「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」は創作だった? “わがまま王妃”じゃない21世紀のマリー・アントワネット像

歴史に革命を起こすマンガかもしれない。

» 2016年12月17日 15時10分 公開
[城川まちねねとらぼ]

 フランスのヴェルサイユ宮殿監修の下、9月に刊行された漫画「マリー・アントワネット」。「ボーイフレンド」「チェーザレ 破壊の創造者」などで知られる惣領冬実さんが、現物の資料などを基にマリー・アントワネット像の真実を描いた同作は日仏同時出版され、フランス革命時代の史実だと長く信じられていた部分に最新の歴史的事実をもって革命を起こしています。

惣領冬実「マリー・アントワネット」 「マリー・アントワネット」(画像はAmazonから)

 マリー・アントワネットといえば、オーストリア大公マリア・テレジアの末娘として、フランスとの同盟を強固にするため14歳でルイ16世の下に嫁ぎ、38歳で処刑されるまでの波乱の人生が有名。とりわけ、国税を浪費しぜいたくざんまいの生活を送った「わがままな王妃」のイメージが強く、民衆から嫌われついに処刑されてしまう人生はあまりに劇的です。

フランス観光に外せないヴェルサイユ宮殿。でかい

 しかし一方で、「ロココ美術の象徴としてのマリー・アントワネット」も多くの日本人女性を引き付けています。貝殻やレースのようなきゃしゃでロマンチックなモチーフで飾り立てた西洋独特の装飾美を取り入れたマリー・アントワネット。さらに頭を鳥かごやイギリス戦艦の模型で大きく盛るような奇抜なヘアスタイルを次々発信したことも当時のファッションリーダーとしての彼女の一面です。

 しかし今日では、前者については多くが間違いだったとの見解が強まっています。例えば「背が低く小太り」とされていたルイ16世は、実際には背が高く理知的な人物、マリー・アントワネットも民衆に寄り添う気持ちを持った思いやりのある女性だったのではといわれています。

コンコルド広場 マリー・アントワネットが処刑されたコンコルド広場

 「マリー・アントワネット」フランス側の出版社であるグレナは、同国で日本の漫画を扱う出版社としては最大手で、「ドラゴンボール」「ワンピース」などフランスでも人気のタイトルを刊行しています。グレナで日本の漫画出版を担当している稲葉里子さんにお話を聞きました。

―― フランス革命の時代について、日本では他国には見られないほどマリー・アントワネットの印象が強くあります。日本人にとってマリー・アントワネットが人気になるような文化的・歴史的な理由があると思われますか?

稲葉 日本では幼いころから西洋の童話に親しむ方が多いので、そこに登場するお姫さまへの憧れが根本的にあるのではないでしょうか。歴史に名を残す人物は一般的に、政治的な行動で知られる方が多い中、マリー・アントワネットは珍しくファッションなどの個人的な面が強調される女性ということで、歴史的背景をあまり知らなくても親しみやすいのかもしれません。

―― 日本でフランス革命時代の漫画というと、池田理代子さんの「ベルサイユのばら」が有名です。同作はフランスでもよく知られた作品なのでしょうか。

稲葉 フランスで日本のマンガが出版され始めたのは1980年代後半で、本格的なマンガブームが起きたのは90年代です。つまり、一般のフランス人は残念ながら「ベルサイユのばら」にリアルタイムで触れておらず、一部のマニアにのみ知られる作品となっています。

 現在、日本のマンガが多くの人々に親しまれるものとなっている状況で今回「マリー・アントワネット」を刊行したことにより、「ベルサイユのばら」にも注目が集まるという、むしろ日本とは真逆の現象が起きているように思えます。

―― 「ベルサイユのばら」と同時代を扱う「マリー・アントワネット」を作品として比較したとき、どのような相違点や類似点がありますか。

稲葉 「ベルサイユのばら」は1970年代に描かれた作品なので、当時主流とされていたシュテファン・ツヴァイクの解釈をベースにしていると思います。しかし、それ以降の研究などで幾つか新事実が確認され、ルイ16世の悪評なども覆されています。「マリー・アントワネット」は、現在歴史的事実とされていることを忠実に描いた作品です。

 さらに「ベルサイユのばら」はオスカルという想像上の人物の存在も大きいですし、少女マンガはキャラクターの関係性でお話ができるものなので、同じ時代を背景にした全く別の物語としてどちらの作品も楽しめるはずです。これは視点や解釈によって同じ事柄が全く違って見えてくる、という歴史の面白さにも通じるかもしれませんね。

―― 「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」という有名なせりふは長く史実と信じられてきましたが、なぜこのような誤解が生まれたのでしょう?

稲葉 これはルソーの自伝の中で「ある高貴な女性」のせりふとして出てくる言葉ですが、そもそもこの発言自体創作ではないかといわれています。たとえこの発言が事実だったとしても、この文章が書かれた時代にはマリー・アントワネットは幼く、まだフランスに嫁いでもいないので、その「高貴な女性」が彼女であったはずがありません。

 しかし、非常に象徴的かつ印象的な言葉なので、革命後に「飢える人民とおごる王族」という関係性を強調するために、史実として長らく語り継がれてきました。歴史が勝者の都合の良いようにゆがめられていくことをよく表していると思います。


 フランスでは「ナルト」などを出版するカナが取り扱う「ベルサイユのばら」は、今回の「マリー・アントワネット」の刊行によって大手紙にも取り上げられています。

 Le Monde紙は「マリー・アントワネット 日本人の情熱」と冠した記事 の中で、同作は日本人がフランス語とヴェルサイユ宮殿に夢中になるきっかけとなり、観光客も増加させたとしており、LE FIGARO紙は1970年代に「ベルサイユのばら」によってマリー・アントワネットはアイコンとして広く普及したとしています。

 フランスの出版人として、「ベルサイユのばら」も「マリー・アントワネット」もそれぞれの異なった魅力を楽しんでほしい、と稲葉さんは語っています。

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