マンガ全体に漂う不穏な空気 デジタル化を前に絶望する“ペン先”たちをコミカルに描いた同人誌『デジタルが憎い』:司書みさきの同人誌レビューノート
どちらが良い、という訳ではないのです。
2019年の秋は気温が行ったり来たり。台風一過の後は爽やかな秋空に……と思ったら、意外と強い日差しにびっくりしたりも。変わっていく季節をのんびり楽しみたいけど、世間は急流のようにくるくる変わっていきますね。
今回ご紹介する同人誌は、時代の変化にほん弄される物品を主人公にしたオリジナルマンガ。その物品とは、マンガを描くには欠かせない、「ペン先」です。
今回紹介する同人誌
『デジタルが憎い』 B5 32ページ 表紙カラー・本文モノクロ
『スクールペンララバイ』 A5 20ページ 表紙・本文カラー
作者:スタビロ
あまりにストレートなタイトル『デジタルが憎い』
タイトルだけで打ち抜かれそうなストレートさです。『デジタルが憎い』。
作品の舞台は、ペン先たちがしゃべったり歩いたりする世界です。いわゆる「アナログなやり方で絵を描く」ための道具たちが生きており、普通なら持ち手になる「ペン軸」とセットになってやっと道具として活躍できるペン先さんたちも、この世界では手足が生えて、独立しています。
そんな中でも『デジタルが憎い』の主人公、Gペンさんは「いい線ひいてるなッ!!」と褒められるトッププレイヤー。同僚のカブラペンさんにも「おまえの線のしなやかさは羨ましいゼ」といわれるほどです。照れつつもまんざらでもないGペンさん。しかし穏やかな日常に、デジタルでイラストやマンガを描くための専用ソフトがやってきたことで激震が走るのです。
今まで苦労したカケアミの背景だってぱぱっと片付けてしまうデジタルさんの働きに、動揺するペン先たち。「デジタルが デジタルが憎い!」と涙して走り出してしまったGペンの脳裏には「明日からフルデジタルだから」という言葉がよぎります。そう、実は彼らのいるここは「不要になってしまった画材たち」が集まる世界だったのです。ほのぼのファンタジーな世界から一転、漂う不穏な気配。いえ、本当は私も、そのただならぬ様子を最初から感じていたのです。直球ストレートなタイトルに加え、その画風がヒントとなって……。
生き生きとしたキャラと不穏な世界? 顔が無い「モノ」の表現がさえる
このマンガに登場するキャラクターたちは、手足がついてこそいますが顔はありません。強いて言うならペン先の割れの部分が顔というべきところに当たるでしょうか。一見すると、文房具屋さんで静かに箱に納まっているペン先そのままです。けれどご本の中ではペン先らしく、描くことを喜びとして動き回りつつも、襲い掛かる変化に驚いたり、慟哭(どうこく)したり……目も鼻も口もないはずなのに、ペン先さんたちの気持ちが手に取るように伝わってくるんです。
それは、焦るときは水滴を散らしたり、怒るときは蒸気が噴き出したりといった、マンガの記号的表現の使いこなしはもちろんのこと、ほんの少し背を丸めるGペンさんの体のラインや、思わず駆け寄っていくときカブラペンさんの体の角度など、キャラの気持ちを込めた描写が見事だからではないでしょうか。その妙技に支られ、読んでいるうちにごくごく自然にこの不思議な世界に入りこんで、いつの間にかペン先さんと同じような気持ちで物語を追っていきます。
そしてこの世界の特徴はもう一つ。なんとなく不穏、その雰囲気がページのそこここに潜んでいるのです。いつも影が描き込まれている部屋の隅、キャラを取り巻く縄状のカケアミ……そんな描き込みの多さが、画面を薄く覆うもやになって、どこか薄暗い夕闇のような世界を演出しているように感じました。
繰り返しの果てにあるものは……空想の世界で輪廻(りんね)するペンたち
『スクールペンララバイ』もペン先さんたちの日常マンガで、こちらはスクールペンさんが主人公です。『デジタルが憎い』と共通するのは、「不要となった画材がつかの間の日常を送る不思議な空間」という舞台設定です。スクールペンさんもやはり持ち主から不要とされたつらさを抱えていつつ、やがて仲間のペン先たちと打ち解けてゆく様子が、ギャグタッチで描かれます。
作中で、絵を描く道具としてアナログになってしまって動揺するペン先が繰り返し登場しますが、だからといって他の画材やデジタル環境をおとしめるマンガではありません。ただ、時代の激流の中で小さなペン先さんたちが、自分たちなりに生きていくにはどうしたらいいのか、その様子が彼らの日々のちょっとしたほほえましさと合わせてつづられます。つかの間の日常の中で、やがて彼らはまた絵を描く道具として顔を上げます。そして作者さんはそれを描かれるのです。何度も何度も。
実はこんなにもペン先を描写しつつも、作者さんご自身がどんな画材を使われているのかは明言されていません。それどころか、ちょっとした前書きや後書きもご本には載っていません。ただ、マンガがはじまり、キャラたちの愛らしさやストーリーに余韻を感じながらマンガが終わる。それだけの不思議なさっぱり感が読後に残ります。
デジタルだから、アナログだから……どちらが優れていると競うよりも、自分が愛らしいと思うものと向き合って描き続ける、そんな「良さ」が物語からも、ご本全体からも漂ってきます。
今週の余談
すだちをいただきました。小さな丸い緑色のボールからふんわりいい匂いがします。すだちって今の季節なんですね。秋の新しい匂いを覚えました。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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104ページという力作。
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