人生の異世界トラックに跳ね飛ばされた東大ラノベ作家、コミケで結界をつくる:東大ラノベ作家の悲劇――鏡征爾(1/2 ページ)
誰かに認めて欲しかった。存在を認めて欲しかった。
序
雪が降っていた。2018年1月22日東京は大雪に襲われた。
極寒のなか、僕は雪まみれになりながら都市の路傍に、
東京喰種のコスプレをして佇んでいた。
指先はかじかんでいる。足の先は感覚がない。
戦闘時の金木研のコスプレ衣装はレイザーラモンHGも真っ青の露出度で、
ピッチピチできつくて、寒くて死んでしまいそうだった。
そして僕はNHK前に来た。
NHK前に来たのだ。一体何をしに?
わからない。こいつ大丈夫か……と思われそうだが、わからないものはわからないのだ。
抗議の意味をこめてきた、というわけでもなければ、
「NHKにようこそ!」の聖地巡礼に来た、というわけでもない。
ただ純粋に、日本の放送の象徴ともいえる建物が、
真っ白に染まる――その瞬間が見たかった。
人類が終わる時はこんな感じなのかな。などと思いつつ、
雪のコスプレをした日本放送協会を眺めながら、僕は喫茶店に入った。
そして、この原稿を書いている。
――コミケでのコスプレデビューを、心に浮かべながら。
1 われわれはどこから来たのか なぜコスプレをするのか(ゴーギャン)
数多くの傑作アニメを送り出してきたNHK。
それがいま、雪に埋もれている。僕の記憶も埋もれている。
埋もれた過去の記憶を掘り起こすように、僕は、あの場所を思い出す。
「コミックマーケット」
同人誌即売会のイベントとして、知らない者はいないだろう。
日本最大級の祭典である。
3日間の来場者数は50万人にものぼる。
年間で100万人も来場する。
日本は一体どうなってしまったのだろうか。
だが、僕が今回書きたいのは、
そこでの二次創作や同人活動うんぬんのやりとりではなく、
コスプレなのだ。
コスプレは、今でこそ市民権を得たようにみえるが、
かつては、
「やってることがリア友にバレたら一発アウト」クラスの覚悟がいった。
実際、大学時代の友人には、学内の共有ネットワークの個別フォルダに大量の自撮りのコスプレ画像をいれていたことを指摘されてしまい、距離を置かれてしまった。気になっていたクラスの女子にも引かれてしまった。
多くの方々は、日常の世界では、コスプレをしているという事実を、内緒にしていたように思う。
では、何故、僕はそんなリスクを背負ってコスプレをしたのか?
そもそも当時は、リスクなんて考えることができないほど、あたまが悪かったというのもある。
しかし、共通の知人もおらず、誰の助けもなく、モデルとしての経験もなく、そもそもメイクすらしたことがない、そんな状態で、いきなりコスプレ広場に完全武装して参戦するのは、相当ハードルが高かったことだけは事実だ。
にもかかわらず、僕はやった。やってしまった。
いつの間にか衣装を自作して完全武装してコスプレしていた。
「僕は自動的なんだよ」
そんな名台詞で知られる上遠野浩平先生の生んだ伝説の登場人物、ブギーポップのように、一心不乱にミシンをカタカタと動かし、気付いたら自動的にコスプレ広場にいた。
「ブギーポップは笑わない」では、衣装を帽子の小物に至るまで全作した。
「ガンダムSEED」のキラ・ヤマトでは、カメラを構えた中学三年生くらいの女の子に「キラっぽく泣いて下さい」と言われ困惑していたところ、舌打ちされて半泣きした。
「D.Gray-man」のアレン・ウォーカーの手を造形するのに手間がかかりすぎて衣装まで手がまわらずに、ヤフオクで日本語のあやしい中国業者から買ってしまった。他にも色々やった。
今年の冬コミでは「東京喰種」の金木研のコスプレをした。
全部好きなキャラだ。
本当に大好きで、憧れていたキャラクターたちだ。
好きで好きで好きで、『好き好き大好き超愛している』(舞城王太郎)というくらい好きなキャラクターの、コスプレをした。
そしてこのままでは「ダーリン・イン・ザ・フランキス」のゼロツーのコスプレをしてしまう。
ゼロツーが可愛すぎて女装してしまう。
われわれはどこから来て、どこに行くのか?
――コスプレ広場に、行くのである。
2 コスプレが作家志望時代の欠落を埋めてくれた
なぜ、自分はコスプレをしたのだろうか?
いまでも、正直、わからないところがある。
ただ、率直な感想を述べるなら、おそらく以下である。
「大学にもなじめないし、サークルはどれもこれもつまらないし、友達はほぼいない。新人賞に送るために小説を書いているけれど、まったくものにならないし、大学は凄い人ばかりだし、自信はどんどん目減りしていくし、『あれ? おれって自分のことなかなか悪くないと思ってたんだけどゴミじゃね?』と気づき始め、レジ打ちしていた女の子がTSUTAYAで彼氏といっしょにいるところ見ちゃうし、同期で既に大学の准教授になってる知り合いとか著名人には毎回バカにされるし、というか大学に行きたくないし、そもそも布団から起きれないし、起きたら起きたでなぜか化粧して学校いっちゃうし、『いま思えば時代を先取りしてたんじゃね?』とか思うけど当時はただキモいだけだし、一日に一言も言葉を発さない日の方が多いし、性的に不能になっちゃうし、それでも毎日毎日、孤独に小説を書き続ける日々……」
おそらく僕は病んでいたのだと思う。
ごく控え目にいって、限界状況下で挫折した(ヤスパース)のだろうと思う。
コスプレをする人の全員がそういうわけではない。
本当に色々な人がいるし、自分のような人間のせいで、他の方も一緒にみられたくはない、という気持ちがある。
お前、正直に言うとかいいながら「憧れてたコスプレイヤーさんの写真を間近で撮りたかったっていう動機を抜かしただろ」という気持ちもある。
とにかく、最近のコスプレイヤーさんたちはむしろ健康的で、良心的で、コミュニケーション能力が高くてお洒落で礼儀正しくて、ぶっちゃけ「良い人」たちが多い。
だから、自分のようなケースが、他の方にあてはまるわけではないことは、明記しておきたい。
その上で、僕はコスプレをしたとき、終わっていた。
精神的に、SEKAI NO OWARIより終わっていた(単語の意味で)。
理想の自分は、現実とは違ったはずなのに。そんな感覚が、強かったのだろうと思う――、
いや、その言葉は嘘だ。
まだ僕は自分を偽っている。カッコイイ自分を装っている。
正直になろう。承認されたくてやったのだと。
理想の自分と現実の自分? そんなの誰もが持っている。誰もが幼児的全能感に引きずられている。それを、断ち切らなければならないことはわかっている。受験だってうまくいったことはわかっている。恵まれた環境にいることはわかっている。子供じみた幻想だと一笑に付され、「人生の先輩」を自負する人間に、何もかもわかったかのようにコメントされることもわかっている。傲慢に映ることもわかっている。
それでも僕は自己顕示欲が満たされずに、六畳間の壁にこぶしを押しあてながらぶつぶつと自問煩悶を繰り返し、日々目減りしていく自尊心という名の見えない敵と、戦い続けた。
幻滅と、絶望だけがあった。小学校中学校高校と、絵も勉強も運動も何でもできて、神童じゃー神童様じゃーと騒がれていたはずなのに、「夢なんて叶わないよ」なんて言ってくる高校の教師に、「はあ? ばかじゃねーの。おまえの報われなかった人生をおれに押しつけてくるんじゃねーよ」と某クリエイターのように思っていたはずなのに、その通りになってしまっていて、一体おれはどうしたんだ? と、自室にこもりながら頭を抱えた。
くだらない悩みだと思うだろう。
贅沢な悩みだと批難されるかもしれない。
だが一度確定してしまった「自己像」は、打ち崩せない。
幼少期から、「凄い凄いしゅごーい」といわれて、凄いことが当たり前の状態で育ってきた自分は、他人から圧倒的な差がついていないとパニック状態に陥る。
これは自分ではない。と感じる。
「こんなはずじゃなかった」
それが、自分の、嘘偽らざる本音だった。
だから、死んだ方がいいと、思ってしまった。
自分の生の感覚は絶対的なものだ。
このまま自分が自分でいられる感覚が失われるなら……、
現実に生きている意味も、得られないなら……、
早くラクになりたい。
思いとどまったのは、
おかあさんが泣くところをみたくなかったんだよ。
だから、僕がコスプレをしたのには、理由があるんだ。
理想の存在に、近づきたかったんだ。同化したかった。
それで、ダメな自分の現実の姿を捨てて、
まったく違う存在に、なりたかったんだよ。
承認されたかったんだ。
誰かに認めて欲しかった。
存在を認めて欲しかった。
そうやって、好きなキャラを好きにやった結果、
凄い反響があった。
「結界」と呼ばれる事態にまではならなかったけど、
カメラマンのひとたち、一般のひとたちに大勢囲まれて……、
凄く、うれしかった。
コスプレなんて、当時はとても人には言えない趣味だし、
たぶん一般の人からするとバカにされるんだろうけれど(少なくとも当時は)、救われた。救済された。自浄作用が得られた。カタルシスが得られた。
褒めてもらえて、涙がでるくらい、うれしかったんだよ。
そんな時、大学を病気で中退して、同じように「死にたい」と思っていた撮影会モデルの女の子と出会って、痛い目を見たのも良い思い出。
彼女が、周囲にも僕にも嘘を吐いて年齢詐称していて、実は年上だったことが判明したのも、良い思い出。
まったく関係性が失われたのに、なぜかその後池袋で偶然会って、一癖も二癖もある彼女が何かいったのか、そのとき隣にいた自称・芸能事務所の社長とロックバンドのボーカルとかいう入れ墨だらけの人たちに深夜に呼び出されて、ゴミクズのようにズタボロにやられたのも良い思い出。
改修前の南池袋公園。
いまはもうない。
3 彼女が幸せでいてくれるならそれでいい
話を戻そう。
暗くなりすぎてしまった。
暗すぎる記事は、いまのネット社会にはあっていないから……。
ねとらぼ読者さんには好まれないからね。
とにかく、僕は、作家になる前、小説を書きながら、コスプレしていた。
身バレした友達は離れていったけれど、
それでも僕が下手なりに衣装を自作して、
TFTとかTDCとか晴海とかのイベントに参加したり、
スタジオで撮影したり、といった行為を続けることによって、
救われた部分があることも事実である。
そして、実際に、作家になる際にこの経験が役立った……かどうかはわからないが、確実にいえることがある。
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