「シャーロック・ホームズ」挿絵に秘められた暗号 キリスト教モチーフから読み解くホームズの「神秘の妻」とは(2/3 ページ)

» 2017年09月02日 12時05分 公開
[寺本あきらねとらぼ]

ホームズを負かした唯一の女性

 バジェットがイエスや使徒になぞらえたのは、ホームズとワトソンだけではありませんでした。ホームズを負かしたただ一人の女性、アイリーン・アドラーはシリーズでも屈指の人気キャラクターですが、彼女にも驚きの「符号」を見て取ることができます。

「シャーロック・ホームズ」挿絵に秘められた暗号 キリスト教モチーフから読み解くホームズの「神秘の妻」とは ホームズが仕組んだ乱闘シーン。赤がアイリーン・アドラーで、緑が右手に持っているもの、青が車輪(着色は筆者によるもの)

 アイリーン・アドラーの前で、牧師に扮したホームズが芝居を打つ場面。アイリーンの右手に注目するとパラソル風のものを持っていますが、まるで細長い「葉」のように見えます。これが「シュロの葉」だとすれば、キリスト教絵画では「殉教者」の象徴を意味します。彼女が身にまとうベールは結婚式で使用した「結婚のベール」で、左手には大きな「リング」。そして、隣には車輪が置かれています。この車輪、おかしな場所に置いてあると思いませんか? 実は、これこそが謎を解くカギなのです。

「シャーロック・ホームズ」挿絵に秘められた暗号 キリスト教モチーフから読み解くホームズの「神秘の妻」とは カラヴァッジオ「聖カタリナ」。車輪・剣は「聖カタリナ」のアトリビュート(持物)。手前にあるのは「殉教のシュロ」

 「車輪」をアトリビュート(持物)に持つ「殉教者」の女性は「アレクサンドリアのカタリナ」、別名「車輪のカタリナ」だけです。しかも「カタリナ」のアトリビュートには、挿絵に描かれている「結婚のベール」「リング」も含まれています。以上のことから、アイリーンが「カタリナ」に見立てられているとみて間違いないでしょう。

誇り高きカタリナとアイリーンの類似性

 「カタリナ」は紀元3世紀ごろのアレクサンドリア知事、コンストゥスの娘で、当時最高の教育を受け、両親に「名声、富、容姿と知性で自分を超える男でなければ結婚しない」と宣言したという逸話があります。「カタリナ」は、キリスト教を弾圧しているローマ皇帝マクセンティウスに会いに行き、皇帝が送り込んだ50人の賢者を全員論破します。

「シャーロック・ホームズ」挿絵に秘められた暗号 キリスト教モチーフから読み解くホームズの「神秘の妻」とは マソリーノ画。異教の賢者を論破するアレクサンドリアのカタリナ

 最後は皇帝自身に言い寄られますが、異教徒に従うカタリナではありません。投獄され、車裂きの刑にかけられますが、自然に車輪が壊れ、最後は剣で首を切られて殉教します。

「シャーロック・ホームズ」挿絵に秘められた暗号 キリスト教モチーフから読み解くホームズの「神秘の妻」とは マソリーノ画。車裂きの刑にかけられるカタリナ。天使が刃を切っている場面

 つまり、アイリーンが「カタリナ」であるとすると、ボヘミア王は「皇帝マクセンティウス」、ホームズは皇帝が送り込んだ「50人の賢者」に対応します。この読解が正しければ、たとえホームズに賢者50人分の能力があったとしても、アイリーンに勝てるはずがありません。そして物語上では、その通りの結果になるわけです。

「シャーロック・ホームズ」挿絵に秘められた暗号 キリスト教モチーフから読み解くホームズの「神秘の妻」とは ちなみに「聖カタリナ」は十四救難聖人の一人で、ケンブリッジ大学、セント・キャサリンズ・カレッジの紋章の車輪はもちろん「カタリナ」に由来します(「キャサリン」は「カタリナ」の英語読み)

ホームズの「神秘の結婚」

 ところで、「カタリナ」には、別の伝承があります。それが「神秘の結婚」(Mystical Marriage)という伝承で、「カタリナ」は聖母マリアによってイエスと結婚したというものです。

「シャーロック・ホームズ」挿絵に秘められた暗号 キリスト教モチーフから読み解くホームズの「神秘の妻」とは Barna da Siena作。(1340年ごろ)カタリナ「神秘の結婚」
「シャーロック・ホームズ」挿絵に秘められた暗号 キリスト教モチーフから読み解くホームズの「神秘の妻」とは 画家不詳。中央が聖母マリア、膝の幼子がイエス、左の女性が「アレクサンドリアのカタリナ」で剣と車輪のアトリビュートがある。見えにくいがイエスがウェディングリングをカタリナの指にはめようとしている

 「ボヘミアの醜聞」冒頭に、「ホームズにとって彼女はいつでも the woman だった」という一文があります。「the woman」 には「ただひとりの女性」の意味があり、ホームズがイエス、アイリーンがカタリナに対応することを考えれば、両者が「神秘の結婚」をしていたと読み解くことができます。シドニー・パジェットはアイリーン・アドラーがシャーロック・ホームズの「神秘の妻」だという解釈を挿絵の中に忍ばせていたのです。

「シャーロック・ホームズ」挿絵に秘められた暗号 キリスト教モチーフから読み解くホームズの「神秘の妻」とは 「『聖ルチアの画家』の聖母と聖女」。「神秘の結婚」を聖母と10人の聖女が祝福する場面。左から5人目、車輪模様のローブを着ているのが「聖カタリナ」。アトリビュートで、全員の名前が分かる。例えば、ひざまずく姿勢で金の軟膏壺を持つのが「マグダラのマリア」、赤いドレスを着て、膝に子羊を置く長髪の女性は「聖アグネス」。聖母マリアの後ろのタペストリーの模様にMの文字が見える

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/14/news189.jpg 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  2. /nl/articles/2411/14/news014.jpg ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. /nl/articles/2411/14/news187.jpg 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  4. /nl/articles/2411/14/news167.jpg 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  5. /nl/articles/2411/15/news016.jpg 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  6. /nl/articles/2411/13/news176.jpg 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  7. /nl/articles/2411/15/news009.jpg 高2のとき、留学先のクラスで出会った2人が結婚し…… 米国人夫から日本人妻への「最高すぎる」サプライズが70万再生 「いいね100回くらい押したい」
  8. /nl/articles/2411/15/news058.jpg 「腹筋捩じ切れましたwww」 夫が塗った“ピカチュウの絵”が……? 大爆笑の違和感に「うちの子も同じ事してたw」
  9. /nl/articles/2411/14/news023.jpg “膝まで伸びた草ボーボーの庭”をプロが手入れしたら…… 現れた“まさかの光景”に「誰が想像しただろう」「草刈機の魔法使いだ」と称賛の声
  10. /nl/articles/2208/06/news075.jpg 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
先週の総合アクセスTOP10
  1. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  2. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  3. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  4. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」
  5. イモト、突然「今日まさかの納車です」と“圧倒的人気車”を購入 こだわりのオプションも披露し光岡自動車からの乗り換えを明かす
  6. 「この動画お蔵かも」 親子デートの辻希美、“食事中のマナー”に集中砲火で猛省……16歳長女が説教「自分がやられたらどう思うか」
  7. 老けて見える25歳男性を評判の理容師がカットしたら…… 別人級の変身と若返りが3700万再生「ベストオブベストの変貌」「めちゃハンサム」【米】
  8. 「ガチでレア品」 祖父が所持するSuica、ペンギンの向きをよく見ると……? 懐かしくて貴重な1枚に「すげえええ」「鉄道好きなら超欲しい」と興奮の声
  9. 「デコピンの写真ください」→ドジャースが無言の“神対応” 「真美子さんに抱っこされてる」「かわいすぎ」
  10. 「天才」 グレーとホワイトの毛糸をひたすら編んでいくと…… でっかいあのキャラクター完成に「すごい」「編み図をシェアして」【海外】
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた