天才役者とその代役が、組んだ肩を離すまで 「2人の関係性」を愛するすべての人に野田彩子『ダブル』を読んでほしい(1/4 ページ)
「2人の関係性」が好きな人は全員読んでほしい。【1話試し読みあり】
運命の2人
野田彩子『ダブル』(ヒーローズ)を読みながら、運命について考えていた。
お互いがお互いの人生を変えた関係を仮に「運命」と呼ぶなら、鴨島友仁(かもしま・ゆうじん)と宝田多家良(たからだ・たから)は間違いなく「運命」の2人だ。今作の主人公となる2人は役者であり、無二の友人でもある。
このように並列で書くと、2人がいつも並び立って対等に切磋琢磨してきたかのような印象を受けるが、実情としてはもう少し危うく、アンバランスであった。なぜかといえば、多家良が天才だったからである。
多家良は友仁の舞台を見て演劇の世界に飛び込んだ。多家良を指導し、演劇論を教え始めた友仁は、すぐに多家良の才能に気が付く。こいつは格が違う。多家良が演じているのは「作品の中の数分間」ではなく、「生まれてから今まで、数えきれないほどの経験をし、数えきれないほどの景色を見てきた一人の人間が、物語に立ち会う数分間」だったのだ。
そして多家良はいつも、友仁を裏切った。2人で考えた演技プランを、必ず最後に多家良が舞台上でふっと変更する。その裏切りこそが演技を完成させる最後の1ピースであり、友仁は客席で初めて「完成形」を見るのである。友仁は多家良の演技が極まるとき、いつも隣にいない。多家良はへらっと笑って「友仁さんがやった方がよかった」などと言い、この先もずっと二人三脚でいられると信じているのだろうが、友仁はそうは思っていない。
「多家良の芝居は俺を裏切ることで完成する」「絶望が 裏切りが 多家良を輝かせる」「多家良は 世界一の役者に なるだろう」……友仁は噛みしめている。多家良の光に焼かれながら、自分にしかわからない絶望を。
絶望した友仁は、どうしたか? 演劇をやめることを考えた? 「俺とあいつは違う」と逆張りに走り始めた? いや、どちらも違う。
かわりに多家良の汚れた部屋を掃除し始めた。多家良のスケジュールを管理し始めた。文字の脚本では覚えられない多家良のために台本の読み聞かせを始めた。多家良が別のオファーで出席できなくなった稽古に、代役として参加するようになった。「俺はあいつになんでもしてやろうと決めた」……裏表紙に書かれたこの文言に象徴されているように、友仁は多家良を献身的に支え始めたのだ。自分が打ちのめされた多家良の才能を、世界に知らしめるために。
多家良のスターダム、友仁の決意
願いは少しずつ叶い始める。ある日、多家良にある芸能事務所から声がかかった。朝起こすのも、現場への付き添いも、これからは友仁ではなく冷田さんというマネージャーがやってくれるのだという。「売れたいとかそんなに思わない」「友仁さんがやってくれるから困らない」と渋る多家良に、友仁は強い口調で契約を交わすよう背中を押した。友仁は「ただ俺は多家良に世界一の役者になってほしいだけです」と言う。偽りのない本心だ。目標のためには必ず事務所が必要になる。
それでも心臓は痛かった。友仁は、本当は2人で並び立ちたかったのだ。舞台の上で、2人の「世界一の役者」として、対等に。この願いを捨てずに生きるためには、多家良の手を離さねばならなかった。友仁もどうしようもなく、役者であることをやめられない。スターダムを駆け上がるであろう多家良を、友仁は1人見送ることに決めた。
役者として生きることと多家良に寄り添うことの矛盾に気が付いている友仁と、いまだに友仁を「目標」と呼び、友仁に素直で深い信愛を寄せ続ける多家良。この2人こそが、「ダブル」である。全ては危ういバランスで成り立っている。友仁が口にすることを避けた何かが、多家良が気づかねばならなかった何かが、最初から存在していた関係のひずみにふっと力をかける。これがどうしようもなく、悲しくて寂しくて不安で、それでいていとおしい。
小さな劇場で身を寄せ合って笑いながら暮らしてきた2人の「これまで」と、やがて大きな成功につながっているとわかる道が1筋だけ光る「これから」が浮かび上がってくる。残酷な岐路だ。これから2人は、どこかで離別を迎えるのだろう。ずっと組んできた肩を、どんなふうにほどくのか。読者は友仁と多家良の選択を覚悟を持って見届けるよう、静かに迫られる。
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