エラいもんを読んでしまった〜〜〜!!! ホラー小説『忌録』がめちゃくちゃすごいから読んでくれ:マシーナリーともコラム(2/2 ページ)
どの語り手も信頼できないことから浮かび上がるアナザーストーリー
この『忌録』に収録されている作品は、一貫して「小説」の体をなしていない。どの文章も「著者が集めた資料」という体で、インタビューであったり、新聞記事や歴史書、メールのやりとりなどの抜粋であったり、雑誌の記事用に脚色を加えていると明言されている原稿であったりが示されるだけで、物語として気持ちのいい「起承転結」を成していない。読者は、数々の資料を読みながら頭のなかに「この資料が示している事件・怪異はこういうことなのか……?」と空想を巡らせることになるわけだ。
ところで「信頼できない語り手」という物語手法がある。物語の語り手となる人物がウソを書いていたり、精神的に正常ではない状態だったりしていて、読者をミスリードへと導く手法だ。
この『忌録』に収録されている資料は、どれも「信頼できない語り手」によるものとなっている。明らかに科学的見地から見た場合、おかしな発言をしていたり、精神的に異常な状態であったり、なかにはあからさまに「フェイクを交ぜた」と言ってるものすらある。いや、そもそも「この語り手は誰なのか? この事件について何者なのか?」というのを明言していないものも多い。この「違和感」が本作『忌録』の、読書体験の強度の高さをめちゃめちゃなものに押し上げてしまっている。
収録されているなかでもっとも推理しやすい・隠された話を推察しやすいのが1作品目の「みさき」だ。この作品はただ読むだけなら神隠しを発端とする、なんらかの祟り・霊障を扱った話に見える。
だが一通りの資料を読み終えた後、何者かによる両親への誹謗中傷の手紙の写真が貼られる。その内容は「神隠しにあった美咲ちゃんは両親に殺された」というもの。また交霊会の後、霊能力者の川上さんは死んだはずの美咲ちゃんが、母親の首を締めているのを見たと発言している。
これはどういうことなのか? 美咲ちゃんは母親に殺され、恨みを募らせ悪霊となったのだろうか?
談話1によれば村に怪異が現われ、川上さんは謎の黒い影に殺されたという。黒い影は美咲ちゃんの強い怨霊のたまものなのだろうか? いや、しかしこの談話1はあまりにとりとめがなさすぎる。現実感がないというか……オカルト話にしても穴が多すぎるように思える。ガバガバじゃん。話が下手くそなやつが立てたオカ板のスレみたいな話だぞ。こんな話をする狙い、意図は何なのか?
さらに談話2、資料のフクさんからの手紙を精読するとこの村の昔から紡がれてきた文化が垣間見える。おぼろげながら徐々に見えてくるこの美咲ちゃん失踪事件のアナザーストーリー。誰が川上さんを殺したのか? 村に伝わる柱の風習とはなんなのか? 美咲ちゃんが死んだのだとしたら、なぜ殺されなければならなかったのか。
その違和感を頭のなかでつなぎ合わせたとき、一気呵成に「みさき」はオカルト・ホラーからミステリーへと姿を変える。これは怪異ではなく事件なのではないか。例えば「TRICK 劇場版」のような……。
「みさき」が読者に行わせようとしているミスリードへの導きに気づいたとき、『忌録』収録作の全てがその姿を変える。本当に、最初にこの話を読んだときに頭のなかに描いた物語は信用できるのだろうか。もしかしてそれらは全て、別の何かを隠すためのフェイクなのではないか……。
本なのに、本当の物語は本のなかに収録されていない。この本は、その本当の物語の輪郭をなでさせるだけ、あるいは目を背けさせているだけだと気づいたとき、単に怖い話を読んだときとは異なる鳥肌が立ってしまうんだよな……。
本作には、発表された2014年から常に更新し続けられている考察まとめがある。これらの考察にはめちゃめちゃ助けられました(バカなので)。一度読み終わったあとに読むと、「そ、そういうことか〜〜〜!!!」と膝をバンバン叩きまくりできるので、一度読んでみることをオススメするぜ。なにが面白いってすでに5年以上、「綾のーと。」のブログの謎の記事について解明されていないこと。君も参加してこの謎を解き明かせ!
なかでも「無関係に見える4つの作品は、じつはつながりがあるのかもしれない」という考察には震えた。頭のなかでなにかがスパークする快感を、久々に味わった。『忌録』の面白さをガツンとブーストしてくれるので必読です。
誰が『忌録』をまとめたのか
読み進めるうちに感じるのは「こんな作品を作った阿澄思惟という著者は何者なのか?」という疑問。というか阿澄思惟という名前はいかにも信用できない。どう考えてもアラン・スミシーのもじりやんけ。
アラン・スミシーとは映画監督などが使う共通の架空ペンネーム。サンライズの矢立肇や東映の八手三郎みたいなもんだな。ただ、アラン・スミシーは単なる共通ペンネームというだけでなく「作品に責任を持ちたくないときに使われる偽名」としての性格が強い。なんだか不穏だぜ。
そして5年以上更新され続けているTogetterも不気味だ。このTogetterをまとめた「@hellojdoe」というユーザー、見てみると『忌録』にまつわるまとめしか制作してない。プロフィールは未記入で、Twitterアカウントなども不明だ。人格はまったく分からないが、まとめ更新は大変小まめに行われており、考察まとめは2016年3月からスタートし、本稿執筆中の2019年8月頭現在、2019年7月下旬のツイートがまとめられている。かなり定期的にクロールしては更新しているようだ。
「@hellojdoe」というユーザー名は「Hello jdoe」とも読める。「jdoe」というワードから連想されるには「ジョン・ドゥ」という名前だ。これは身元不明、正体不明、名無しの権兵衛を意味する仮名で、戦場で見つかった身元不明の遺体につけられたりする名前だ。アラン・スミシーとも共通するフレーバーを感じるな?
この『忌録』を書いた阿澄思惟と、『忌録』のTogetterを更新し続けている@hellojdoeは同一人物なのではないか。だとすれば、なぜここまで小まめにTogetterを更新し続けているのだろう。
単にエゴサーチをし、自分の作品に言及している人たちをまとめてほくそ笑んでいるのだろうか。それとも……。
本作、『忌録』は4つの怪異について、著者が集めた資料をまとめ、本の形にしたものである。その資料のかたちはインタビューであったり、新聞記事や歴史書、メールのやりとり、ブログなどさまざま。そしてブログや、YouTubeなども引用資料として用いているのだ。そして『忌録』の本当の姿は、そうした資料を閲覧した読者が、頭のなかに浮かべた自分の空想のストーリーなのだ。それは考察・推理を重ねることで姿を変えていく……。
作者と同一人物がまとめていると思われるTogetter。『忌録』の趣旨。これらを踏まえると、このTogetterも、そして『忌録』とTogetterを読んで執筆したこの記事すらも、『忌録』に取り込まれているのではないだろうか。
この記事を読んだみんなは、感想をつぶやいたり、「あの記事で興味持ったから本買って読んだよ」とツイートしたりするだろう。そしてそのツイートは、やがて@hellojdoeによってまとめられ、『忌録』の一部になっていくのではないだろうか。
『忌録』は、電子書籍とインターネットを用いて、半永久的に巻き添えを作り出していくミームなのかもしれない。このことに気づいたとき、私は「エラいもんを読んでしまった〜〜〜!!!!」と感銘を受けたのである。比喩やファンタジーでなくとも、本に書かれていることに入り込むことってできちゃうんだ……。
筆者の正体(かもしれない)
ところで私はホラーに詳しくないので全くピンと来なかったんだけど、好きな人は「オイオイオーーーイ!!!」ってツッコミを入れたくなるほど筆者をアピールしているくだりがあるという。
問題の記述は「忌避(仮)」内の「跋文.doc」にて。結びに、この文書を書いた人物が「津田 信」であると書かれている。これはホラー小説家、三津田信三を差しており、っていうかこの本書いたの三津田信三じゃね??? と怪しまれている。
『忌録』を読み終わるとめちゃめちゃ三津田信三の本をオススメされる。うん。三津田信三による『刀城言耶シリーズ』は「ホラー風のミステリやミステリ風のホラーではなく、最後まで読まないとホラーなのかミステリなのかわからない小説」という主旨で書かれているという。確かにそのテーマ性は、著しく『忌録』と一致している。また、愛読者によれば既存の作品と類似性を感じられたり、リンクしているように思える描写もあるそうな。
「忌避(仮)」の冒頭にはバートン・O・フェリングス『燔祭』(おそらく架空の人物・書物)からの引用の神話のような話が掲載されている。そのなかで「猿の三つの首と三つの足は切り落とされ、神への供物として祭壇に捧げられた」という記述がある。
三つの首と三つの足。三津田信三から最初の三と最後の三を取る。残った言葉は……津田信。うん……。
まあとにかく、『忌録』めちゃめちゃ面白かったんで、取りあえず三津田信三読んでみます。ハイ。
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