「島耕作にはかわいげがある」 空気を読みすぎたOLマンガ『凪のお暇』作者が語る“男たちのロマン”(1/3 ページ)
コナリミサトさんインタビューの後編。「テラスハウス」「バチェラー」「島耕作」へのアツい思いが溢れていました。
主人公・凪(なぎ)が空気読みまくりの人生をリセットして新生活をおくる漫画『凪のお暇』。累計150万部を超えた同作では、気にせず受け流せばそれで終わってしまいそうな引っかかりが丁寧に描かれ、アラサー女子に限らないたくさんの読者の共感を得ています。
かつては空気を読んで「わかる」を連発していたり、今でも「モヤモヤをずっと考えてしまう」という作者のコナリミサトさん。そんな彼女にマンガ家になったきっかけ、それにめちゃくちゃハマっているという「テラスハウス」や「バチェラー・ジャパン」、そして「島耕作」シリーズの魅力などを語ってもらいました。秋田書店の新サイト「Souffle(スーフル)」オープン記念のインタビュー、後編も試し読みとあわせてお届けします。
前編:「空気を読みすぎたOL」の限界、退職、そして―― アラサー女子マンガ『凪のお暇』に男たちもハマる理由
マンガに描くために「ためる」
――人との会話を「わかる」で受け流していた時期もあったというコナリさんですが、最近はいかがですか?
コナリミサト(以下、コナリ):日々モヤモヤすることは多いです。人に言われたことについて、ずっと考えてますね。
――例えば、どういうことでモヤモヤするんですか?
コナリ:うーん、「人生の半分損してますよ」という言葉とか。焼き鳥にねぎまってあるじゃないですか。私、昔ねぎまのネギが食べられなかったんですけど、それに対して「ねぎまのネギが食べられないなんて、人生の半分損してるよ」と言われたことがあって。
――大げさですね。
コナリ:「ねぎまのネギが食べられないくらいで、どうしてそこまで言われないといけないんだろう」「というか、人生の半分損してない状態があなたなら……私は今のままでいいよ」と思いました。ちなみに今はねぎまのネギ大好きです。
――(笑)。そういうときは、誰かに愚痴るんですか?
コナリ:お酒を飲んで話すこともありますけど、そこまで発散はしないですね。自分のなかに「ためる」ことが多いです。
――『凪のお暇』では、凪がため込んでいた心情をぶちまけるシーンが爽快だなあと思って読んでいます。なのでコナリさんも、ぶちまけ上手なのかな? と考えていました。
コナリ:自分自身が発散しちゃうと、マンガで描く前に満足しちゃうんですよね。描きたいからこそ、ためているところはあるかもしれない……。
――ネガティブな感情の発散って、加減によってはすごく暗い描写になっちゃうと思うのに、『凪のお暇』は絶妙なバランスになってるなあと思います。コナリさん自身は、モヤモヤをためていて、ストレスはないんですか?
コナリ:どうだろう。
担当編集・菅原(以下、菅原):以前、「幸せじゃないときにも“ハッピー”って言うといいんですよ」とツイートしてたよね?
コナリ:あ、そうそう。
――どういうことですか?
コナリ:大してハッピーじゃないときも実際ハッピーなときも、「ハッピ〜」ってダブルピースをして声に出すと、ハッピー度が高まるんですよ。ふとしたとき、1人のときにやるのがポイントです。
――確かにコナリさんのツイート、「ハッピーです(ピース)」で締めていることが多い(笑)。ライフハックですね。気になっていたのが、コナリさんの作品には「自己啓発の結果、どツボにハマっている人」がよく描かれていることです。例えば、凪がハローワークで出会う坂本さんは「もう自分にウソついて働きたくない」とか言ってめちゃくちゃ怪しいパワーストーンのネットワークビジネスにハマっている。何か原体験が……?
コナリ:言われてみれば、よく出てきますね。昔働いていた飲み屋のお客さんで、しいたけの粉を売っている人がいたんですよ。その人はしいたけの粉であらゆる病が治ると本当に信じて、純粋な気持ちで周りにすすめていたんです。「本人が信じてるならいいけど……」と思いながら見ていた当時の記憶が残っているのかも?
――凪に限らず、そういう「うまくいってない人」に対してのまなざしもやさしいのが作品の魅力だなと思います。
コナリ:あんまり割り切ってる人を描いてもしょうがないな〜とは思っていますね。悩んでいる人を描くのが好きです。
――読者には、どう感じてほしいんでしょう?
コナリ:説教にはならないようにしたいけれど、ギクッとはしてもらいたいですね。最近、昔からの友達に会ったんです。私がマンガを描き始める前から知り合いで、でもこれまで私のマンガに全く関心を持ってなかった。言うなれば、モヤモヤを感じることなく「わかる」って言い続けて、円滑に世を渡っていけるタイプなんです。でもその子が、『凪のお暇』は読んでくれていて、会ったときに「今までのミサトのマンガで一番面白い」「凪みたいに、自分の立場に名前をつけられる子はすごい」「凪がうらやましい」という感想をくれたんです。あれはうれしかったですねえ。
1人で完結する仕事がしたくて、マンガ家を選んだ
――マンガ家になりたいと思ったのは昔からなんですか?
コナリ:小学校のときは絵がうまいって褒められていて黄金期だったんです。でも中学では自分よりうまい子がたくさんいたのでそこで心が折れ(笑)、高校を卒業後は雑貨屋で働いていました。そこで、「私、普通に社会でやっていくのが無理かも」と思ったんです。
――それはお客さんとのコミュニケーションに疲れたんですか?
コナリ:いえ、上司ですね。気分屋で、ささいなことですぐ怒るんです。それが周知の事実だから他の人たちは「あの人はああだから」と諦めていたのですが、私はずっとモヤモヤしていて。でもその人が、私がPOPに絵を描いたときだけすごく褒めてくれたんですね。「もしかして絵を描くという道もあるのかな?」「マンガ家なら1人で完結できる仕事だ……」と思いついて、目指し始めました。
――会社や社会とは距離を置いて自分の裁量でできるからマンガ家を選んだ、というのは新鮮です。でも、確かにそういうメリットがありますね。マンガを描いていて一番楽しい工程はどこでしょう?
コナリ:昔は、「目の前にある作業がいちばん嫌い! 早く次の作業をしたい!」と思っていたんですけど、最近はバチッとハマっているネームを描けて「どうやっ!」と出せるときがうれしいです。
――先日、菅原さんが別途担当されている安田弘之さんが、菅原さんについてツイートされていたのと、それを受けてコナリさんが反応していたのがおもしろかったです。菅原さんはネームに普段どんな指摘をするんでしょうか?
菅原:「うるさすぎる」と感じたときは言いますね。例えば1話目はモノローグの量が多かったので、「もう少し薄めましょう」と伝えました。
コナリ:心の声を書きすぎちゃうことはありますね。
菅原:おそらくオムニバスのスタイルでやられていたからだと思うんですけど、1話のなかで作り込みすぎてしまうんです。むしろ「そのセリフやその気持ちは後の話に回しましょう」という提案をすることが多かったです。
コナリ:キャラクターに対しての指摘も的確だなと思います。3巻で凪が慎二の実家に行ったときのエピソードが出てきますけれど、あれについては「凪はこんなにいい子じゃないはずです」と言われて、結構直しました。よく覚えているのは、3巻の終わりですね。凪がすごくげっそりする展開があるんですけど……「ここまでブスな主人公は見たくない。読者の方が傷つかない塩梅(あんばい)になりませんか」と言われて。
――あーー。凪、大変なことになってましたね。
コナリ:当初の予定では、もっとひどい状態の凪だったんです。私にとってもそこは譲れないポイントで、「恋をするっていうのはこういうことだと思うんですよ!!」と反論して、2人でずっと話し合っていた……。
菅原:なんとかこちらの意図をくんで調整してもらったものの、コミック作業の段階で凪の口元にシワが残っているのに気づいて。「これ、消してもらっていいですか……」とコナリさんに聞いたら「菅原さんのほうで消しといてください」と言われた(笑)。
コナリ:もう、燃え尽きていたんです(笑)。
島耕作には「かわいげ」がある
――キャラクターのセリフやモノローグは、どういうときに思いつくんですか?
コナリ:お酒を飲んでいるときが多いですね。私、1人で晩酌することが多いのですが、そういうときにアイデアが浮かんできて、わーっとメモ帳に書いてマスキングテープで窓に貼っておくんです。
――ものすごくクリエイティブ!
コナリ:いや〜、お酒飲めなくなったらアイデアが思いつかなくなっちゃうかも……という不安があります。自分の作品を読み返すのも、お酒が入ってるときしかできないんですよ。気が大きくなってないと、恥ずかしくて。ストーリーの整合性については、菅原さんにお任せしてます(笑)。
――お酒以外に好きなものやハマってるコンテンツはありますか?
コナリ:「テラスハウス」と「バチェラー・ジャパン」ですね。
――即答!
コナリ:これまでに受けたインタビューでも散々話しているのですが、大体カットされてます(笑)。本当に好きなんですよ。
――それは、コナリさんがお好きだという「双方の言い分」が聞けるからですか?
コナリ:まず「テラスハウス」のいいところは、キラキラした人生を送ってきたであろう人たちの愛憎劇をおしゃれな音楽にのせて、楽しませてもらえるところですね。私のようにキラキラしてなかった青春を送っていた人間ほどハマるんじゃないかと思います。しかも、キラキラした人たちであっても、必ずしも恋愛がスマートなわけじゃない。モデルさんとか俳優さんとかであっても、なんかすごい難解なキスをする人とかいて。
――(笑)。
コナリ:本当にやばいキスだったんですよ! タクシーを待ってるときに男性が女性の後ろからキスをするという流れだったんですけど、女の人は驚いて「えっ」となるじゃないですか。それに対して男性が「んっ? んっ?」とドヤ顔をしていて。「あーーーいる! これは、いるタイプのやばさ!」と思った。大枠では制作サイドから指示があるにしても、そういう動作には素が出るんじゃないかと思うんです。キスの仕方や涙の流し方に現れるリアルがたまりません。
――「バチェラー」もリアルさに魅力を?
コナリ:「バチェラー」は1も2も大好きです! すきのない振る舞いを見せた1の久保さん(関連記事)に対して、小柳津さんは「付き合うし結婚するつもりで本気で選びに来てる」感がすごくあって。
――言われてみれば……。
コナリ:女の子がトラウマの話を始めると、小柳津さんの目がキラキラして「やっと心をひらいてくれたね」ってモードになるのが良かったですね。
――コナリさんのオーディオコメンタリーつきでバチェラーを観たい気分です(笑)。
コナリ:この2つの話ついでに言うと、最近は「島耕作」シリーズにもハマってます。
――また意外なタイトルが……。なんで読み始めたんですか?
コナリ:後学のためにサラリーマンの哀愁を知りたいなと思ったんですよ。男のロマンにあふれていてめちゃくちゃ面白いです。「ヤッちゃう寅さん」と言うと伝わりやすいかな。
――島耕作ってやっぱり、そんなにヤッちゃってるんですか。
コナリ:女性と知り合うとすぐヤッちゃいますね。モテ方がハンパないです。でも、彼はおじさんにもモテるんですよ! おじさんに見込まれてミッションを課されて「俺は組織のゴタゴタに巻き込まれたくないんだよ、はわわ……」となってる島が最高です。
――「こんなのないでしょ」とはなりませんか? 男のロマンに対して。
コナリ:島にはかわいげがあるので、「まあ島なら」と思うところはあるかもしれない。彼はバンバン浮気してるんですけど、途中、妻の浮気疑惑が浮上するんです。そのときの島の落ち込み方がものすごくて。妻のカバンをあさって、彼女が吸わないはずのタバコとスキン(コンドーム)を見つけて、本当にショックを受けるんですよ。誰もいない真っ暗なリビングに座って、顔に真っ黒なベタの影がかかっていて、「ライターは道で拾ったのかもしれない。スキンは……スキンはなぜ持っているのか説明がつかない」と苦悩しているんです。
――そんなシーンが……。
コナリ:島が憎めないのは、自分を省みるところです。自分はバンバン浮気していたのだから妻に文句を言うことができるんだろうか? と考えるんですよ。
――自分も悪かったという自覚があるんだ!
コナリ:そういうところが面白いですね。
――島耕作から学んだサラリーマン知識は一体どこで生かされるのか……(笑)。『凪のお暇』については、今どれくらい描いたという認識なんですか?
コナリ:物語的には6合目くらいの気持ちですねえ。
菅原:それだと描ききれない気がしますよ。もう少し長くなるんじゃないかな。
――4巻の最後では、凪のお母さんが上京してくることが暗示されましたね。読者としては、慎二やゴンのことは乗り越えられても、お母さんは今の凪ではまだ厳しいんじゃないか? 大丈夫かな……?と心配しています。
コナリ:あの人、本当に怖いですよね。
――前作の『珈琲いかがでしょう』でも、ちゃんとしてるように見えてものすごくかみ合っていない家族が崩壊の危機を迎えそうになる「ちゃんと珈琲」というエピソードが印象的でした。
コナリ:あれはちょっときれいにまとめちゃったなという気持ちありますね。家族を描こうとすると、まとめにいっちゃうところがあるので、気をつけたい。
――『凪のお暇』におけるラスボスは、やっぱり凪のお母さんなんでしょうか?
コナリ:どうでしょうね〜。
菅原:中ボスじゃないですか? 凪にとってのラスボスは、自分なんじゃないかと思ってました。
コナリ:それいいな、そうしましょう(笑)。ちなみに、もう本誌では出てきているんですが、今後、女の子のライバルが登場します。その子のキャラクターがかなりお気に入りでして。読者の方の想定している「ライバル」像の盲点をついて、モヤモヤさせたいと思っているので、ご期待ください。みなさま、5巻が出るまでぜひ健やかに……。
――健やかさ、大切ですね(笑)。今日はありがとうございました!
(おわり)
- 新サイト「Souffle(スーフル)」:『凪のお暇』のスピンオフなども掲載予定
出張掲載:第13話「凪、回顧する」
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