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» 2019年07月21日 20時00分 公開

美しいだけの国 ――東京レッドライン:テクノ化された愛がなくしたもの――「私、あの男を殺すわ」 Lv. 近衛りこ (1/3)

アレキサンドライト――#3。

[鏡征爾,ねとらぼ]
東京レッドライン 近衛りこ 鏡征爾


連載:美しいだけの国 ――東京レッドライン

小説家・鏡征爾による小説とSNSで注目を集めている被写体とのコラボ連載。超環境型人工知能とテクノ人間主義者が世界を操る近未来の東京を舞台に、失われた感情を取り戻そうとするアンドロイドを描く物語。6月の誕生石「アレキサンドライト」から生みだされた擬人化モデルは近衛りこ

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 空蝉の身をかへてける木のもとに
 なほ人がらのなつかしきかな

      <『源氏物語』帚木三帖第2帖/紫式部>


「心配するな。どこにも行きはしない」
 それが最後の言葉だった。直後、爆発音が聞こえた。
 遺体は結局、見つからなかった。今ではその顔さえ思いだせない。

 ――思い出せない、はずだった。



I


 告解部屋に、声が響いた。

「最愛の娘が死んだのです」

 鉄柵を握る手が震えている。
 その傷だらけの手が、男の属性をあらわしている。
 明らかに、闇の世界の住人だ。だが、闇の世界の住人というだけで、大切なものが壊れるわけでは決してない。格差社会の最底辺に位置するこの場所では、誰もが何かしらの傷を負っている。
 そしてその傷は、必ずしも醜いものとは限らないのだ。

「娘は婚約間近でした」
 男は語り始めた。
「それにもかかわらず式の前日に失踪したのです」
 翌日、遺体となって発見された。第一発見者は彼女の婚約相手だった。
 メルクリウス社に務める、将来有望な青年だという。
「それはさぞおつらかったでしょう」
 機械的な声で、タイプRが答えた。
「ええ……気づいた時には手遅れでした」
 われわれは、あくまでも聞き役に徹するのが原則だ。
 相談者の苦悩、葛藤、罪悪感……それらを言葉にして聞くことによって、相談者自身が、自然と痛みを浄化することを目的としている。
 典型的なフロイト派のやり方だ。
 精神分析の手法には、主にフロイト派とエリクソン派がある。前者が、受け身で相談者の話を聞くのに対して、後者は相談者に介入することによって、精神の治癒を目指す。だが、ミルトン・エリクソンを創始とするそれは、ある種の才能が要求されるため、定式化が難しく、従って、フロイト派が、現在では圧倒的に主流となる。
 感情を持たないアンドロイドの役割は主に前者だ。
「遅刻は本当につらいですよね」
 とはいえ生後7カ月。ときどきおかしな事を言う。
「ええ。タイミングの遅れは致命的です。もっと早くに気づいてやればよかった」
 だが、告解者の男は気づかないようだ。
「親馬鹿だと思われるかも知れませんが、とても美しい子でした」
「さぞおつらかったでしょう」
「ええ」
「流石につらいですよね」
「え、ええ……」
「流石につらすぎますよね」
「うう……」
 男は泣き始めた。苦悩して告解に来た男を追いつめてどうするのだ。
 僕は背後にあるゲーム機の筐体の電源を入れ、言葉をつないだ。
「人生には取り戻せないものもあります」
「それでも私は取り戻したいのです」


「取り戻す……? どういうことですか?」

東京レッドライン 近衛りこ 鏡征爾


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