アピールしないと仕事は生まれない:クリエイターズ・サバイバル アーティストの戦略教科書 第4回 イリヤ・クブシノブ(2/2 ページ)
アカデミックな絵画ではない“自分の絵”を求めて
―― ところでイリヤさんの幼少期の夢は小説家だったそうだ。それがどうしてビジュアル表現を指向するようになったのだろうか。
5、6歳のころに小説というか、短い物語をたくさん書いていました。でもそれを大人に見せても、なかなか読んでくれないんです。いま思えば、単に子どもが書いた稚拙な小説なんか読みたくなかっただけかもしれませんが(笑)。大人は忙しいから「あとで読むね」というような感じで、なかなか時間をとってもらえませんでした。
でも、絵だったらパッとみられるし、「6歳でこれを描いたの? すごいね、イリヤ」ってみんなが褒めてくれた。そのとき、子ども心に自分の表現したいものを一瞬で人に伝えられるのは、テキストではなくビジュアルの表現なんだと気付いたんです。ちなみに「見てもらえる」とか「褒められる」というのは、モチベーションを保つためにも自分の創作にとってはかなり重要な要素です。
―― イリヤさんは、日本でいう中学・高校時代は美術を専門的に学び、大学時代は建築を専攻したという。そしてその後ゲーム会社に就職。その間、どういう形で絵の修練をしていたのだろうか。
ロシアには美術を専門で教える学校がいくつかあるのですが、私もその種の学校で11歳から専門的に学びました。日本で言う中学・高校にあたる時期ですが、授業の半分くらいは美術関係のものでした。水彩画の授業などもありましたが、基本的には毎日デッサンの特訓です。
確かに何年もそれを集中してやれば、目の前にある静物や石こう像などをリアルに描く技術は身に付きますが、その手のアカデミックな絵画表現は私にとってあまり楽しいものではありませんでした。大学では建築を学びましたが、そこでも、自分のやるべきことはこれじゃないなと思いながら学校に通っていました。
それと、21歳のころでしたが、ふと、目の前に物がないと自分は絵が描けないんじゃないかということに不安をおぼえたんですよ。そうではない、頭の中にあるビジュアルを、つまり “自分の絵”を描きたいと思うようになり、ぽつぽつとイラストの習作などをはじめました。書店でイラストの技法書を買ってきて研究したり、頭の中でいろんなキャラのポーズを想像したり。好きな日本の漫画家やアニメーターの絵の模写もかなりしましたね。
そういういくつかの要因が重なって、自分がやりたいことをやるために、まずは建築の会社ではなくゲームの会社に就職し、そのあとモーションコミックを制作している会社に転職したんです。ただ、学校で学んだことは無駄だったわけではなくて、デッサンはもちろん、建築の授業で学んだパースの勉強はいまでも十分役に立っています。
将来はアニメの監督になりたい
―― その後、イリヤさんは意を決してロシアから日本に渡ってくる。日本在住のロシア人の知人から、ある日本語学校のことを聞き、まずはそこに入学することから始めたそうだ。それにしても、コネもツテもない状態で、かなり思い切った行動だったと思うが。
われながらものすごい行動力だったと思いますが(笑)、日本語学校を卒業したあとどうするかは何も決めていませんでした。2年制の学校でしたが、もちろんこのまま何もなく卒業したらどうなるんだろうという不安はありましたよ。
ただ、幸い少しは蓄えがありましたので、日本語学校を卒業したときにまだ何も仕事が決まっていなかったら、次はアニメの専門学校にまた2年くらい通おうかなと思っていました。そのためにも、まずは日本語をちゃんと勉強しようと。言葉は人と人をつなぐ重要なツールですからね。
いずれにしても、日本に来たのは、この国でアニメに関する仕事をしたいと思ってのことでした。モーションコミックの会社で働いていたときに、絵コンテを描く楽しさに目覚めたんです。それで、将来はアニメの監督になりたいと思い、だったら世界で一番優秀なアニメーターや監督が集まっている日本に行こうと思ったんです。
―― この行動力は誰でもマネできるものではないと思うが、そんなイリヤさんは、以前から個人的な創作活動として、SNSでイラストを毎日発表し続けている。これが、やがてさまざまな仕事につながっていった。
2012年ごろからInstagramやFacebook、Twitterのアカウントでイラストを発表するようになりました。最初のころは時々発表するだけだったんですけど、それでは誰も見てくれないと思い、2013年以降は毎日1枚必ずイラストをアップするようにしました。これは今でも続けています。
SNSで発表しているイラストは個人的な作品であると同時に、売り込みの意味もありました。出版社やアニメ会社にコネがない自分としては、それが何かの仕事につながればいいと思っていましたし、結果的にSNSを見てくれた編集者が声をかけてくれて、画集『MOMENTARY』(パイ インターナショナル/2016年)の刊行にもつながっていったんです。
―― そしてこの画集刊行をきっかけに、イリヤさんは夢だった日本のアニメの現場に足を踏み入れていくわけだが、そのあたりのエピソードについては次回の後編でお聞きすることにしよう。また、同じく後編では、海外での活動を視野に入れたクリエイター向けのパトロンサービスの関わり方や、目の前にきたチャンスを逃さないための心掛けなどについても伺っていく。
(聞き手・取材:島田一志 / 編集:いちあっぷ編集部)
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