメ「フミコの告白」で一躍脚光を浴び、2013年に短編「陽なたのアオシグレ」で劇場デビュー。2018年の「ペンギン・ハイウェイ」で日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞するなど、目覚ましいキャリアを歩んでいる。
自主制作作品から商業作品へと駆け上がり、しかもオリジナル企画で高い評価を得るという来歴は、「ほしのこえ」(2002)から「君の名は。」(2016)の新海誠監督や、また「ペイル・コクーン」(2006)から「アイの歌声を聴かせて」(2021)の吉浦康裕監督を彷彿とさせる。
スタジオコロリドもまだ設立から11年と比較的若いスタジオで、石田監督はその中でこれまでスピーディーかつ堅実に新作を積み重ねてきた。間違いなくアニメ界で再注目の若手監督の1人であり、今後も飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍が期待できる。
何より、いずれの作品も空間を駆け回る描写が素晴らしく、アニメ映画という枠組みのさらなる進化も予感させる。このキャリアと作品をリアルタイムで追う楽しみという意味でも、ぜひ「雨を告げる漂流団地」をご覧になってほしい。
(ヒナタカ)
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