なぜ土屋鞄製造所のランドセルにアクセスが集中したのか―― 人気の秘訣と、創業者が語るかばんへの思い
7月1日にアクセスが集中し話題となった土屋鞄のランドセル、その裏側を探ります。
今年で創業51年目を迎える老舗のランドセル工房「土屋鞄製造所」が今、インターネット上で急激に注目を集めている。来年分のランドセルの受注が始まった7月1日には、サイトにアクセスが殺到し一時つながりにくい状態に。Googleの急上昇ワードの2位にも「土屋鞄」が入るなど大きな話題になった。
注目を集めるようになった理由は、職人が手作りで製造する革製のランドセルにある。シンプルなデザインと丈夫さを武器に、口コミで徐々に人気が拡大。注文開始と同時に「自分の子どもにいいランドセルを使わせたい」と考える親が殺到した形だ。
その時のアクセス数は12時間で約350万。ランドセルの注文が年々早まっていることを受け、昨年度の8倍のアクセスを見越しサーバを増強したが、予想を大きく上回る20倍のアクセスがあったため、つながりにくくなったのだという。1965年に足立区の小さなランドセル工房から始まった土屋鞄は、15年程前から大人向けのかばんも取り扱い、幅広い層から支持を得ている。
創業者である土屋國男さんは現在78歳。中学卒業後、岐阜県から上京しかばんメーカーに勤めた後、修業を経て東京都の足立区で土屋鞄製造所を立ち上げ、現在も職人としてランドセル作りに携わっている。今回、アクセスが集中した背景を伺うとともに、これまでの土屋鞄の軌跡を創業者・土屋國男さんと広報担当者に話を聞いた。
かばんを持つ人が引き立つようなデザインを
―― 土屋鞄製造所はどのようにスタートしたのでしょうか。
土屋 昭和28年(1953年)に入った会社で、ランドセルの材料を調達する仕事をしていて、10年ほど職人さんと交流していく中でランドセルづくりを学びました。その後職人の元で修業し、足立区で独立したんです。最初はランドセル一本で、今では大人向けのかばんも手掛けています。
広報 大人向けのかばんを始めたのは15年程前からですね。ランドセルを購入する方はやはりご家族で来店されるのですが、ランドセルを見にいらっしゃった中で親御さまたちから「自分たちのかばんも欲しい」という声をいただくようになって、それから少しづつ手掛けるようになったんです。
―― 土屋鞄の商品の特徴として、デザインのシンプルさがあると思います。ロゴも目立たないところに配置されたりしていて控えめな印象ですが、何か理由があるのでしょうか。
土屋 「しっかりした作りでシンプルなデザイン」というものは品格があると思っています。ランドセルは6年間持つものですが、小学1年生と小学6年生では心身ともに成長していきます。そんな中で飽きのこないものとなると、目立つ飾りを着けるのではなく、やはりシンプルでないといけないと考えています。
大人向けのかばんもこの考え方を踏襲してデザインされています。ランドセルと同じように“何年も使えるかばん”を作るには、時がたっても持ち主に似合うデザインでなくてはいけません。
広報 そういう意味でも、私達がなにか主張したかばんではなく、“かばんを持つ人を引き立てるようなデザイン”を目指しています。シンプルだけれども見えないところに気を使っていて、革は使い込むことで味わいが出るので、持つ方の相棒のようなかばんになってくれればと思います。
―― ランドセルについてデザインのマイナーチェンジは行っているのでしょうか。
土屋 大きい変化はないですが、大きさが変わったり毎年細かく作りを改良したりはしています。
広報 昔はB5サイズの教科書が学校で使われていたのですが、今だとA4サイズのものが使われています。先生が出すプリントもA4サイズになったり、保護者向けのプリントがクリアファイルに入れられたりすることもあるので、それに合わせたサイズに作り直しています。
土屋 僕が就職した当時はランドセルの縦幅が27センチでしたが、現在は31センチありますし、昔はクッション材に布団の打ち直しの残り綿を使ったり、背面には板ボールを使ったりしていました。大きくなると当然本来は重くなるのですが、現在は素材の改良が進み、今のランドセルの方が軽くなっているんです。
―― ランドセル製造業として、少子化の影響などはあるのでしょうか。
広報 土屋鞄は一人で始めて徐々に仲間を増やして……という小さなところからのスタートなので、そもそもあまり大きな規模ではないんです。少子化により1人のお子さまに対する思いや使えるお金が増えていますし、特にランドセルは一生に一度の大切なかばんなので、“こだわりの1つは欲しい”と土屋鞄を検討してくださる方が増えたようにも感じています。
―― 2015年に発売された「OTONA RANDSEL」ですが、どういう経緯で生まれたのでしょうか。
広報 もともと背負い心地がいいとか、箱型だと書類の形が崩れず運べるとか、子どもが6年間使い続けられる頑丈さであるとか、ランドセルには日本の職人が進化させてきたさまざまな利点があります。昨年が創業50周年の節目ということもあり、その機能美を大人の方にも味わって欲しいと考えて、新たな挑戦としてデザイナー・職人とスマートで大人にふさわしい仕事かばんを手掛けました。
開発中の時期には、海外の女優さんがランドセル背負っている写真が出たりして(笑)。偶然ではありますがランドセルが再評価される時流があったり、最近はビジネスマンの間でも背負うタイプのかばんを使う人が増えてきていたことも人気を後押ししたかなと感じています。「OTONA RANDSEL」はご夫婦で兼用する方や、1個目が良かったから2個目を購入したという方もいらっしゃいますね。
職人を続ける理由と、革に込めた思い
―― 土屋鞄で扱っているかばんはほとんどが革製ですがなぜ革にこだわるのでしょう。
土屋 勤めているとき革屋さんに出入りしていて、職人さんの大変な苦労のすえ、丈夫で素晴らしい革ができることにとても感動しました。昔から、本物に触れてきたので革への思い入れは強いんです。革は扱うのが難しいので、一般的に革素材は敬遠されがちですし、革を扱う職人も減っています。確かに手間がかかる素材ですが、その苦労に見合う品質のかばんが作れるので革製にこだわってやっています。革の目利きである職人が状態のよいところを選別したものを使って作っています。
―― 創業者である土屋さんは現在も職人として働いていると聞きました。
土屋 僕は職人としてスタートしていますから(笑)。手の節が盛り上がるほどひたすら第一線で作ってきました。今は工房をまわって職人の仕事をみたり、声をかけたりと指導をしています。
―― 例えば事務を中心にした仕事をしたりということは……。
土屋 全然やらないです。どのくらいでどういう材料が必要かなど仕入れのところから理解していますし、他の職人がどういう仕事をしているのか音を聞けばなんとなく分かります。職人っていうのは体が動く限りできますから、今後も職人を続けていくつもりです。
広報 土屋は“お父さん”と呼ばれて皆に慕われていて、何かあれば相談しますしプライベートでも20代のスタッフと一緒に登山に行ったりします。もう一人の土屋と同い年の職人も、スノーボードに行ったりとか、みんな元気なんです(笑)。
口コミで広がった土屋鞄
―― アクセスが集中するほど人気となった土屋鞄のランドセルですが、ネットで話題になり始めたのはいつごろからだったのでしょうか。
広報 騒動になってご迷惑をおかけしたという意味では今年が初めてです。年々ランドセルを注文される時期が早まっており、今年は前もってご家族で検討していただけるようにランドセルの先行展示を1カ月前から始めました。その時からかなりのお客さまがいらっしゃっていた中で「土屋鞄のランドセルはすぐ完売してしまうのではないか」という話が出てきてアクセスが殺到したのではないかと考えています。
それを想定して準備をしていたのですが認識が甘く、予想を上回る量のアクセスがあり、多大なご迷惑とご不便をおかけしてしまいました。その後、すぐ完売にならないように生産体制の調整を行って、実際に完売したランドセルが出たのは7月16日でしたが、今でもベーシックなモデルのランドセルは購入できます。
―― 売り上げとしては、実店舗とオンラインではどちらの方が多いのでしょうか。
広報 今年は店頭混雑の緩和のため、先行展示やオンラインでの注文をしやすい環境を整えました。結果、アクセスが集中してしまったのですが、オンライン注文が増えたのは確かだと思います。昨年ですと店舗限定の商品なども多かったのですが、それを減らしたのでオンラインでの販売が伸びた、というのもあると思います。ただ、皆さん一度はお店でランドセルを検討された方がほとんどだと思いますね。
―― 会社としてネットを活用していこうという流れがあるのでしょうか。
広報 作り手の思いや、商品に込めたこだわりを伝える場の1つとして、自社サイトやSNSなど大切に取り組んでいます。アンケートを取ってみると口コミで知った方が一番多く、例えばママ友同士の会話の中で「ランドセルどうする?」という話になって、それで「土屋鞄使っててよかったよ」という話が出て土屋鞄を知っていただくことが多いようです。私たちは広告宣伝などほとんどしていませんし、カタログも自分たちで作りますし……自社サイトもそうですが自分たちで全部やっていますので、お客さまからの反響は励みになります。
―― SNSの活用なども積極的に行っていますね
広報 兼任ですが社内にSNSのチームがありまして、活用しているのはFacebookとInstagramですね。私たちから発信するのもそうなんですが、SNSを通じて「こんな方が使ってくれている」という姿を見られるのがうれしいんです。
例えばInstagramで「土屋鞄」のハッシュタグを付けて投稿される写真には大人向けの製品も多いのですが、ランドセルは成長を感じられる特別な品物として「写真に収めておきたい」という気持ちもあるようで、ランドセルを背負った子どもの写真もたくさんあります。また、春になると、新一年生のご家族からの声が工房にたくさん届くんですよ。
(2016年11月2日 土屋鞄製造所・西新井本店にて)
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「名言」連発の手紙に思わずホロリ。
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