映画「バースデー・ワンダーランド」は“号泣不可避”、声優初主演・松岡茉優のワンダーランド体験を聞く
“大人が泣けるアニメーション”の巨匠、原恵一監督新作映画はやっぱり泣ける。
「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲」「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」など“大人が泣けるアニメーション”の巨匠、原恵一監督の新作映画「バースデー・ワンダーランド」(4月26日公開)は、驚くほど正統派のファンタジーに仕上がった。
原監督にとって初のファンタジー映画となる同作は、柏葉幸子氏の児童文学小説『地下室からのふしぎな旅』(講談社青い鳥文庫)が原作。自分に自信のないアカネが誕生日の前日、謎めいた大錬金術師のヒポクラテスらから「私たちの世界を救ってほしい」と、幸せ色に満ちた不思議な世界“ワンダーランド”へと連れて行かれ、色が消えてしまう世界の危機を救おうとする物語。
6月に仏国で開催される「2019アヌシー国際アニメーション映画祭」の長編コンペティション部門に正式出品も決まり、原監督は同映画祭で、「カラフル」(2011年、長編部門の特別賞と観客賞)や「百日紅〜MissHOKUSAI〜」(2014年、長編部門の審査員賞)に続く3度目の受賞にも期待が寄せられている。
“誕生日”という誰にでも訪れる大切な日に起こる物語で、主人公・アカネの声を演じているのは、松岡茉優さん。声優初主演となる松岡さんは、劇中での芝居もさることながら、取材中に見せる所作や質問の受け答えが洗練されている。記者の質問に耳を傾け、できるだけ自分の考えと齟齬(そご)がないように、それでいて、美しい言葉を選んで答えていく。若手演技派の呼び声高い松岡さんに同作について聞いた。
―― これまでも『ジュラシック・ワールド』『ポケモン・ザ・ムービーXY&Z ボルケニオンと機巧のマギアナ』などで声を務められましたが、今作は声優初主演です。アカネと向き合う上で重視したことは?
松岡 私の中では声優をさせていただいているという感覚ではなく、声のお仕事に参加させていただいている、という気持ちで毎回臨んでいます。やはり声優さんは声優さんとして存在していますし、われわれ俳優もまた別だと思っているので。今作のオファーをいただいたとき、12歳のアカネの声としては、少し舌っ足らずだったりした方がいいのかなど考えていましたが、私の大好きな先輩である山寺宏一さんに相談をしたら、「僕は、茉優が13歳のときから知っているけれど、13歳のときから茉優の声変わっていると思う?」とアドバイスされたんです。
確かに私、小学生のときから話し方や声色はあまり変わっていないと思い直しまして、声優さんのように技術的なことでアプローチするというよりは、アカネという役を通した上で、俳優のお仕事と変わらない気持ちで挑むことができました。
―― 女優と声優はすみ分けがある?
松岡 はい。餅は餅屋といいますか、本来ならお互いあまり介入しない方がいいとすら私は思っています。でも、私にオファーをいただいたからには、私が精いっぱい向き合いたいと思うのみです。
私が初めて声のお仕事に挑戦したとき、山寺さんが「そんなに怖がらないで、俳優も声優もどちらも演じるということでは同じ一本の道にある。だから、茉優がいつもやっていることをマイクの前でやればよい」と言ってもらったのがずっと心に残っています。女優と声優は技術的には全く違う仕事だと思っていますが、演じるということは同じだと心にとどめてやっています。
―― 子役時代からの幼なじみで高校のクラスメートである声優の日高里菜さんとは親交も深いですよね。
松岡 はい。それと大橋彩香ちゃんも。里菜にも相談しました。ジュラシック(・ワールド)のときだったかな。里菜はもともと子役を一緒にやっていて、途中から声優になったのですが、彼女の仕事への向き合い方は尊敬してます。学校の友人と里菜の家でお泊まり会しているときに里菜が、「歌と踊りの練習をするから部屋を出てほしい」と言うので、「あ、友達がいても練習するんだ」と(笑)。私が声優と俳優が畑違いと痛烈に感じるのは彼女の存在もあると思います。
―― 「はじまりのみち」以来2回目となる原監督とのタッグです。前回は実写で今回はアニメですが、演出の違いなどは感じましたか?
松岡 「はじまりのみち」のときは私も数日しか原さんとご一緒していなかったので、その人となりまでは分かりませんでしたが、実写映画のときの原さんの監督としての印象は“導き”が主。俳優に細かく指示するのではなく、こういう風にやってほしい、と導くのが主で、俳優さんにお任せという感じでした。
でも、今回はブースに入ったら、とても細かくご指導賜りました。事細かにイメージを伝えてくださったんです。原さんの主戦場に私がお邪魔した形ということもあったのでしょうけど、印象はかなり違いました。
アフレコの初日、冒頭のアカネのモノローグのシーンをとったのですが、原さんに「ハイオッケー。アカネだ」と言っていただけたのはすごくうれしかったです。わざわざそんなおべっかを言う方ではないので、この言葉は本物だと安心できて。そこからはちょっと暴力的ですけど、「監督がアカネというなら何をしてもアカネだろう」といい感じに開き直れました。
―― これまでもさまざまな作品に出演され、個性的な監督とご一緒されていると思いますが、原監督を一言でいうとどんな特徴のある方ですか?
松岡 照れ屋さん、かな。今作の宣伝で原さんと2ショットを撮ったとき、顔を真っ赤にされていて、照れ屋さんだなって。自分の気持ちをお話しになるのがそれほど得意ではないのだと思います。一生懸命伝えてくださろうとしているのはよく分かるし、すごく伝わってるのに「伝わってるかな?」と伺ってくれる方。とても繊細で、だからこそ私たちがいつの間にか忘れていってしまう感情をあれだけ真正面からアニメに落とし込んでくださるのでしょうね。
―― 突出してすごいのは?
松岡 私、「クレヨンしんちゃん」のオトナ帝国(『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』)や、アッパレ(『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』)など、原さんが作ったアニメで育った世代の一人ですから、畏れ多くて私が何か申し上げることはないのですが、例えばオトナ帝国でしんちゃんが階段を上るシーンや、アッパレならみんなが息をのんだクライマックス、そういう濃度のあるシーンが今作でもありまして、これまでの作品と同じく語り継げるような濃密なシーンになっています。
安い言葉ですけど“号泣不可避”といいますか。私はほぼ絵コンテ状態のものをみながらアフレコしたのですが、気持ちがあふれて泣きながらの収録でした。さらにそこにmiletさんというすばらしいアーティストの挿入歌が入って、大人はもうたまらないのではないかという感じです。濃度がすごくておぼれそうになります。
―― 号泣不可避!
松岡 私はわりと泣き虫ですけど、誰でも怒りや悲しみ、悔しさややるせなさで泣くことってありますよね。でも、そういう負の感情ではなく、全く新しい感情のツボがいっぱいで涙があふれるんです。感情で心がいっぱいになるって子どものとき以来だと思います。あのシーンこそ大人に見てもらって忘れかけていたあのときの涙を流してもらえるんじゃないかと。映画をみるというよりは、体験、だと思います。
―― なるほど。ところで、作中では突然のネコ耳アカネも登場しますが、ネコ耳付ける論争はあったのでしょうか?
松岡 付いてますね(笑)。どうなのでしょう。私が絵コンテをみたときはもう付いてました。キャラクター兼ビジュアルを担当されたイリヤ(・クブシノブ)さんにインタビューしたとき、あれはもともとしっぽだけだったと。でもイリヤさんがどうしても耳もつけてほしいということで、しっぽが引っ張れればよいからとおっしゃっていました。監督は一度断ったそうですけれど、多分説得したんでしょうね。それで耳がついたとお聞きしました。あのシーンはやっていて楽しかったです。
―― 原作は読まれていましたか?
松岡 いえ、読まずに入りました。私はいつも、原作がある作品のときは原作を読んだ方がいいかを相談するのですが、今回は読まない方がいいと。だから、台本だけでやっておりました。
―― そうなんですね。松岡さんが子どもの頃の思い出深い児童小説などはありますか?
松岡 あります。(寺村輝夫さんの)「王さまシリーズ」で『王さまのたまごやき』。私が小学校のとき漫画ばかり読んでいたのを見かねた担任の先生が勧めてくれたんです。王さまがたまごやきを食べるだけの話ですが、初めて読み切れた活字ものでした。
―― アニメでお好きな作品などはありますか?
松岡 アニメ、大好きです。最近の楽しみにしているのは「約束のネバーランド」。原作がある作品の映像化には原作びいきするタイプですが、アニメとして素晴らしいし、あれだけ愛情深くやってくださるなんて、原作ファンとしては頭が下がる思いです。あれ? 私、誰目線なんだろう(笑)。
その前なら「SAO」(ソードアート・オンライン)も見ていましたし、「がっこうぐらし」はDVD-BOXも持っていますし、「あの花」(あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない)も好きですし、「まどマギ」(魔法少女まどか☆マギカ)も……
―― 止まらない(笑)。どんな系統のアニメが好きなんですか?
松岡 (長考して)やっぱり、かわいい女の子の話は好きです。「けいおん」も高校生のときに見ていて、うっかり軽音部入っちゃいました。
―― かわいい子は正義。今作でアカネが世界の広さを実感するシーンがありますが、松岡さんが世界の広さを感じたのは?
松岡 ありがたいことにそれはしょっちゅうありますが、最近世界が変わったのは、フードプロセッサーを買いまして、世界が変わりました。
―― メチャクチャ身近。
松岡 例えば大根をおろしてみぞれ鍋にしたいとき、筋肉痛になるくらいおろさないといけなかったのが、フードプロセッサーなら“ウィン”(編注:フードプロセッサーの動作音です)で終わりなので、しょっちゅうみぞれ鍋を食べるようになりました。コーンスープも“ウニャン”って一瞬ですし、ナッツを砕くのも一瞬。下ろしもこねるも砕くもできる。すばらしい。家宝です。
―― 話を戻して、今作はアカネの誕生日に起こる出来事ですが、松岡さんの誕生日の思い出は?
松岡 誕生日に何か新しいことが起こったことはないです。ただ、15歳の誕生日のとき、おはスタで山寺さんたちに祝ってもらったとき、なぜか「あと半分だ」と思った覚えはあります。自分でもはっきりとは分かりませんが、何か折り返したような気持ちでした。30歳で一回楽になると考えていたのかもしれません。だから、私は30歳になるのがすごく楽しみなんです。
―― では、松岡さんにとっての“ワンダーランド”とは?
松岡 ハロー!プロジェクトのライブですね(即答)。モーニング娘。さんだけでもそうですが、ハロプロの全員が集まるライブはもうワンダーランドです!
―― 最後に、松岡さんにとってこの作品はどういった意味を持ちましたか。
松岡 初めてアニメ声優の主演をさせていただいて、主人公というのは影響を受ける存在で、アニメーションで初めて受け手ができました。受け手を言い換えると、物事が起こったりするときサブに回るということ。アニメーションでそれを体験できたので、今後また声優のお仕事をいただけるなら、絶対に生かせると思います。
原監督の作品に主人公で出させていただけるのは、最初で最後かもしれない。というと原さんが勘違いして悲しくなってしまったら嫌ですけど、そういう意味じゃなくて、私が原さんを敬いすぎているからなのですが、人生で何度も起こることではない経験をさせていただきました。私もいつか子どもを産んだなら子どもに見てほしいなと思う作品です。今回は特に。
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