「映画ドラえもん のび太と空の理想郷」レビュー 挑戦的なテーマの確かな意義、だが危うさが付きまとう理由(2/3 ページ)
作り手のプレッシャーと原作リスペクトが大いに感じられた。
また、劇中では「そのままの自分でいい」というメッセージが掲げられている。これは2020年公開の「STAND BY ME ドラえもん2」に通ずる、努力や成長を否定しかねないものだ。過去のレビューでも指摘したが、「ドラえもん」は本来、のび太の成長を否定しない物語であり、その点でも齟齬を生む描写となっていた。一応、この「空の理想郷」の最後ののび太のセリフは「そのままでいいわけがない」ことを示すものであり、最低限のバランスは取れていたが……。
そもそも、パーフェクトを目指すのも、悪いことではないのではないか。パラダピアは住民を洗脳しているのでもちろん間違ってはいるのだが、その場所が本当に救いになっており、そこに居続けたいと願う者がいるといった描写があっても良かったと思う。それで洗脳の恐ろしさをより際立たせることもできるし、一概にパーフェクトを否定しないことにもつなげられるのではないか。パーフェクトを否定する、個性や多様性を肯定する、その二項対立があまりに極端すぎると思うのだ。
近年公開された児童向けのアニメ映画で、本作と同様に“表向きにはユートピアだが実はディストピア的な学びの場所”を舞台とした作品としては、「クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園」(2021年)がある。こちらは押し付けがましくない形で個性や多様性についてのメッセージを提示していただけに、「空の理想郷」のバランスを欠く描写が目についてしまった。
また、メッセージが説明的かつ直接的すぎること以外でも、今回の脚本は感心しない部分が多かった。序盤の伏線がクライマックスに回収されるのは映画の「ドラえもん」らしくもあるが、今回は伏線のために置かれた伏線のような、あからさまな印象が否めない。終盤のとある感動を呼ぶようなシーンも唐突で、展開自体が今まで語られていたテーマとかけ離れているし、とあるロボットが登場するディズニーアニメ映画の雑なコピーに思えてしまった。
元ネタっぽいエピソードもある?
今回の「空の理想郷」は原作のないオリジナル作品ということだが、「ドラえもん」原作コミック26巻収録の「のび太の地底国」を読み比べると味わい深い。何しろのび太が0点(他にも低い点数)のテストを隠そうとして、「理想」を目指すのが物語の発端となっているので、下敷きにしている可能性はある。こちらはのび太が全体主義的な国家の独裁者となりしっぺ返しを受けるという話でもあり、今回の「空の理想郷」はのび太が同様の場所の住民となって苦悩する、ブーメランになって帰ってくるような話でもあるのだ。
さらに、『モジャ公』における「天国よいとこ」のエピソードも、この「空の理想郷」に近いものがある。理想的で天国のように思えてきた場所が実は……と明かされる過程が下手なホラーよりも怖く、藤子・F・不二雄の大人向けSF短編集に近いダークな一編だったのだ。
そういう意味では、「空の理想郷」は原作者である藤子・F・不二雄の「らしさ」も存分にあると言ってもいいだろう。古沢良太はパンフレットで、藤子・F・不二雄を尊敬しているからこそ恐れ多く一度はオファーを断ったこと、それでも「しっぽの先に触れたい」思いで挑戦したことなども語っている。そのプレッシャーとリスペクトも、確かに出来上がった作品から大いに感じられた。
一方で古沢は、パンフレットで「僕の個性を出すことも考えていたんですが、実際に書き出すとそんなおこがましい思いは一切捨てざるを得なくなってしまいました」とも語っていた。しかし、前半に伏線をばらまいた後で“実はこうでした”と回収する様が不自然で、説明的なセリフが多すぎるあたりで、正直に言って悪い意味での個性も出てしまっていたようで、とてももったいなく思った。
もう少しだけでも、メッセージが説教くさかったり押し付けがましくならないように工夫した、もっと見た人それぞれが主体的に考えられる内容にしてほしかったところだ。直接的すぎるメッセージは近年の映画の「ドラえもん」で気になっていたことだが、今回の「空の理想郷」ではなまじカルト宗教的な洗脳が描かれているために、完全にノイズになってしまったのは皮肉的だ。
とはいえ「空の理想郷」は決して駄作ではない。最初に掲げた通り、今日的かつ挑戦的なテーマを取り上げ、広くファミリー層が見る映画のドラえもんで提示したことに、確かな意義がある。次回作では、テーマやメッセージが先行しすぎない、もっと素直に冒険やセンス・オブ・ワンダーを楽しめる内容を期待したい。
(ヒナタカ)
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